【210】一粒の価値
その部屋は入る時こそ魔法で隠されてはいたが、中は先程の冒険者が言っていたように魔法を発動できない空間となっていた。
ルースは確認の為に魔法を発動させようとしたが、やはり形にする事は出来なかったのだ。この部屋は採掘する為のボーナス部屋の様であるし、確かに魔法が使えるのであれば、あっという間に鉱石を掘りつくしてしまうのだろうと、ルースはある意味納得する。
「この部屋はやはり、聞いた通り魔法は使えない様です。ですので採掘は手作業になります」
「オレも魔法を発動させようとしてみたけど、魔力が四散して駄目だった。そうなると素手か…?」
「一応道具はあるから、それは大丈夫だ」
フェルの言葉に、キースは安堵の息を漏らす。
ルース達は旅をしている事が多いので、魔法が使えない状況も想定しているため、ある程度の道具も揃えている。それらの荷物もいつも持ち歩いており、抜かりはない。
こうしてスコップやタガネ、カナヅチなどを出して作業を始める。
今回はネージュも参加してくれるらしく、壁ではなく地面に穴を掘っていた。
何気に尻尾が揺れている所をみれば、喜んでやってくれていると分かるが、それを言葉で伝えれば否定される事はわかっている為、皆は笑みを浮かべてネージュを見るに留めている。
ルースはキースの隣に腰を下ろし、壁を掘りながらこの部屋の事について考えていた。
このダンジョンでは魔法が使える事は確認しているが、この様な隠し部屋はそれに含まれないのだろう。
だとすれば、この空間には魔法が施されているのか、もしくは魔導具の様な物が設置されているのか…どちらにせよ、魔法無効化の魔法がかかっているのであろうと考え付く。
それはいったいどの様な魔法なのかとルースが気になるところではあるが、ここで答えは見つからないなとルースは一人、思考に沈んでいた。
「ルース君、ちょっと良い?」
そんな事を考えていれば、隣のキースから声を掛けられた。
ルースが思考を止めキースへと視線を向ければ、目の前にはキースの差し出す物がある。
「これが出てきたんだけど」
ルース達は道具のお陰もあって円滑に穴を掘り進めており、石が出てくればその度に含有物を確認していた。
それを見極めるのは勿論ルースであるが、キースにはスキルの事を説明していないものの、ルースがその石を判断する事を否定せずに受け入れてくれていた。
そのキースから石を手渡されたルースは、こぶし大の白い石を見て頷く。
「これは鉱石です」
ルースが視たステータスには“金鉱石”と出ているが、今はそこまで詳しく伝えてはいない。
ここでは、“ただの石か素材か”だけを伝えるようにしている。
言われたキースは頷いて石を受け取ると、それを集めている袋に入れていった。
その様にして休憩を挟みつつ作業を続けて行き、そろそろ夕方になろうかという頃、ルースはキースへ問いかける。
「もうすぐ夕方になりますが、キースさんはどうされますか?」
キースの荷物を見ても泊まりの予定ではないと分かるが、念のために行動予定を確認するルースだ。
「オレは帰らないと…」
少し焦った様子のキースに、ルースは皆に作業を終了する事を伝えて急いで帰る支度をし、一旦隠し部屋から外へ出た。
銀の箱は持っているものの、ルースの予想だと隠し部屋では使えないはずである。
そして階層面に戻ってすぐの転移は控え、少し距離を取るように中心に向かって歩き出して行けば、キースはルース達の意図が読めずに声を掛けた。
「帰るんじゃないのか?」
「え?帰るんだぞ?」
「でも方角が違わないか?」
キースは来た方向へ戻ると思っていた様で、困惑した表情を向けていた。
「ああ、それなら大丈夫だ。こっちに行ってか―――」
先頭を歩いていたフェルの声がそこで途切れ、その瞬間、姿も見えなくなってしまったのだった。
ルースは慌ててフェルがいた場所に近付くと、その原因である気配に気付いた。
「罠です」
「あ~…」
ルースがフェルの姿が消えた理由を言えば、デュオが残念な声を出す。
ここは中心にある湖へ向かう森の中で、歩き易く下草も生えていないところだった。
「やっぱり罠って、こういう所にあるわよね」
