【217】温かな食事
チタニアはそれから少しの間、無気力なキースに無理やりスプーンを持たせスープを口に入れさせていたが、ふと、それを黙ってみていたルース達に視線を向け、問いかけてきた。
「貴方達は、キースとはどれ位の付き合いなんだい?」
聞かれたルース達は急に問われた内容に顔を見合わせるも、ルースはそのままの事を口にする。
「まだ半月位です」
キースと連絡が取れなくなってから2週間近く経っているが、その分は入れずに話している。
出会ってからと聞かれればもう一か月近くにもなるのだなと、ルースは改めてそれを思い出していた。
「そう…。でもそれだけの付き合いでも、こうして様子を見に来てくれる程…」
チタニアは考え込むように独り言をいった後、ルース達をひとりひとり見回していった。
「お願いがあるのだけど」
真剣な表情で向けられた視線に、ルース達は思わず姿勢を正す。
「はい…」
「まぁ、そんなに身構えられても困るんだけど…。キースの事を頼みたいんだよ。この子、今は一人でこんな状態になってるだろう?だからまた一人にするのが心配なんだよ。生憎、私はまた近々船に乗ってしまう予定もあってね、様子を見てくれる人を探していたんだ」
チタニアは、勝手にキースの事を決めてしまおうとしている様だが、当のキースは聞こえているはずも反応がなかった。よほど心身ともに不調をきたしているのか、あの快活なキースからすれば見る影もない。
ルースはチタニアの言葉を聞いて、仲間を見る。
フェル、ソフィー、デュオ、そしてネージュとシュバルツへと視線を向ければ、それぞれが真摯な眼差しで頷きを返してきた。
『仕方あるまい。おぬしらの心のうちを図れば、その者の頼みを受けいれた方が、心も満たされよう』
ネージュはキースの為と言うよりも、ソフィーの心の中にある感情を読み取って話しているようで、そう言って視線だけをソフィーへと向けた。
キースとチタニアには聴こえぬよう配慮してくれたネージュに、ソフィーは身をかがめてネージュの首に抱き着いた。
そしてネージュの尻尾がゆらゆらと揺れるのを、ルース達は薄く笑みを浮かべて見守ってから、ルースはチタニアへと視線を戻した。
「わかりました。ですが、私達はここに定住している訳ではありませんので、滞在期間中という事でしたら、キースさんと一緒に居る事は出来ます」
「どれ位いるんだい?」
時を置かずに返したチタニアの問いに、後一週間で宿を引き払う予定にしていたのだとルースは思い至る。
「私達の滞在はあと一週間ほどですが、宿の方に確認を取って、延長とキースさんの宿泊が出来るかを確認した上で、明日にでもまたご連絡をさせていただきます」
その辺りは宿に確認をしなければルース達が勝手に決める事は出来ない為、チタニアは「わかったよ」と言って了承する。
「私の店は町の北西にあるから、知らせに来てくれると助かるよ」
看板を見ればわかると言って、チタニアは安心した様にキースの頭を撫でると去っていった。
チタニアは店を休憩中にして出てきたので、早く戻らないといけないのだと言っていた。
こうしてチタニアが居なくなり、嵐が去ったかのように静かになった室内に、キースのため息がこぼれた。
「ごめん…チタニアは少し押しが強いんだ。君達は今の話、特に気にしないでくれ」
自分の事はいいよと言い出したキースに、ソフィーが呆れた目を向けた。
「キースさんがしっかりしないから、チタニアさんが心配するんでしょう?」
ソフィーは今までキースに向けて、この様な言い方をした事はない。そんな彼女に諭されるように言われ、キースは目を瞬かせた。
チタニアが来てくれたことで、先程よりもキースの反応が良くなってきており、しっかりと回復魔法の効果が表れているのだと、ルースは感じて笑みを作る。
「私はこれから、宿へ確認をとってきます」
キースの話を無視して、ルースは仲間に視線を向けた。
「そうね、その方が話は早いわね」
「僕も行こうか?」
デュオがそこで手を上げ、フェルは「そうだな」と頷いた。
「ではデュオ、一緒にお願いします。ソフィーとフェルは、キースさんと一緒に居てください」
「わかったわ」
「了解だ」
人の良い友人達は笑みを作って話を進め、ルースとデュオは家を出て、元来た道を戻っていく。
そこへシュバルツが飛んできて、ルースの肩に留まった。
『我モ行コウ』
ぶっきらぼうに言うシュバルツではあるが、その気遣いが嬉しくて、ルースは笑みを広げたのだった。
こうしてルースとデュオが宿へと戻り、受付にいた女将を見付けて話をすれば、元々が6人部屋なので一人増えたところで問題はなく、更に2週間の延長にも笑顔で頷いてくれた。
