【207】初めてのゴブリン
ダンジョンまでの道のりで、キースの年齢は二十歳だと話してくれた。
「じゃぁ年上だな」
そう言いつつも、フェルはタメ口だ。
「君達はいくつなんだ?」
まもなく今年も終わろうとしているが、ルースとフェルは18歳、ソフィーとデュオが17歳だと伝える。
「そうなのか、だがオレには敬語はいらないよ。それで、このメンバーでパーティを組んで長いのか?」
キースは場を繋げようとしているのか、ルース達へと質問を続けた。
「私とフェルでパーティを組んで3年ほど、ソフィーとは1年半、デュオとは半年位ですね」
「へぇ、じゃあ最初のメンバーは、ルース君とフェル君って事か」
穏やかな笑みを浮かべるキースは、大人びた表情を浮かべている。
「この町にはどれ位いるんだ?」
「一か月前に来たばかりです」
「そうか。ルカルトは良い町だろう?」
「そうだな。食い物は旨いし、海もあるし、ダンジョンもあって楽しい町だと思う」
フェルも会話に交じり、笑みを浮かべこの町の感想を言う。
「そういえば、海にも魔物が出るって聞いたんですが、本当なんですか?」
デュオがキースへ質問をすれば、キースの表情に一瞬影が差したように見えるも、すぐに張り付いたような笑みに戻して返答した。
「本当だよ」
快活なキースにしては言葉少ないと感じたルースは、そこで話題を変える。
「それでキースさん、ダンジョンに入って何をするおつもりなのですか?」
ルースの問いは皆が疑問に感じている所で、わざわざ冒険者になってまでダンジョンに入りたがるのだから、何かあるのかと思う。
「早急に金が必要なんだ。ダンジョンの二階層目では、金目の物が手に入るって聞いてね」
その答えに、ルース達は顔を見合わせる。多分このキースという人は、砂金の事を噂で聞いたのだろうとすぐに思い当たる。
ルース達がダンジョンに入るのは基本、戦闘訓練をする為で、ドロップ品は“ついで”という感じだったのだ。
だが今回の目的は、ダンジョンでの戦闘ではなく砂金集めという事になり、ここで今日の目的が決まったという事だ。流石に仮と言えども6人はパーティで、“それじゃ勝手にやっていて“と放り出す事も出来ない。
こうしてキースと軽く互いの話題に触れながら、ルース達はダンジョンへと到着したのだった。
薄明りのさす洞窟を歩く5人は、黙々と二階層に向かって進んだ。
ダンジョンに入ってからは饒舌だったキースも口を開かなくなり、興味深げに土の壁が続く空間を眺めていた。
最初の分岐で何も見ずとも迷わず左に進むルース達に、キースは声を発しない。
キースは、ルース達が何度かダンジョンに来ている事を瞬時に感じ取ったらしく、大人しくデュオと並んで歩いていた。先頭はルースとフェルにシュバルツ、二列目はソフィーとネージュ、そして最後尾にデュオとキースが続く形だ。
『この先、出たな』
ネージュは一早く魔物の気配を感知して念話を発するも、キース以外に限定するなど抜かりはない。
ネージュも勿論キースという青年に魔力がある事を感じ取っており、“よそ者”には十分に警戒をしているネージュである。
そのネージュの念話を受けたソフィーは、ネージュへと視線を下げて笑みを向けるが、ルースとフェルはキースには聞こえていない事を確認し、顔を見合わせて頷いた。
「この先に魔物がいるようです。ここから警戒をしてください」
ルースが後ろのキースを振り返り、それを伝えた。
「そうみたいだな、わかった」
ルースが伝えるまでもなく、キースも何らかの形で魔物の気配を感じ取っていたらしい。
そうして進んで行けば、その魔物の正体は3体のゴブリンだと分かった。
「あれは?」
前方に見えたゴブリンに、キースは初めて見るのか隣のデュオに問いかけた。
「あれはゴブリンです。武器を持ってますが、腕力は余りないですね。急所は人と同じ所の心臓か頭」
デュオがゴブリンの特徴を簡素に伝えれば、キースは了解だと頷いた。
