【209】密集する冒険者
浅い川に到着し、目の前の川底を確認しているキースを除き、ルース達は川べりで話し合っていた。
これまでに数回このダンジョンへ足を踏み入れたルース達だが、砂金などの素材集めには全く興味を示さなかった。その為その辺りの情報を持ち合わせておらず、これからどこへ向かえば良いのか、意見を擦り合わせているのだ。
「今まで下流の方を見てきましたが、そちらには余りありませんでしたね」
ルースは何度か通った川を思い浮かべ、皆に確認をする。
「そうね、時々あるかしら?って位だものね」
「どうせなら、まだ行った事のない上流に向かってみる?」
「そうだな。未知なる場所を探索だ」
4人は意見を出し合い、人の気配も多い上流に向かう事にした。
「キースさん、今日は上流に行ってみようと思いますが、よろしいですか?」
ルースは、川の中を熱心に見ているキースへ声を掛ける。
「もちろん」
キースはルース達の会話も耳に入れていたらしく、「オレも分からないしね」と言って皆の所へ戻ってきた。
こうしてルース達は、今まで足を向けていなかった上流へと進んで行く。
すると、やはりと言うのかこちら側は人の気配が密になってくるようで、キースは不安げに皆に視線を向ける。ここまで進みながら川の中を確認するも、既にそれは取られた後なのか、砂金なんて一粒もない。
程なくすればチラホラと、川の中にいる者達が増えてきた。
しかし一定の間隔で人がいるため途中で割り込む訳にも行かず、そのまま川沿いを辿り続けて行けば、結局ルース達は終点と思われる池のほとりに辿り着いた。
池は階層の突き当りにあって壁際に半円を描くようにして水が溜まり、その水はそそり立つ壁の上部から、瀑布となって流れてきているものであった。ただその上部を見ても、どこから出ているものなのかは確認が出来ない。ダンジョンとは不思議な物だとして、割り切るしかないルースだった。
しかし、そこにも大勢の人が池の中に入っており、いわゆる芋洗い状態と言って良い程である。
「はぁ…」
キースのため息が聞こえて振り向けば、肩を落としたキースと視線が合った。
「無理っぽいな…」
残念そうなキースの声に、ルース達が悪い訳ではないのだが、何だか申し訳なく思ってくる。
ルースは何かないのかと池の傍から周辺を見回していけば、隣のキースもルース同様周辺を確認し始め、気付けば2人は同じ方向を見ていた。
この2人が気になるという事は魔力に関係するものであろうかと、ルースは漠然とした感覚に首を捻った。
「ルース君も?」
ルースは横で話しかけてくるキースと視線を合わせ、今の言葉からもキースも何かを感じているのだと知る。
「はい、気になりますね」
その場所はこの池から壁伝いに行った方向だが、どれ位先なのかここからではわからない。
「どうした?」
フェルがルースとキースの隣に立ち、視線を追って見つめる。
「あちらが気になるので、行ってみたいのですが…」
「ああ、良いと思う。ここはどうせ入る隙間もなさそうだしな」
フェルはそう言って、人の溢れる池を見た。
「そうね、行ってみましょう」
ソフィーとデュオも近付いてきて賛成してくれた為、ルースとキースを先頭にそれを辿る事にした。
「もう少し先みたいだね」
キースが時々皆に説明してくれている。
『罠かも知れぬがのぅ』
ネージュが4人へと念話を送るも、隣のソフィーが頭を撫で“解かっている”と頷く。
皆がいる池から壁伝いに10分程歩いた頃、ルースとキースは足を止めた。
そしてルースとキースは、その揺らぎを感じる壁をみつめている。
そこは壁際に腰ほどの高さの低木が生えているだけで、どこにも変わったものもなさそうだった。
「ここなの?」
ソフィーが不思議そうにその低木に近付こうとすれば、ネージュが止めた。
『ソフィアよ、うかつに近付くでない』
この声にソフィーは歩みを止め、素直にネージュの下へさがる。
ネージュにそう言われれば他の3人もうかつに近寄れなくなるが、聴こえていないキースが一人、その低木へと近付いて行った。
「近付き過ぎないでください。もしかすると入口に戻されるかもしれません」
このダンジョンには、入口に戻される罠があるとキースには予め伝えてある。そう言われたキースは、ルースの声で止まり困惑した表情をルースに向けた。
「これじゃぁ、確認も出来ないな…」
フェルが眉間に力を入れて考えていたようだが、そのシワを解いて声を出した。
「わかった。俺とシュバルツで行く」
『オイ,勝手ニ決メルナ』
