【213】漸む焦燥
(213・すすむしょうそう)
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
本日より新章スタートです。
引き続きお付き合いの程よろしくお願いいたします<(_ _)>
「北部のガジット村が襲われ、村は壊滅。生存者はいなかったという事です」
「………」
ここは王都ロクサーヌにある王城の一室。
宰相であるコープランド公爵は、数か月前に判明した予言の珠関連について行っている報告会議の中で、その新たな情報を聞き言葉を失っていた。
1週間ほど前に年が明け、このウィルス王国でも雪の多い季節が終わりに向かおうとしている今、南部にある王都の室内でもまだ暖炉には火が入っていた。
「それは、いつの事なのだ」
「判明したのが3日前。ですが少なくともその時には村は壊滅後、一週間は経っていたであろうかと思われます」
雪も深く、まだ調査中だと尻つぼみになった国防騎士団長の“デュカート・フォルム”は、悔しそうに言葉を零した。
国防騎士団とは、ジェラルド・オルクス団長が務める近衛騎士団とは違い、その名の通り国を守る為に在る騎士団で、その中には国民の命を護る事も含まれているが、今回それが出来なかった事でフォルム騎士団長は渋面を作っていたのだった。
「それは例の者達の仕業なのか…?」
小さな村一つと言えど、それを周囲に気付かれず行ったとされる蛮行は、近隣国が攻め入ったのだとは考えられず、宰相のデイヴィッドはそうフォルム騎士団長に問う。
「現在調査中の為そこは不明ではありますが、遺体に付けられた傷は刃物の物とは違い、まるで魔物に襲われたような状態でした。しかし遺体にはそれ以上の損傷はなく、食べる為と言うよりも、殺戮が目的であったかのように見受けられる状態でした」
部下からの報告を上申するフォルム騎士団長は、そういって手元の資料に視線を落とし、報告書の記述と相違ない事を確認すると再び視線を宰相へと向けた。
「そうか…」
そう返事をしたデイヴィッドの声は、低く掠れていた。
先人たちの残した数々の文献から察するに、そうなる事は既に予想していた事ではある。
封印されしものが出現する予兆があれば、その頃からそれに属する者達がどこからか湧き出し、人々を混乱に陥れるのだと、いつの時代にもそう明記されているのだ。
だからこそ数か月前に予言の珠が変化を帯びてからそれらの記述を元に、国防騎士団が国内各地へ散っていたのだが、今回はその脇の甘さをあざ笑うかの様に行われた村の壊滅だ。
国を治める者達は言葉を失い想像以上の悪夢が待ち受けているのであろうと、背筋が冷たくなるのを感じていたのだった。
「今まで以上に警戒せねばならぬという事か。だがそれは我々の力で抑えきれるものなのか…」
独り言として言ったデイヴィッドの言葉は、聞こえていた者達の心を代弁しており、皆一様に口を閉じ、室内は静まり返っていた。
とは言え、そうは言っても何もしない訳にも行かぬのだと、この国の行く末を担う者達はゆっくりと顔をあげる。
「フォルム騎士団長、この先国防騎士団の任は一層重くなるだろう。それは全員に通達し、いつ何時それらと対峙するかも知れぬことを理解してもらってくれ。国民の安全を守るのは我らの任。すまないが、よろしく頼む」
宰相の言葉に、フォルムは左胸に手を当てて頭を下げた。
この会議には宰相であるデイヴィッドと国防騎士団長のフォルムの他、言葉を発してはいないものの魔術師団長のルーメンスと近衛騎士団長のオルクス、そして次期国王となる予定のアレクセイ第一王子がいた。
アレクセイ殿下はまだ年若いものの、第2王子のルシアス殿下が消えてからは、残された王位継承者は自分であると理解し、国の為にとずっと我が身を差し出すかのようにその役割に励んできた。
最近では婚姻も控え、次期国王としての貫禄も見せ始めている王子だった。
しかしながら、現国王でさえ初めて待ち受ける今回の件では、アレクセイ殿下も言葉を発する事が出来ず、今は宰相であるデイヴィッドの進行を見守るにとどめ、眉間にシワを寄せたまま手元の資料に視線を落としていた。
「今回も、無事に乗り切れるのであろうか…」
ずっと黙っていたアレクセイが、そう言って宰相に視線を向けた。
まだ大きな被害と言えば今回の報告位ではあるものの、それが村一つ分という事もあり、序章に過ぎない出来事とは思えぬ厄災にアレクセイは宰相に問うたのであった。
しかしその問いは、全てが終わってみなければわからぬ事であるものの、長年国王を助ける立場にあったデイヴィッドは柔らかく目元を緩め、アレクセイを見る。
