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【216】黯然銷魂

216・あぜんしょうこん

 ルース達はシュバルツに案内されて、町中を小走りに進む。

 幸い、人が多い場所を迂回して案内してくれているシュバルツのお陰で、歩みを緩めずに進む事ができ、ルースは心の中でシュバルツへ感謝の念を送った。



 そうして案内されれば、シュバルツは町の北側にある丘へと向かって行く。

 ここは以前、ルースが町を見渡した時に目を留めていた区画だが、その時は人の住まう場所だとは思ってもいなかったのだ。そこは町中の堅牢な建物とは違い、こちらは大風にさらされれば飛んでしまいそうな程の華奢な建物が並んでいると思ったからだった。


 そうしてその木造の家々が並ぶ中にある1本の小路を、ルース達が歩みを緩めて進んで行けば、それらの家の前に出ている者の視線を受けとめつつ、フェルの肩に降りてきたシュバルツの声に促され、ひとつの家の前に辿り着いた。


『ココダ』


 シュバルツが案内してくれた家からはルースでは何の感覚も捉える事はできなかったが、シュバルツはあの気配の薄いスライムでさえ感知できるのだから、その能力は疑うまでもない。


 コンッコンッ


 扉を叩けば、少々建付けの悪い板がガタガタと余計な音を立てた。

 しかしいくらノックをしても中からの返事はなく、留守なのかとシュバルツを見れば、『居ル』という簡素な答えが返ってきた。


 しかし返事もなく入室許可の出ない訪問者たちは、どうしたものかと顔を見合わせた。


「その家に、何か用なのかい?」

 その時、道の途中で視線を向けてきていた年配の女性が、ルース達の傍に来て声を掛けた。

「はい。キースさんのご様子が気になって、訪ねて参りました」

 ルースがなるべく怪しまれないようにと、その女性の目を見て目的を伝えれば、その女性は一つ頷くと悲し気な表情で答えた。


「そうなのかい。今も家の中にいるようだけど、ここの処ずっと家から出ても来ないし、時々食べ物は持っていくんだけどそれにも手を付けた様子もないから、私も心配していたんだよ。あんた達と話して、少しは元気になると良いんだけど…」


 そう言った女性は、ルース達の前を通過してその扉を軽くノックすると、「カレンだよ、入るね」と勝手に扉を開けて中へと入って行った。


 その開かれた扉の中は薄暗くとうてい人がいるようには見えない様子で、ルースは皆と視線を合わせて頷くと、おずおずとその扉を潜っていった。


 家の中は、入ってすぐの台所と居室一部屋と言うお世辞にも広いとは言えない建物だが、その分見通しも良く、薄暗いながらも何とか人のいる姿を確認する事が出来た。

 キースはその居室にいた様だが、小さな2人掛けのテーブルに添えられた椅子に座ったまま、顔をテーブルに伏せた状態であった。


 ルースはそこでシュバルツが言った言葉の意味を理解する。


 今まで会ったキースは、いつも溢れんばかりの魔力を纏っていたのだが、今はそれも弱くまるで生気を取られてしまったかのように存在感がまるでなかった。

 太陽も沈みここが真っ暗な部屋であれば、きっとルース達はキースに気付かなかったであろう程に…。


 ルースがそんな事を考えていれば、先程カレンと名乗った女性がテーブルの横に立ち、手の付けられていない食事を見て息を吐きだした。


「キースちゃん、又食べてなかったんだね…。いつまでもアンタがそんな風だと、フレーリーも心配するよ?」

 最初は残念というように、後半は諭すようにカレンはキースへと語り掛けた。


 それを聞くキースは顔を伏せたままだったが、カレンの言葉にピクリと肩を揺らした。

 そうしてゆっくりと顔を上げたキースは、焦点の結ばない虚ろな目を彷徨わせた後、声の主であるカレンに視線を止めた。

「…おば…さん…」


 ルースはその彼らを気にしつつも部屋を見回していたが、小さいながらも小ぎれいに整頓されている部屋には、体調が悪いと聞いていた父親の姿はどこにも見当たらなかった。


「ほら、食べないとアンタまで大変な事になっちまうよ。フレーリーだって心配して、ゆっくりする事もできやしないじゃないか」

 言葉はきついが言い方は慰めるように言うカレンに、キースはぎこちない笑みとも呼べない歪んだ笑みを返した。


 ルースは顔を上げたキースを視界に入れ、大きく目を開く。

 冒険者とは装いが違うキースの服装はそのままに、しかし顔は頬がこけ手入れのされていない髭が伸びていたのだ。そのまばらに生えた髭の様子から、1週間以上は髭を剃っていないのだろうとルースは感じとる。

