【211】小雪舞う空
ルース達とキースは、それから時々冒険者ギルドで顔を合わせるようになった。
「おはよう。今日はクエスト?」
「おはようございます。はい、そのつもりです」
キースもルース達も、冒険者ギルドに顔を出す時間が大体同じ位である事がその理由で、双方とも、冒険者ギルドが混み合う時間より早く来る。
キースは船に乗っていた時間と同じ時間帯で行動している為で、ルース達は混み合う時間を避けているから、という事である。
そうなると顔を合わせれば、いつも決まって仮パーティを組んでクエストを受けるのだが、ダンジョンに潜るよりも実入りが良いB級クエストに入れてもらえるキースは、喜んで参加しているのだった。
その日も、B級クエストであるワイバーン討伐に行く道すがら、随分とパーティに馴染んできたキースへ、フェルが気軽に質問を投げかけた。
「キースは何で、そんなに金が必要なんだ?」
少々個人的な事であるため、今までは聞かぬようにしていた事ではあるが、こうしてちょくちょく行動を共にしていれば、どうしても聞いてみたくもなるものだ。
「ああ、それか。家族が体を壊しているから、それを治す為だよ」
キースも簡素に、その理由を話してくれた。
こういう事をしんみりと言えば、場が悪くなるとも分かっていての言葉だろうと、ルースはそれには頷いただけに留めた。
「へえ…大変だな」
フェルも内心ではそれ以上の事を言いたいであろうが、流石にこちらも全てを晒す事は出来ないと心得ているようだ。
「じゃぁ、今日のワイバーンのお肉を、その人に食べてもらったら良いよ」
デュオは、ワイバーンの肉が栄養価も高く滋養にも良いと言って、キースに笑みを向ける。
「そうだね。少し分けてもらえたら嬉しい」
キースは、父親が少しでも元気になってくれそうな話題で顔も綻ぶが、実のところもう殆ど固形物が喉を通らない父親を思って、どうやって食べてもらおうかと思案するのだった。
そんな話をしていれば、偵察に出てくれていたシュバルツから念話が届く。
『居タゾ,山ノ方ダ』
まだ念話の事を伏せているキース以外の者に、一瞬で緊張が走る。
キースも皆の雰囲気が変わった事で、その意味を理解していた。
これまで何度か一緒にクエストを受ける内、ルース達はキースが魔物を感知する前から、今の様に先に反応を示す事があった。
それは何故かとまで聞かないが、その時は皆に合わせているキースだ。
ただ、彼女が飼育師だと言った事からすると、そういうものかと想像はしているのだった。
「いたのか?」
「はい、あちらの方角です」
ここでキースの問いに、ソフィーが北の山を指さす。
キースがそこに視線を向けてもまだ姿さえ見えないが、しかしキースも「分かった」と言って警戒態勢に入るのだった。
こうしてワイバーンを追って行ったルース達は、デュオの弓でこちらに引き付け、キースとルースの魔法で地に落とし、フェルが止めを刺す事で難なくクエストをクリアする。
そしてそのワイバーンも、すぐさま解体してそれぞれの素材に分け、フェルの巾着へと収納する。
「随分と沢山入る巾着だな…」
初めてそれを見た時キースは瞠目しフェルに尋ねたのだが、これはマジックバッグという物で大容量を収納でき、時間停止機能も付いていると言えば、キースの目が更にこぼれんばかりに見開き驚いていた。
キースはそういった魔導具に縁がなかったらしく、フェルの説明に目を輝かせて聞いていたが、金額の話になれば納得したのか、苦笑を浮かべていたのだった。
ルース達からもキースへ多少の事を話すようになり、ルースも四属性の魔法が使えると話していた。こうしてクエストを一緒に受けるのであれば流石に魔法の事を隠すのは難しく、その上キース自身もルースの見立てでは四属性持ちであるという事も踏まえた上で伝えたのである。
そしてルース達に打ち解けていったキースは、とても気遣いが出来るし快活な青年であると分かった。少し年上という事もあり立場も弁えてくれていて、出るところは出て引く所はすんなり引いてくれる。
こうしてクエストを終わらせ町へと戻る時も、キースは皆に話を振って場を和ませてくれるのである。
ルース達は朝が早い分帰りも早くまだ陽が落ちる前には町へと戻り、そのまま冒険者ギルドへと直行するのだが、今日は空に太陽はなくどんよりとした灰色の空が広がっていて、既に夕方を過ぎたような薄闇が町を包み込んでいた。
「お疲れ様でした」
この町にもすでに一か月以上いるルース達は、冒険者ギルドの職員にも顔を覚えてもらっていた。