フェルの肩に乗るシュバルツは、口では何と言おうともフェルの事を気に入っている。
その証拠にそう言いつつも、フェルの肩から離れようとはしないのだから。
「それではフェル、お願いします」
あっさりとルースが頷けば、焦ったのはキースだった。
「でもそれで罠だったら、フェル君だけ入口からここまでまた来ないといけなくなる…」
「ん?そうだな。でも問題ないぞ?その間にお宝でも集めていてくれれば、すぐに戻ってくる」
ニッと笑うフェルにルースも笑みを向け、そしてキースへ言う。
「その通りです。ご心配には及びませんよ。フェルであれば一人でもここまですぐに戻って来れますので、問題はありません」
ルースの言葉を聞いたフェルは、少し照れたように頷いた。ルースに信頼してもらえて嬉しいと、顔に書いてあるようだ。
「あぁそうか…そうだよな。じゃあ頼めるかな?」
キースが言えば、ソフィーもデュオも「気を付けてね」とフェルと送り出す。
そこから一人で茂みに近付いて行くフェルは、気軽に皆へ手を上げ、低木をかき分けるように壁に向かって行き、そして確かめるように前に出した手を壁が飲み込んだ後、フェルの姿は壁の中に消えていった。
「こんな所にあったんじゃ、全く気付かないよね?」
「そうよね、罠だったらもう少し皆が歩きそうな場所にありそうなのに…」
デュオとソフィーがフェルが飲み込んだ壁を見つめ、不思議そうに話していれば、突然その壁からフェルの顔だけが出た。いや、壁からフェルの顔が生えたと言って良いその光景に、キースもルースもギョッとし、ソフィーとデュオは短い悲鳴を上げる。
「キャッ」
「うわぁ」
しかしフェルの顔は皆をキョトンと見つめた後、ニヤリと笑った。
「びっくりしたのか?まぁ確かに俺でもビックリするかもなぁ…じゃなくて、ここは罠じゃなかったから、皆も入ってこいって」
そう言ったフェルの顔がまた壁に飲まれて消えると、4人は顔を見合わせキースを先頭に、デュオとソフィーとネージュが続き、最後に残ったルースが周辺の気配を確認して、壁の中に消えていった。
ルースが入った先は洞穴の様な空間で、皆がルースを待って壁際に立ち止まってくれていた。
この空間も、一階層目の様に土で覆われた中で光る苔が明かりを灯し、広さは階層主の部屋程もある、割と広い場所であった。そしてよく見れば、ここには10人程の先客がいるらしいと気付く。
「人がいるわね…」
「秘密の部屋じゃなかったんだね…」
デュオは少々期待していたらしいが、人がいると分かって少し残念がっていたが、人がいたとしても隠し部屋なのは間違いないだろうと、ルースは思うのであった。
その時、先にこの部屋にいた者の一人がこちらへ近付いてくるのに気付き、ルース達は横一列に並んでその人物へと視線を向けた。
「よお、よく見つけたな。ここは隠し部屋って事で、ここを知る者は数少ない。そんで皆はこの部屋の事は黙っておくっていう、暗黙のルールがある。口外無用という事だから、あんた達もそれを守ってくれ」
近付いてきた冒険者はルース達を見知らぬ者と認識したためか、わざわざこの部屋のルールを説明しに来てくれたらしかった。
「わかりました。この部屋の事は他言無用にいたします。ところでここには何があるのでしょうか?」
見渡しても皆が壁に向かってしゃがみ込み、何かをしているとしか分からないのだ。
「ああ、この部屋には素材が埋まってるんだ。だから早いもん勝ちだし、余り人に知られたくもないってことだな」
言われてみれば、皆は壁を掘っている様にも見えた。
「へえ…素材って何が出るんですか?」
フェルも気になっているらしく、その冒険者に確認する。
「鉱石だ。水晶、金、鉄とまぁ色々だな。掘ってみりゃわかる。あとこの部屋の中では魔法が使えないらしいぞ。魔法で掘ろうとしても出来ないから、無駄な事はしない方が良い」
悪戯が成功したかのようにニヤリと笑った冒険者は、それだけ伝えると、手を上げて元の場所へと戻っていってしまった。
話している時間が勿体ない、というところだろう。
フェルも手を上げて礼を伝えると、ルース達と視線を合わせた。
「だってさ。キースはここでも良いか?」
今日はキースの事で入ってきたダンジョンである為、まずはキースに確認をするも、キースは一も二もなく頷く。
「勿論だ。あっちの池は無理そうだったし、ここで何か獲れるのならオレは問題ないよ」
キースの返事を聞いてここで素材集めをする事にしたルース達は、人のいない壁際へと移動すると、皆は気合を入れるかの様に、腕まくりを始めたのであった。