「殿下。それはまだ誰にも分らぬことではありますが、先人たちの記録にも残されている様に、勇者として立つ者と聖女、そしてそれらを助ける者達がある限り、この国は幾度となく立ち上がり、再び営みを続けて行くのだと我らは信じております」
宰相の言った言葉の中に“勇者”という名前が出てきた事で、アレクセイはピクリと体を震わせた。
先程アレクセイ自身が言った言葉は国全体の事として発したものではあるが、その勇者はいつも王家の血を引く者から選ばれており、アレクセイは宰相の言葉で、その中に自分も含まれている事を改めて思い出したのだった。
「そう…だな」
ルシアスが居ない今となっては現国王の息子は自分しかおらず、その為に今までアレクセイは次期国王となり国を導いてゆくのだと考えていた事が、その役割が自分であった場合は全て無に帰すかもしれず、やり場のない気持ちを上手く消化できずにアレクセイは口を閉ざした。
だがもし自分が勇者に選ばれ帰らぬ者となっても、アレクセイにはルシアスの下に妹がおり、その妹のセレンティアが王位を継ぎ、国の安寧に努めてくれるはずだと一つ息を吐く。
しかしそうなると、もうひとつ懸念事項も出てくる。
婚儀を間近に控えるアレクセイは、結婚して早々に勇者の議が行われるはずの未来を憂い、妻に迎え王妃となる予定であった婚約者に心の底から申し訳ないと思う。
自分の存在が早々に消えてしまう事を考え、サラリと落ちてきた金色の髪でその目元に影を作った。
それを見守っていたデイヴィッドは、その心の中の葛藤が手に取るように解るようだった。
この国の為にと今まで努力を重ねてきたアレクセイ殿下は、国の存続のために勇者に選ばれれば身を差し出す事も厭わぬであろうが、その先に待っている周りの者達の行く末に、さぞ心を痛めている事であろうと、我が身と代わって差し上げる事が出来ぬもどかしさに、デイヴィッドは口を引き結ぶ。
こうして古の珠が示した予兆によって知らされた事が、徐々に目にも見える形で現れ、表面上では人々は変わらぬ生活を続けてはいるものの、少しずつウィルス王国に影を落としていくのだった。
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そしてその古の珠が告げる予言を知らずとも、王城とは別の場所でもその事が明らかになっていた。
それは王都の東側にある中央教会。
この教会には予言の珠はないものの、人々のステータスを視られる立場にあることで、聖職者は勿論のこと特別なスキルを持つものも教会に引き入れており、その中に“占者”という希少な星読みが出来るスキルを持つ者がいる事で、封印されしものの出現を予言の珠と同時期には既に予見していたのであった。
「聖女はまだ見つからぬか!」
教皇パトリシアスは自室の机の前に座り、たった今、聖騎士団長から届いた報告書を読んで、一人声を荒げていた。
幸いにも今は教皇一人だけがこの部屋におり、威厳や体裁を気にする事もなく、白い法衣から出す年輪の刻まれた顔に憤りと焦りを滲ませ、その報告書を手の中で握りつぶした。
聖女らしき者が発見されたとの報告を受けて、捜索を開始してから既に1年以上が経っていた。
初めの内はこの教皇ニューゲンもすぐに見付かるものと余裕すら感じていたのだが、それが数か月、半年が経ち更に1年が経っても捕捉できぬとなれば、ニューゲンの機嫌も日に日に悪くなっていくのだった。
「たかが小娘一人に何をしておるのだ」
それは情報の洩れがあった為だと、ルース達に言わせればそう言うであろうが、教会は知らぬ事であり、秘密裏に行動させている事も相俟って、正確な対応であったとは言えないものとなっていたのである。
だが今の報告書の中には新たな情報も混じっており、ニューゲンは気を静めるように再び握りつぶしたそれを広げ、その部分を目でなぞる。
“半年ほど前、王国の中央部付近のメイフィールドという町で、体の機能を回復させた者が2名いた事が判明。その者達からは詳しい事は知らないとそれ以上の情報を得る事は出来なかったが、その者達を回復させたのは教会関係者ではなく旅の者であったと判明。その者は少女でありソフィアの可能性が濃厚。旅の同行者は男性2人と犬が1匹であったと町の者達からの情報を得ました。”
ニューゲンはその文章を指でなぞり、息を整えた。
おそらく聖女であろうソフィアは、3人と1匹で半年前までメイフィールドにいた事までが分かったのだ。
以前入手した外見の情報と併せれば、あと一息でその娘に追いつくであろうと、教皇ニューゲンは占者が伝えた“封印されしもの”の復活に間に合わせるべく、聖騎士団長のシュナイ・ミラーへとその旨の指示を手紙にしたため始めたのであった。
2024.10.8誤字訂正:コープランド侯爵→コープランド公爵