大きな冒険者ギルドであるため、ルース達からは職員全員を覚えきる事は出来ないだろうが、それでも顔を合わせる職員へは、親しみを込めて言葉を交わしている。
「ただいま戻りました、ロマーニャさん」
この職員はダンジョンの受付の方へも行っており、そこでもよく顔をあわせるのだ。まだ二十歳を少し過ぎた位の若い女性ながら、どんな冒険者にも、いつもえくぼを作って笑顔で対応している真面目で優しい人物である。
「今日は外だったのですね」
町中の冒険者ギルドへ顔を出す時は、クエストを受けている者が多い。
ダンジョンに入る時は特に理由がない限り、ダンジョンの受付だけで事足りるのである。
「はい。今日は北の山の近くまで行ってきました」
そう言ってルース達がギルドカードを提出すれば、ロマーニャは手際よく魔導具を操って処理をしていく。
「今日はワイバーンですか?…さすが月光の雫パーティは、お戻りがいつもの時間なんですね」
少々驚いた様にロマーニャが言えば、ルース達は何か不思議な事があるのだろうかと言う表情で顔を見合わせた。
「いえ、ワイバーンは空を飛ぶ魔物ですから、他の皆さんはそれなりにご苦労されて戻られるので、帰りがもう少し遅くなる方々が多いのですよ」
ロマーニャの説明に、確かに弓士と魔法使いがいなければ、それは大変な作業となるのだろうと苦笑した。
その話を聞きつつフェルが解体した素材を袋から出せば、再びロマーニャが瞠目する。
「まぁワイバーンまでこんなに綺麗に…」
クスリや魔導具の素材として使われる皮と、栄養価が高いと人気の肉を新鮮なまま綺麗に切り分け、それを殺菌作用のあるハランで包み、一目見て丁寧に処理されていると分かる状態だ。
「この状態でお持ち下さるので、こちらの処理も楽になって助かります」
ロマーニャは手を動かしながらも、ルース達へ満面の笑みを浮かべた。
こうしてワイバーンの討伐クエストと素材の買い取り額がすぐに判明し、本日は金貨2枚という金額になった。
5人で分ければ1人銀貨4枚となり、ダンジョンに入るよりも効率が良いクエストとなったのである。
因みに、キースと初めてパーティを組んだ時の鉱石の金額は、一日掛かって銀貨5枚で1人辺りは銀貨1枚という結果になっていたのだ。
「今日はお疲れ様でした」
「お肉楽しんで下さいね」
「お疲れ様でした」
「じゃあ又な」
「皆もお疲れ様、また誘ってくれ」
冒険者ギルドの前でキースと別れの挨拶をかわせば、キースはワイバーンの肉を大事そうに抱え、笑顔で家へと戻っていった。
ルースはキースを見送って、空を見上げる。
「降ってきましたね」
ルースの声に皆も空を見れば、灰色の空から白い物が舞うように落ちてきていた。
「どうも寒いと思ったよ」
デュオはブルっとひとつ身を震わせると、外套の前をかきあわせた。
「もうすぐ年が明けるって言うのに、また雪か」
「年を越さないと、温かくはならないわよ?」
ソフィーはフェルの呟きを拾って、おかしそうに笑った。
そんなのどかなひと時を切り上げ、ルース達は白い息を吐きながら潮騒へと戻っていく。
きっと宿では温かな夕食を用意してくれているだろうと、ルース達は笑顔の花を咲かせていたのであった。
一方、先にルース達と別れたキースは、今日の夕食をどうしようかと考えながら歩いている。
ワイバーンの肉を細かく刻み卵と一緒に煮込んでスープにしようかと、クエストで得たお金を少しだけ使い、夕食の食材をかってから父親の待つ家へと急いでいた。
冒険者になった事をまだ父親には伝えていないが、もう少し元気になってきたらその事を話すつもりで、今日はどの船に乗った事にしようかと、少々後ろめたい言い訳も考えている。
「彼らとパーティを組ませてもらえて良かったなぁ」
家がある町のはずれに向かいながら、キースは独り言ちる。
もし彼らと会えず他の冒険者とダンジョンに入っていたとしても、こうして効率よく稼ぐ事は出来なかっただろうと、今のキースにはそれが分かっていた。
彼らはB級パーティという事もあり、戦闘もスマートで無駄な事は一切しない。そして手際よくクエストを熟し目的を達成すれば、すぐにキースを解放してくれるのだ。
これが他の冒険者であったなら、クエスト以外の時間も酒に付き合えだの何に付き合えだのと言われていたかも知れないが、ルース達は事情を汲んで必要以上に誘う事もなく、キースの動きに合わせてくれる。
「本当に彼らと会えて、良かった」
もう一度独り言を呟いたキースは家の前で表情を緩め、小雪舞う空の下、父親の待つ家の中へと入って行くのだった。