【206】キースという青年
ルース達はダンジョンを出ると、そこのギルド職員と軽く会話を交わし宿へと戻る。
今回の収穫は銀箱の転移装置と魔石くらいで、あとは呪いのナイフしか出なかったが、銀箱はひとつ200ルピルで買い取りをしてもらえる事になったので、売りに出せる。
冒険者ギルドにも在庫がまだ沢山ある事を考えれば、買い取りをしてくれるだけ良心的だと言って良いと言えるだろう。
そしてこの転移装置が確認されたお陰で、F級パーティも頑張って奥へと進めるようになったらしいと、ギルド職員たちも喜んでいた。
総合的に見て良い方へと転がった転移装置の話に、ルース達は顔を見合わせて笑いあうのだった。
こうしてダンジョンに潜った翌日、冒険者ギルドのクエストを受ける事にしているルース達は、昨日までの疲れも取れ、今日も早めの時間に冒険者ギルドへと訪れた。
使い込まれた厚い扉を開き中に入って行けば、奥の席で食事をする者がちらほらいる位だ。後は一人二人が受付近くにいる程度でガラガラだが、少々毛色の違う人もいるのだなとルースは目線を通過させた。
ルース達は今日のクエストを選ぶため、掲示板の前に直行する。そうして緊急のクエストや気になるクエストなどを見ていれば、やはり後ろの受付の方が気になって、ルースはそっと振り返った。
「そんなっ!」
そのとき悲痛な声が響き渡り、皆の視線が声をあげた人物に向かうも、当人はそれどころではないのか受付に乗り上げる勢いで職員と話を続けていた。
その人物に視線を向ければ、この冒険者ギルドでは異質な存在だとわかる。
冒険者達は、普段から景色に馴染むよう地味な格好をしている者ばかりなのだが、その人物は所々に原色を取り入れた上着に、ズボンは港で見た様な裾を絞る形状の物で、一目で冒険者ではない者とわかる装いをしているのだ。
その人物は気が高ぶっているのか、声も大きくなっていく。
「誰か紹介してください、お願いします」
そう言った途端、彼の魔力が膨れ上がるのを感じ、ルースはその魔力に触れて眩暈を感じた。
(既知感…?)
自分の中に突然浮かび上がった感情にルースが戸惑っていると、横にいたフェルが声を掛けた。
「無理なクエストでも、持ち込んできたのかなぁ?」
小さな声でルースに問いかけるように言ったフェルに、ルースは眩暈をやり過ごして視線を向ければ、視界に入ったソフィーも眉を下げてルースを見ていた。
ルースの友人達は、困っている人にすぐ手を貸そうとする御人好しであったなと、ルースさえ声を掛けようかと迷っていた所に、パーティの総意が見えた。デュオもルースの視線に頷いており、どうせクエストを受けるのであれば、彼の手伝いが出来ないかと、ルース達はその人物がいる受付へと向かって行った。
「おはようございます。どうかされましたか?」
青年に縋られて困っていたギルド職員は、ルース達が来たことで安堵の息を漏らす。
「おはようございます、月光の雫の皆さん。それがその…」
ギルド職員が説明するなか、横から声を掛けられた青年はルースの声にその主を振り返り、まるで天の助けを見たように大きく目を開いた。
「君達はパーティなんだろう?オレをパーティに入れてくれ!」
いきなりの発言がルース達も予想だにしなかった内容で、虚を突かれた様に皆はぽかんと口を開けた。
「あの…こちらの方は今しがた冒険者登録をされたのですが、ダンジョンに入りたいと仰っておりまして…」
ギルド職員が申し訳なさそうにルース達へ説明すれば、それを聞いたルースもその意味に気付き、青年を見つめ返した。
「F級では、パーティを組まなければダンジョンに入れませんからね」
「そういう事か…」
フェルもそれで分かったと、肩をすくめる。
「オレはどうしても、ダンジョンに入りたいんだ。だから冒険者になったのに入れないって…それじゃ何のために…」
悔しそうに言う青年をみて、ルースがフェル達の表情を確認すれば、何とかしてやりたいがどうしたものかと言わんばかりに、皆が視線を落として考え込んでいた。
