【208】目的の階層
キースの初戦闘は余裕を持った、最早戦いとも呼べぬものとなった。
こうしてキースの魔法の腕前は皆へと披露されたが、今度はルース達がキースへと実力を示す番だ。
いくら仮とはいえパーティを組んでいる為、いざという時にどれ位相手に頼れるのかを見せなければならない。
そして次にゴブリンが見えてきた時、フェル一人が2体のゴブリンへ対峙する事になった。
これはフェルが自分一人で十分だと言ったからなのだが、それを聞いて出会った頃のフェルを思い出し、月日が流れた事を実感するルースであった。
「ではお願いします、フェル」
「おう」
返事もそこそこにフェルが駆け出していき、まずは1体のゴブリンを盾で弾き飛ばし、それが壁に激突してドサリと崩れ落ちれば、続けて目の前に迫るもう1体にロングソードを深々と突き刺し、早々に戦闘は終了する。
「瞬殺か」
キースもフェルの動きに笑みを広げる。
「そう言えば君達、パーティのランクは?」
ルース達もわざわざ説明していなかったランクを問いかけたキースは、期待の籠った眼差しを皆に向けた。
「俺達は、B級パーティだ」
フェルはゴブリンの所から戻りながら、キースの問いに答える。
「じゃあ、凄いんだな」
先程冒険者ギルドで説明を受けたばかりのキースは、B級が上位であるとすぐに気付く。
「でもそれって、パーティのランクなんです。僕とソフィーはまだC級なので」
後から合流したソフィーとデュオは、そうは言ってももうC級に上がっている。やはり対峙する魔物のランクが上がれば、それだけ昇級も早い。
「へえ、C級でも凄いじゃないか」
年齢も加味しているのか、キースがソフィーとデュオにも感心したように言えば、ルース達は自然に持ち上げてくれるキースの言葉に、少しくすぐったい気分を味わう。
「キースさんであれば実力がありますので、すぐに昇級されると思いますよ。これからは冒険者ギルドで知り合いを作って、キースさんの事を知ってもらえれば、皆パーティに誘いたがるでしょう」
「そうかな?それが君達みたいなパーティだと、良いんだけどね」
このキースという人は人を持ち上げるのが上手いのか、人との付き合い方を知っている為か、不快な言葉を口にしない人物なのだろうとルースは思う。
フェル達も嬉しそうに顔を見合わせてはいるが、この人を気軽にこのパーティへは誘えない事を皆は理解しており、それ以上の言葉は口にしない。
「それでは、先に進みましょう」
そうこう話している内に、ルース達は一階層目の階層主の下へと辿り着いていた。そして大きな扉を開き中に入れば、扉はバタンと音を立てて閉まる。
キースは不思議そうに扉を見るも、ルース達が落ち着いている為か何も言わなかった。
「ここはオークとゴブリンだ」
フェルがキースに魔物の説明をしていれば、中央に描かれた円から大きな体が浮かび上がってくる。
「へぇ…魔物が固定なんだな」
ダンジョンの仕組みに興味を持ったのか、キースが独り言ちる。
「そのようです。途中の魔物は無作為に抽出されますが、階層主は毎回同じ魔物が現れるようです。その為戦闘経験を積むには、良い場所だと思われます」
独り言に返事をしたルースへ、キースは頷きを持って返した。
そんな些細な事に気付くとは、ルース同様このキースも、常に知識を得ようとするタイプの者だと知れる。
そうのんびりと話をしている間に、オークは咆哮を上げてゴブリンを呼び出し、そのゴブリン達は既にこちらへ敵意を剥き出してギャーギャーと騒ぎだしている。
「ここはオレがやっても良いか?」
キースが皆に声を掛け、皆の返事を待って魔物へ視線を固定した。
そしてすぐにキースの体を赤い魔力が包み込むと、手を魔物へと差し出し短い詠唱をする。
「“火災旋風“」
― ゴウッ! ―
キースから放たれた魔法は、こちらに向かって来ようと動き出していたゴブリンを含め、円の殆どを包み込むようにして渦を巻き火柱となった。
その火力に、ルース達はたまらず手をかざして熱を防ぐ。