 その彼は無気力そうでいて、その眼だけが薄闇に浮かび上がっていた。


「じゃぁちょっとキースちゃんの事、見ていておくれね」

 そう言って案内してくれたカレンは、悲しそうな笑みを残して立ち去っていった。



 そうして残されたキースは、そこでやっと室内にいるルース達に気付いた様に目を向けた。

「ああ……」

 キースは挨拶のつもりか、それだけ言って口を閉じる。


「キースさん…」

 ソフィーが驚愕したようにキースの名を呼んだ。

「どうしたんだ?何かあったのか?」

 フェルがキースに近付いて行って膝をついた。そうして下から仰ぎ見るようにキースを見つめる。


「もしかして…」

 そのキースの憔悴した様子を見たソフィーが、ポツリと声を落とした。

 ソフィーも今まで生きてきた中で経験した事のある銷魂(しょうこん)を纏ったキースを見て、言葉を全て紡ぐことなく口を閉ざした。



「父さんが…死んだんだ…」

 少しの沈黙の後に出た言葉。

 キースから詳しく事情を聞いていた訳ではなかったが、全て2人分で揃えられている家具を見れば、キースはその父親と二人暮らしであったのだろうとすぐに思い至った。

 その父親がなくなってしまったのだと、見る影もなくなってしまったキースに掛ける言葉もなく、皆はただ立ち尽くしていた。



「君達とクエストに行った日だった。寒い日だったなぁ…雪も降りだして…」

 キースは焦点の合わない視線で遠くを見るように、まるで自分の心を整理するかの如く呟いていた。


「オレは父さんに…栄養のある物を食べてもらおうと、もらった肉を細切れにしてスープを作ったんだ。もう父さんはちゃんとした物を食べられなかったから…小さく小さく切り刻んで、殆ど具が分からない位にしてスープを作った」

 そう言ってキースは、かすれた声で笑った。


「でも…それを飲んでもらう事も出来なかったんだ…。折角君達にもらった肉だったのに…ごめんな?無駄にしてしまったよ」

 笑ったのか泣いたのかも判断がつかないような表情をしたキースが、やっとデュオと視線を合わせた。

「いいえ。そんな事はいいんです…」

 デュオも視線を受けとめ、そう言うのがやっとの様だった。


 ルース達は自分達が間に合わなかったのだと、そこで改めて理解したのであった。


「ごめんなさい…」

 ソフィーが謝罪の言葉を紡ぎ、ルース達にはその意味が理解できたのだが、キースはぼんやりとしたまま瞬きをすると、ソフィーへと視線を向けた。

「君が謝る事じゃないよ。オレがもっと気を付けていなければならなかったんだ。教会で体を治してもらう為と称して、金にばかり目が行って、肝心の父さんの事を(ないがし)ろにしたせいなんだから…」

 キースが顔を歪めてそれを両手で覆い隠せば、皆は言葉を失い再び沈黙が下りた。


 するとそこでカチャリと入口の扉が開き、黒髪の女性が入ってきたのだった。


「おや?お客さんだったのか」

 そう言ってルース達を見て目を見開いた後、キースに視線を向けて肩を落としたその女性は、キースがまた食事に手を付けていないと気が付いたのだろう。そして何も言わずにキースの後ろへ回り込むと、女性は前置きもなくブワリと魔力を纏わせた。


 突然の事にルース達が身構える間もなく、その女性は言葉を発した。

「天の恵みよ我に希望を。“回復(ヒール)“」

 そして現れた魔法から温かな光が溢れ、キースを包み込んで行った。


 ルースはその様子を見て、食事にも手を付けていなかったキースがまだ辛うじて体を動かせてるのは、この女性のお陰であろうと瞬時に理解した。


 そうして光が収まると、本人も気付かぬまま大きく息を吐くキース。

 体が楽になったのだろうと、その様子を見て皆は理解する。


「突然わるかったね、魔法を使って。この子は食事も摂らないものからどんどん衰弱しちゃって、私がこうして回復させなきゃ、この子まで倒れてしまうものだから…」

 それでも2日に一度だけどと申し訳なさそうに言う女性は、まるでキースが我が子であるように、その髪を撫でつけて慰めるようにキースへと視線を向けた。


「貴方は…魔女なのですか?」

 ルースが問いかければ、女性はああ、と自己紹介を始めた。

「そう、私は魔女のチタニア。この子とはずっと海で一緒だったのさ。普段は町中で薬屋をしているが、船に乗る事もあってね。その時は薬師兼魔女として船で働いているんだよ」


 長い付き合いだというチタニアは、話す間もキースの頭を撫でる手を止めずに話しているが、そのキースはされるがままで、気力が無いせいか親しいからかはルース達にはその理由はわからなかった。


「私達は冒険者で、月光の雫というパーティを組んでいます。私はルース、こちらはフェルとデュオで、彼女はソフィアと申します」

 名乗られたためルース達も自己紹介をすれば、冒険者だと言った話にチタニアは首を傾げた。


 その様子を見れば、なぜ冒険者がキースと知り合いなのかと不思議がる風で、キースがこのチタニアに冒険者になった事を伝えていなかったのであろう、とルースは気付いた。


「キースさんは、お父さんの治療費を稼ぐ為に冒険者登録をして、私達とはその時に知り合いました」


 ルースが思い当たってそう説明すれば、チタニアは泣きそうな顔でキースへと視線を落としたのであった。


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