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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第七章 ~変~

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【214】行方知れず

 結局ルース達は年が明けてから1か月が過ぎるまで、ルカルトの町に滞在した。


 この地域では雪で歩けないと言う程ではなかった為、本当ならば半月前には2か月間の滞在期間を終えてこの町を出発する予定であったのだが、ルース達は滞在期間を延長したのだ。


 その延長理由とは、一時期仮パーティを組んでいたキースの事であった。




 キースとはそれまで3日に一度は冒険者ギルドで顔を合わせ、クエストを共にする事を繰り返していたのだが、ワイバーンの討伐を終えた日以降、ぱったりと顔を合わせる事もなくなってしまった。


「どうしたのかしら、キースさん」

 ソフィーが今日のクエストを終えて宿へと戻る道すがら、ポツリと零す。

 その日はキースと会わなくなって1週間が経とうとしていた頃であった。


「あんだけ金を稼ぎたいって言ってたから、もっとクエストを受けたがるかと思ってたんだけどな」

「もしかすると、冒険者ギルドのクエストより海に出た方が、稼ぎが良かったのかも知れないね」

 フェルとデュオも心配しながら、その理由を探す。


「私達はもともと仮のパーティでしたので、他の冒険者とパーティを組めたのかも知れませんよ?」

「そうね、そういう事も考えられるのね…」

 ルース達は答えの出ない疑問に、口を閉ざす。


 そして結局は、又ばったりと道で会う事もあるかも知れなからと、その時に確認してみようと言う話になった。




 そうして更に一週間が経ち年が明けて少し経った頃、ルース達はその日一日を休日とし、居心地の良い宿で体を休めることにした。


 この潮騒という宿は食事を提供してくれる宿である為、ソフィーはこの町に来てから殆ど自炊をしていなかったが、その休日を使いもうすぐ旅立つ予定であるからと宿の台所を借り、食料の在庫を作り置きするのだとソフィーは張り切っていた。本当にソフィーは働き者である。


 そうなると男3人は、溜まった洗濯をして身の回りの事をしようという話になり、裏庭に出て雲のない青空を見上げながら洗濯を始めたのだった。


 ここの洗濯場には水栓に魔石がはめ込まれており、温かいお湯も出る仕組みとなっていて、寒い冬であっても宿泊客が冷たい水を使う事なく、いつでも洗濯する事が出来るようにと配慮されている。


「あったけー」

「ほんと、助かるね」

「水の魔石と火の魔石が、ここには組み込まれているようですね」

 フェルとデュオは快適さに、ルースは魔導具に感想を漏らした。


 そうして3人が並んで洗濯をしていれば、後ろから人の気配が近付いてきたが、ここは宿屋である為、警戒もせず皆はそのまま洗濯を続けていた。


「おはよう、今日は休みか?」

 そこへ、低めの声で掛けられた言葉にルース達が振り返れば、今まで何度か顔を合わせた事のある宿屋の店主が立っていた。

「「「おはようございます」」」

 ルース達は立ち上がり、揃って挨拶を返す。


「随分と洗濯物を溜め込んでいたんだな?」

 その店主は気安い言葉で、フェルが洗っている山になった衣類を見て苦笑している。

「面倒事は溜めてからいっぺんにやった方が、気持ちが良いでしょう?」

 言われたフェルが悪びれずに返事をすれば、店主のニクソンはその大きな体を揺すり、豪快に笑った。


「はっはっは。確かに俺も昔は溜めてたな。気持ちはわかる」

 そう言って紺色の短く刈った髪に手を入れ、くしゃりと撫でつけるニクソンだった。


 その傍らには、ニクソンの相棒であるサルの魔物、“シミア”がいる。


 ニクソンはこの魔物が小さかった時にクエスト中に森で出会い、そのままニクソンの相棒になったと聞いた。

 このシミアの名前は“クッキー”というらしく、茶色の体毛がお菓子の“クッキー色みたいだから”という面白い理由でつけられた名前であるが、当の魔物も気に入ったらしく大変喜んでいたという話を以前に聞いている。


 そのクッキーは手先も器用なため、ニクソンが冒険者を引退した後はこの宿屋の事も良く手伝ってくれるのだと、ニクソンは嬉しそうに話していた。


 この宿はこの店主のお陰で冒険者達から人気もあり、いつも満室に近い状態の宿であると、冒険者ギルドの職員へ礼を言った時にそう聞いていた。

「お部屋があって良かったですね」

 そうギルド職員に言われ、ルース達も納得の笑みを返したのは、もう2か月近く前の事である。


 そのニクソンが裏庭に出てきたのは宿の洗濯物を干す為だったらしく、大量のシーツ類を小脇に抱え、「こまめに洗濯するんだぞ」とフェルに一言いい添えると、作業へ向かう為に離れていった。