程なくして消えた炎は、そこにいたはずのオークとゴブリンを一瞬の内に消し去っていた。
「一発か…」
フェルが感嘆の声を漏らし、ソフィーとデュオは目を見張って言葉を失っていた。
自己流だと言いつつも、魔法をここまで使いこなしているキースに、ルースも心の中では驚いている。
魔物がいなくなった事を見届けたキースは、ルース達を振り返った。
「下手に手を抜くと、かえって面倒だと思ったんだ」
また魔力を多量に使ったキースが、言い訳の様に言葉を紡いで眉尻を下げた。もしかするとキースはこれらの魔物に対して、加減が分からないのかも知れないのではないかと、ルースは思い至る。
「今日は初めてのダンジョンです。キースさんはゆっくり、感覚を掴んで行って下さい」
ルースの申し出に「ああ」と頷き返すキースは、困ったように頭を掻いていた。
切羽詰まる程の何かを抱えているキースに、ルース達は今日一日、彼に付き合うと決めているのだ。
その為、初めてのダンジョンに慣れてもらうつもりでもあり、今後ルース達とは違うメンバーで行動するまでには、感覚を掴んでもらうという事までをルース達は考えていた。
「じゃあ次は、お待ちかねの二階層だな」
フェルがニヤリと笑みを浮かべるも、ソフィーが部屋の中央へ指をさす。
「待ってフェル、魔石があるみたいよ?」
ソフィーの声で皆がそこを見れば、確かに黄色い物が落ちていた。
フェルがそれをとりに行き、キースへ差し出した。
「はい、これもだな」
フェルが差し出した魔石に、ありがとうと言ってそれを受け取るキース。
「さっきのよりは少し大きいな」
とフェルが屈託なく笑ってキースに言えば、キースも笑みを広げてそれに応える。
少しずつ打ち解けてきたキースは、次の階層が今日の目的地だ。
階層主を倒して現れた扉に、ソワソワとし出したキースに笑みを向け、5人は揃って第二階層へと向かった。
「へぇここは森の中、か」
扉を抜けたキースが、その景色に目を見開いた。
「ダンジョンは、不思議な所ですね」
ソフィーがキースへそう声を掛ければ、キースは楽しそうに頷いて視線を前方に向ける。
「オレが聞いた話だと、この階層には何かがあるはずなんだけどな…」
キョロキョロと辺りを見回しながら歩くキースに、ルースは心当たりを伝える。
「キースさんが仰っていたものは、多分“砂金“の事だと思います」
「さきん?」
「はい。この先に川があって、その川の中に砂金が紛れている様でした」
「さきん…」
キースはそれを見た事がないのか、今一つピンときていないようだ。
そこでソフィーが以前見つけた一粒を手の平に乗せ、キースの前に差し出した。
「これです」
ソフィーの声に振り返ったキースが、その手の平を見て首を傾げた。
「金の砂…か」
「ええ」
ソフィーが「どうぞ」と、良く見えるようにキースにそれを渡す。
「それは金貨の元らしいから、皆んな集めてるみたいだった」
フェルの説明は少しおかしいが、キースはそれで理解したようだった。
「これを集めれば良い訳か…川の中?」
「はい、そこに見えてきましたよ?」
ルースが道の先を指させば、ちょうど横切る川が視界に入ってきた。
「だけど、この階層で砂金を取っている人が多いから、場所を確保するのも大変かも…」
デュオは、既にこの階層では砂金を目当てに人が集まっているのだと説明する。
「そうだよな…」
言われてキースも思い当たったのか、自分もその一人だと苦笑した。
「今日は、私達も手伝います」
ルースの申し出に、キースは驚いた表情を皆へ向ける。
「一人で勝手にやってくれって訳にも行かないだろう?」
フェルも付き合うよとキースに言えば、キースは申し訳なさそうに礼を言った。
なぜお金が必要なのかとは聞けないが、ここまでキースの為人を見ても、変な事に使うつもりはないと分かる。もしこれが態度の悪い人であれば、流石のルース達もここで別行動をとったかもしれないが。
こうしてダンジョンに入って一時間もすれば、キースの目的である砂金集めに向かう事になったルース達である。