ソフィーも納得したように言って苦笑する。
「じゃあ、ここから外に出られるんだね」
キースでさえ笑いをこらえるように言いつつ、何とかフォローする。
「それでは私達も、折角なのでここから出ましょう。フェルが待っていると思いますしね」
こうして銀の箱を使う事なく外に出たルース達は、その足で受付まで報告に行くと、買い取ってもらう素材を提出する。
ここで出した物は、隠し部屋で採掘した鉱石とキースに渡した魔石、そして以前拾った砂金1粒だ。
「お疲れさまでした。鉱石は査定後の入金となりますが、魔石と砂金はすぐに金額をお出しします」
そう言ってギルド職員が提示してくれた額は、魔石が2つで銀貨2枚と砂金は1粒で10ルピルとの事であった。
今日は本来、砂金を取る目的でダンジョンに入ったのだが、300粒ほど集めねばガルム1体分にもならないと分かった。それを大勢の者が拾っていれば、いったい1日で何粒集められるのか…と、ルースは気が遠くなってくる。
キースも砂金を集めて大金を稼ぐ事の大変さを知り、苦虫を噛みつぶしたような顔になっているし、フェル達も案外大したことはないのだと、呆れた顔をしていた。
ルース達の表情を見たギルド職員は、それも冒険者達のいつもの反応なのだろうか、苦笑するように説明をしてくれる。
「お金になるからと砂金を取りに入られる方が多く、一日分の買い取り価格を聞いて、期待されて入られた方は皆さん一様に、残念そうにされています」
ルースは、然もありなんとその言葉に頷いた。
「ですが、今日お持ちになった鉱石の方が、どちらかと言えばお金になる物ですよ。鉱石を持ち込まれる方は少ないですし、中には金鉱石や水晶といった高額で取引される物も含まれていますから」
キースはギルド職員の説明を聞き、少しホッとした表情を浮かべた。
一見、砂金の方が稼げるように見えるが、砂金は1粒が小さく純金と言う訳でもない為に、思いのほか買い取りは高くない物だった。であれば確実性を考え、あの隠し部屋で鉱石を掘るか、魔物を倒した方が金になるのだと判明した。
この事はキースに伝えた方が良いであろうと考えながら、ルース達はその場を離れたのだった。
まだ夕陽の残る茜色の景色の中、ルース達はキースと共に町へと戻っていく。
「今日はお疲れさまでした。キースさん、ダンジョンはいかがでしたか?」
ルースがキースへと感想を聞けば、困ったように頭を掻くキース。
「楽しかったとは言えるけど、思っていた結果ではなかったかな」
正直に感想を伝えるキースに、ルース達も頷いて返す。
「僕も砂金拾いってもっと稼げるかと思ってたよ。それに水に浸かってやる作業だし、じっとしてなきゃならないのも大変だね」
デュオが仲間に向けて砕けて話せば、ソフィーも同意の苦笑をもらす。
「何だか君達には、申し訳ない事をしたね…」
今日は無理にパーティを組んでまでダンジョンに入ったのに、結果としては想像以下であったのだ。
「オレが話を聞いた時、金貨が稼げると言っていたんだ。でも現実にはそんなに甘い物でもなかったって事だね。今日は付き合ってくれてありがとう」
キースは皆に頭を下げ、お詫びとお礼を言う。
「いいえ、今日キースさんに出会ったのも何かの縁ですから、又メンバーが必要になった時には、お声がけください。私達は町の宿で“潮騒”という所に泊まっていますので、冒険者ギルドかどちらかで伝言をいただければと」
「ああ、そうだね。オレも折角冒険者登録をしたんだし又お願いするかも知れないから、その時はよろしくな」
キースの話に、フェルが思い付いたとばかりに声を出す。
「今度はクエストでも良いかも知れないぞ?また仮パーティとしてクエストを受ければ、魔物の素材でも結構な金になるはずだし」
フェルが人好きのする笑みをキースへ向ければ、キースも「そうだな」と笑みを浮かべた。
「世の中そんなに甘くないと、オレも勉強になったよ」
別れ際、泣きそうな表情で言ったキースの言葉が印象に残るも、ルース達は町の入口でキースと別れた。
「今日はありがとう」
手を振って歩いて行くキースを見送って、ルース達も長い影を引き連れながら、夕食の香り漂う町中を宿へと戻っていくのであった。