「こちらも延長してもらえるなら有難い話だもの。もちろん大丈夫よ」
「では今日から早速一人増えますので、こちらがその分のお代です」
ルースは先に追加の宿代を払い手続きを済ませる。
「もう一人の方は、あのキースさんという人なのね」
と、女将は台帳を見て言う。
「主人からさっき聞いて、私も少し心配していたの」
どうやら、朝話していた事をニクソンと女将で話をした様で「ご家族の様子は?」と女将に聞かれ、ルースは悲し気に首を振ってそれに答えた。
「お父様が亡くなってしまった様で、キースさんはそれで…」
皆を言わずとも女将もそれである程度の経緯を把握したらしく、「そうだったのね」と気の毒そうに言葉を落とした。
「キースさん、食事も摂ってなかったみたいなんです」
デュオが、宿に連れてくる理由を女将に伝えれば、
「じゃぁ今日の晩御飯は、消化の良い物にしましょうね」
と女将も協力するからと、親指を立てた。
この女将も店主と同じ位で50代に見えるものの、明るくサバサバとした元気なお姉さんという雰囲気の人なのである。
ルースとデュオはこうして宿の手配を終えキースの家へ折り返すと、気の進まない顔をするキースを引き連れ、潮騒へと向かったのであった。
そうして宿に入れば、丁度ニクソンがクッキーを連れて裏から戻ったところに出くわした。
「キースも今日からのんびりしていってくれ」
知り合いの様に声を掛けたニクソンを見て、キースも面識だけはあったらしく、困惑した表情を浮かべつつも頭を下げていた。
こうした経緯で、無理に連れてきたキースとルース達との共同生活が始まったのである。
その日の夜は、女将が言った通り夕食には“リソット”という、ライスを炒め魚介をふんだんに使って炊いた、消化の良さそうな料理が主食となっていた。
その他にも、青菜に芋をすり下ろして和えた彩ある副菜や、山の幸であるキノコのスープなどが添えられ、食堂に立ち込める香りでフェルの腹がグ~ッと鳴った。
「もう我慢できない…」
キースの為にと女将が配慮してくれた料理ではあるが、キース以外の皆も頬を緩めて席に着く。
「はい、沢山召し上がれ」
女将はその様子にニコニコと満足そうに皆を見回し、ひとつウインクをして去っていく。
「「「「いただきます!」」」」
待ってましたと言わんばかりにルース、フェル、デュオとソフィーが、リソットをスプーンですくって口に入れる。
「美味しいですね」
「さいこ~」
「旨味が凄い…」
「ほっぺたが落ちそう」
それぞれが感想を言い合いながら食べ進めるも、キースはスプーンを手に取ったまま、その料理をじっと見つめていた。
「キースも食べなって」
フェルが口元にライスを付けたままキースに促せば、ソフィーは呆れたようにフェルの顔に手を伸ばし、そのライスを抓んで取ってやった。
「フェルはもう少しゆっくり食べないと、消化に悪いわよ?」
「大丈夫だって。これは消化にいいんだから」
フェルなりの正論とでも言いたいのか、そう言ってスプーンを動かす手を止める事はない。
そんなフェルを呆れたように見るルース達の中、キースは彼らを黙って見つめていたのだった。
「キースさん。折角の食事が冷めてしまいますので、せめて一口だけでも食べてみて下さい」
ルースがそう言って促せば、やっとキースがリソットを掬って口に入れた。
キースはそれをゆっくりと味わってから嚥下すると、「…あったかい…」そう呟いた後手を止めて目元を押さえた。
「父さんにも…食べさせてあげたかった…」
独り言のように小さく落とした言葉に、ルース達も手元のリソットへと視線を落とした。
『そっとしておいてやれ』
ネージュの念話が4人に届き、ルース達は視線を上げて再び食事を開始した。
キースは少しの間肩を震わせていたが、黄色い袖口で涙を拭うと、再び顔を上げてゆっくりとスプーンを動かし口へ運び始めた。
一度口に入れたリソットは空腹を感じる呼び水となった様で、ゆっくりとではあるものの、キースはそれを一皿きれいに完食してくれたのだった。
このまま食事を摂らねば、いくら回復させようとも心身ともに衰弱する事が分かっていた為、それを見たルース達はホッと胸を撫でおろしていたのだった。
きっと一人で食べる食事は、キースには耐えられなかったのだろう。
ルース達が周りで他愛のない話をしているのには加わる事はなかったが、キースは先程よりも少し表情を緩め、ルース達の話に耳を傾けていたようだった。
ルースはその様子を視界の隅におき、キースにはもう少しの時間が必要であるのだと、目を細めてその様子を見守っていたのだった。
蛇足な捕捉:リソット=リゾットのイメージです。笑