『ブュギー!』
前方のゴブリンもこちらに気付いた様で、武器を振り上げてこちらへ駆け出してきた。
「じゃあ手始めに、オレがやってみるよ」
キースはルース達の横をすり抜けて、最前列へと出た。
まずは、自分の実力を見てもらおうと言う事の様だ。
ルース達はその場に立ち止まりキースを見守っていると、キースが腕を前に出し赤い魔力が体から立ちのぼる。
「“炎柱”」
力む様子もなくキースが紡いだ言葉で出現した魔法は、いきなりの中級魔法だった。
その大きな炎が3体のゴブリンを一瞬で包み、視界が晴れた時には既にゴブリンは跡形もなくなっていた。
「へぇ~」
「凄いわ」
「わおっ」
フェル、ソフィー、デュオが口々に驚きの声をあげた。
たかが3体のゴブリンに中級魔法を軽く使って見せるキースに、こちらに力を示す為なのかとも思い、真意を図り兼ねて口を噤んだルースだった。
「あれ?ちょっと大きすぎたかな…」
それにはキースが、予想と違っていたと頭を掻いている。
ルースはそんなキースに興味を持ち、背後から声を掛けた。
「今までどんな魔物と?」
ルースから声を掛けられ振り向いたキースは、少し考えるような仕草をしてから質問に答える。
「海の魔物ばかりだった。クラーケンにハーミットクラブ、バイトレイとかレモラとか…」
ルースは自分で聞いてはみたものの、全て見た事がない魔物の名前で、辛うじてクラーケンという名前くらいしかわからなかった。
だが水辺の魔物と言えば、このダンジョンで見たケルピーやカルキノスを思い浮かべ、大型であったことを考えれば、この火力はキースがいつも使うレベルの魔法なのではという思考に辿り着く。
「そうですか。私は見た事がない魔物ばかりですが、ゴブリンなど陸の魔物は、小さい火力でも問題ないかと思います。キースさんの魔力は潤沢のようですが、ここでは次々に出てくる魔物と対峙する事になりますので、差し出がましいようですが、魔力の使用を抑えつつ対応した方がよろしいかと思います」
「あぁそうなるのか…。勝手が違うから分からなかった、ありがとう。次からはそうさせてもらうよ」
キースは反論するでなく、ルースの助言を素直に受け入れてくれた。
フェル達は2人の会話を黙って見守っており、キースの反応を見て為人を確認する。
そうして再び足を進めればゴブリンがいた場所に到着し、そこには2cm程の青い魔石が一つ落ちていた。
フェルがそれを拾ってキースに手渡す。
「え?これは?」
「これは魔石だ。小さいけど冒険者ギルドで買い取ってくれるぞ?」
大した額にはならないがと言い添えるも、キースは一瞬驚いた様に手渡された青い石を見つめてから、フェルに視線を戻す。
「オレがもらって良いのか?」
キースの問いに、ルース達は笑みを浮かべて頷く。
「ありがとう」
キースは皆に礼を言って、大事そうに鞄へ仕舞った。
本当であれば仮とはいえパーティであり、皆で戦利品を分け合うところではあるが、今回はキースが倒した魔物である事と、少しでも稼がせてやりたいというメンバーの想いから、その流れになっている。
「じゃあ、先に進もう」
フェルがそう言って歩き出し、皆もその後について進んで行く。
デュオはそっと、期待に満ちた目を前方へ向けるキースの横顔を仰ぎ見て、羨まし気に息を吐いた。
ルース以外の皆も、このキースが魔法使いとしてのレベルが高い事を理解し、それでも本人は自分が魔法使いなのか分からないと言っていた言葉に、どんな生活を送ってきたのだろうかと、たまたまこうして行動を共にする事になった人物に、興味が沸き上がるのを感じているのだった。
補足:作中の魔物「バイトレイ」は筆者の想像上の物で、“噛む“と“エイ(鱏)“を繋げたものです。イメージとしては、サメの様な大きな口と赤い目玉、体長は60cmから大きくなると3m程で、噛みつき攻撃をしてくる魔物という感じです。笑