困っていそうだからと声を掛けてはみたものの、それは予想とは違う話で、依頼を出したくて話していたのかと思いきや、ダンジョンに入りたいという事だったらしいが、ルース達だってホイホイとパーティメンバーを決める事は出来ないのだ。
「ダンジョンに入るには、仮パーティでも大丈夫なのですか?」
そこでルースは助け舟を出すようにギルド職員に確認を取れば、ルースの問いに職員は、ホッとしたように笑みを浮かべて返事をする。
「はい。仮のパーティでも大丈夫です。C級以下がパーティ条件というのは、お一人で入られて困った事にならないようにという意味合いですので、仮であってもパーティであれば問題はございません」
ギルド職員は、青年に説明するように彼へ視線を向けながら話した。
その話に喜色を浮かべた青年は、改めてルース達に向き合うように姿勢を正す。
「オレは“キース“だ。訳あってどうしてもダンジョンに入りたいんだ。だからオレと、仮でパーティを組んでくれないだろうか?」
先程までの威勢を引っ込め、真摯な眼差しを向けるキースという青年に、ルースがフェル達の顔を見回せば、仕方がないねというように皆が笑みを浮かべていた。
「わかりました。取り敢えずはお力になる為に、仮でパーティという事に致しましょう。それならよろしいですよね?」
始めはキースという青年に、後半はギルド職員へ向けてルースは言葉を発する。
「はい。それであれば問題はございません」
やっと片付いたとばかりに満面の笑みを浮かべたギルド職員に、ルースは内心この様な事は良くあるのだろうと苦笑を漏らした。
「それじゃ今日も、ダンジョンって事だな?」
フェルがそこでルースに聞きつつ、皆へも視線を送った。
それにルースをはじめデュオとソフィーも頷く。
「それでは行きながら、自己紹介をしましょう」
ルースは少し人の多くなってきた冒険者ギルドから退出を促し、ギルド職員に見送られながら、日が昇り始めた町中へと出た。
そして誰が促さずとも皆は立ち止まることなく、町の外へ向かうようにして歩き出した。
「私達は“月光の雫“というパーティで、私はルースと申します」
そう言って、初めにキースへ話しかけたのはルースだ。
「俺はフェル」
フェルはカチャリと腰の剣を鳴らして、簡素に名乗る。
「僕はデュオと言います」
「私はソフィアよ。この子はネージュで…。シュバルツ?」
ソフィーがシュバルツの姿を探して空を見れば、黒い鳥はスルリとフェルの肩に舞い降りて留まる。
「それで、その子がシュバルツね。私は調教師なの」
嘘を言うのは本意ではないが、そう言ってソフィーは自己紹介をする。
「へぇ…剣士が2人に弓士と調教師か…。オレは魔法が使える。だから魔法使いだと思ってくれ」
キースの変な職業の説明に、ルース達は首を傾けた。
「魔法使い…ではないのですか?」
ルースはキースに視線を向け、尤もな疑問を口にする。
「んー、多分そうだと思う。でもオレは職業を視てもらった事がないから、本当のところは知らないんだ。今まで教会にも行った事はないしね」
あっけらかんと話すキースに、ルース達は驚いた様に顔を見合わせるも、人通りのあるここで深く追求する訳にも行かない為、この場は相槌を打つ事でとどめたルースだった。
「そうなのですね。それでは魔法が必要になったら、よろしくお願いいたします」
よく知りもしないキースへ、ルース達は手の内を見せる事も出来ない為、魔法で対応する時にはキースへ任せてみようとルースは考えていた。
「それでオレの魔法レベルだけど、言葉では伝えられないからそれは後で確認して欲しいんだ」
キースの申し出は至極当然の事で、お互いが初対面であるし、キースに対してもルース達の能力も実戦で見てもらう他に手はないのだ。
「そうですね。私達の事も、その時に確認してくださると助かります」
ルースの意図が通じたのか、キースはルースの顔を見て嬉しそうに頷くのだった。