「はは。言われちゃったね、フェル」

「なんだよ、自分もそうだったって言ってたのに…」

 ブツブツと文句を言いつつ、フェルはバツが悪そうに作業を進めていった。


 ルースとデュオの洗濯物はフェルに比べて少ない為、2人は先に作業が終わり、フェルの洗濯を眺めながら温かな日差しの中で、のんびりとした時間を過ごしていた。


「結局あれからも、キースさんには会わないね。本当にどうしちゃったんだろう」

 デュオが気にするのも尤もで、ルースもあのキースであれば、何も言わずに別れるという事もないであろうと思い至るも、本人に会えないのでは何も分からず、「そうですね」と一言同意の言葉を落とす。


 ルース達は間もなくルカルトを出発する予定ではあるものの、どうにもキースの事が気になって仕方がない。

 しかし、わざわざ探し出して何を聞くのかというもので、ルース達は眉尻を下げてため息を零した。


「金が要るって言ったけど、何に使うつもりだったんだろうな?もしかしてその金が貯まってこの町を出て行ったって事もあるかも知れないけど…」

「そうだよね、そういう場合もあるのか…。確かにお金が貯まったという事も考えられるね」

「ですが、あのように取り乱してまで切実に訴えていた事を鑑みるに、貯めたいお金は少額とは考え辛く、その考えは違うと言えるでしょう…」

「「う~ん…」」


 3人はキースの事を話しながら、首を傾げていた。

 そこへ洗濯物を干し終わったニクソンが、「まだ洗ってんのか?」とこちらに向かいながらフェルに笑いかけた。


「え~。だって減らないんですよぉ」

「だから、あんまり溜めるなって事だ」

 ガハハと豪快に笑われたフェルは、残りの洗濯物を見て肩を落とした。


 なまじフェルの持つマジックバッグが大容量なので、最近のフェルは色々と溜め込んでいたらしい。

 これは少し考え直した方が良いものかとルースが考えたところで、ニクソンがクッキーを肩に乗せルースへと視線を向ける。


「そういやさっきまで、何の話をしていたんだ?」

 声が聞こえてきて気になったと、ニクソンが言う。


「最近まで冒険者ギルドで仮のパーティを組んでいた方がいるのですが、その方の姿を突然見なくなりまして、何かあったのかと話していたのです」

 ルースはそう言って眉尻を下げ、心配そうな表情を浮かべた。

「そうなのか。それにしても仮とは言え、パーティを組んでいた奴に、黙って姿を見せなくなる奴はいただけないな…」

 ニクソンは礼儀知らずだと言って、眉をひそめた。


「その人、最近冒険者に登録をしたんです。金を貯めたいって言ってたんですけど、その冒険者ギルドでも姿を見ないんです…」

「そうだよな?あんなに金を貯めるって言ってたのに、ワイバーンを狩ったら姿を見せなくなった……。ん?そう言えば、誰か体調が悪いからって言って肉をもらってなかったか?」


 フェルの言葉に、ルースとデュオもそのような事も言っていたなと目を見張った。

「そうだったね」

「そうでした…」

 珍しくフェルが先に気付いて、フェルも「な?」と笑みを広げた。

「キースの家族の体調が良くなったのか、悪くなったのか…って事かも知れないぞ?」

 確かに言われてみれば、その可能性は大いにあるなとルースとデュオも頷いた。


「おや?キースって言ったか?そいつはもしかして、魔法を使える奴か?」

 ニクソンがその話に口を挟む。

「ええ、魔法が使えるキースさんです」

「で、家族に体調が悪い奴がいるって?」

「はい。確かそんな事を言ってました」

 ルースとデュオがニクソンの質問に答えていけば、ニクソンは考え込むように顎に手を添えた。


「そいつはもしかして、“キース・ロギンス”だろう?船乗りの」

「そう言えば、ずっと船に乗ってたって言ってたなぁ…」

 フェルが返事と言うより、考え事を口にした様に言う。


「ああ、だったら親父さんの事か。そういやキースって奴は、海の方でも暫く見掛けてなかったなぁ」


 ニクソンはどうやらキースの事を知っているらしく、魚を仕入れる時に船乗りと話す時など時々話題にのぼったり、近くを歩く姿を見掛けた事があるのだと言った。


「何でも、親父さんが船の事故で体を悪くしちまって、キースが一人で稼いでるって話を聞いてたな…。何かあったのか?」


 ルース達にもそれ以上はわからなかったが、ニクソンの話で今まで以上にキースの事が気になった事は、顔を見合わせたルース達の表情が、それを物語っていたのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 ソフィア追跡側も此方の正確な情報を掴みつつ有りますし、大切な人を喪ってしまったキースは行方不明ですか…なんか不幸が重なりますね。これ以上良くないことが訪れなきゃいいん…
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