【204】罠か宝か
ルース達はダンジョンの雰囲気を確認した後も、一週間おき位の割合でダンジョンに潜っていた。
今もダンジョンの5階層目にいる階層主、“雪の女王“と戦っている所である。
この魔物は人の形をしているが声を発する事もなく、勿論詠唱もなく魔法を放つ魔物だった。
ただし姿が人なので、対人戦をしている様な錯覚を覚える。
丈の長いワンピースを纏った女性の姿で全身が真っ白、髪も長く、目元をその髪で隠してはいるが、見えないはずの視線は感じる。
ルース達の目の前に詠唱もなく無数の氷針が飛んで来れば、それらを回避する為ソフィーが大きく障壁を張って対応する。この階層主との戦いでは、ソフィーも防御で参戦してくれていた。
常には自分とネージュを囲う障壁を出しつつ、広域魔法が飛んでくればその範囲を一気に広げ、パーティ全体を包み込んでいるのだ。
この階層主の部屋には障害物がない。その為ソフィーが防御をかって出たという事である。
滑るように移動する雪の女王は、感情の起伏を見せることなく吹雪を巻き起こし、氷漬けにしようとしたり、とにかく魔法の能力が高く、ルース達は経験を積む為にこうして定期的にダンジョンに潜るようにしているのだった。
「フェル」
「おう」
ルースの声に出飛び込んで行くフェルを躱すように、サァーっと後ろへ下がって間合いを取ろうとする魔物へ、ルースが動きを読んで魔法を放つ。
「烈火弾」
ルースから放たれた炎は魔物の行く先に落ち、ドンッ!という大きな爆発と共に白い姿は粉々に砕け散った。
その破片がキラキラと雪の様に舞う様子は、何度見ても美しいと形容されるものだ。
「ほうっ」
ソフィーの感嘆する息遣いのあと静かになった部屋には、外へ続く扉が出現する。
このダンジョンに何度か入って分かった事は、1回目の時に出たドロップ率が高い方であったという事だった。階層主でさえ必ず宝箱が出る訳でなく、全て小さな魔石だった事もある。まぁ、初心者用ダンジョンなので、全体的にそこまで強い魔物が出ない事もあるが、フェルが想像していたような“お宝ザクザク“という感じではない事だけは確かだ。
「お?今回は宝箱が出てるな」
フェルが弾む声で言って、嬉しそうにそれに近付いて行く。
このダンジョンで頻繁に宝箱が出るならば、皆2階層目で石拾いをせずここまで進んで来るだろうにと、ルースは苦笑の混じる笑みを浮かべた。
フェルは再び躊躇なく宝箱を開く。
フェルは、こういうところが危なっかしいと思うところで、良く言えば相手を信用している、悪く言えば警戒心のない動作をするフェルに、ルースをはじめソフィーやデュオも密かに気を配っている。
『猪突猛進』
シュバルツがフェルには聴こえぬよう念話を送ってくる。
カチャリと音を立てて開いた宝箱に、覗き込んだフェルが目を見張った。
「何が入ってたの?」
デュオが宝箱の中身を聞けば、フェルは勢いよく振り返り目を潤ませた。
そこへ、バサバサと羽音をさせてフェルの肩に留まったシュバルツが、下を覗き込んで念話を送った。
『ないふダ』
皆に箱の中身を告げたシュバルツに、フェルが頬を膨らませた。
「何で言うんだよ…皆に当ててもらおうと思ったのに」
少々子供っぽい事を言うフェルに、ルース達はクスリと声を漏らす。
「フェルが使える物が出たのですね」
「良かったわね」
ルースとソフィーが言えば、デュオもニコニコと笑んで頷いた。
それで機嫌を直したフェルは、素直というかチョロいというか…皆はフェルの扱いに慣れているのである。
ヘヘッと笑って宝箱に手を入れ、フェルが持ち上げたナイフを見たソフィーが悲鳴を上げる。
「キャーッ!フェル手を離して!」
ソフィーの声に、フェルがナイフから咄嗟に手を離せば、ゴトリとナイフが宝箱の中に落ちた。
慌ててフェルへ駆け寄ったソフィーが、フェルの手を取って詠唱する。
「友たる精霊よ、その清らかなる思いのままに、我の願いに触れたまえ。“浄化“」
ソフィーを清々しい風が包み、それが周りに広がっていく。淡くキラキラとした光が辺りに舞い落ちていけば、それはフェルへ浸み込むようにして消える。
されるがままのフェルは、あっけにとられたまま目を見張って固まっているが、ルースはその一部始終をみて、ソフィーの行動に納得した様に頷いた。
「フェル、そのナイフには呪詛が纏わりついています」
ルースの話を聞いて目を瞬かせたフェルが、ギョッとしたようにソフィーの顔を見れば、ソフィーはその視線に微笑みを返しフェルの手を離した。
「でも普通、宝箱に入ってたら手に取っちゃうよね?」
デュオも苦々し気に眉を寄せ、宝箱の中を覗き込んだ。
「それも、一種の罠と呼べるのかも知れませんね。そんなに強い呪いではないようですが、持ち歩いている内に体調が悪くなっていきそうです」
そのナイフは、持ち手と鞘に赤や黄色など小さな宝石がはめ込まれており、それに目を奪われ安易に手に取ってしまいそうな、どちらかと言えば武器というよりも、宝飾品の様な見た目をしたナイフだった。
「じゃあコレは持って帰れないのか?」
フェルが残念そうに言い、ソフィーとルースは視線を交わす。
ソフィーがナイフを解呪するには手で触れなければならないが、それでは呪詛がソフィーに入り込んで来る。
「解呪は出来るけど…」
とソフィーは言葉を濁し、その懸念に眉を寄せた。
「確か先日このダンジョンで、呪い除けアイテムが出たと記憶していますが」
ルースが皆に笑みを向けてそう言えば、ソフィーも思い出したのかポンッと手を叩いて自分の巾着に手を入れた。先日のドロップ品で、売っていない物の殆どをソフィーに預けている。
ソフィーはその中から鎖の付いたチャームを取り出した。その鎖は腕に通せる程の長さであった為、ソフィーはそれを腕に通す。
「これを付けていれば、触れるはずね?ルースは良くこれを覚えてたわね」
「ね、僕も忘れてたよ」
ソフィーとデュオが、ルースに笑みを向ける。
「ええ」
とだけ答えたルースは、ソワソワしているフェルの肩に手を掛け、少し待っててくださいと笑みを浮かべる。
「じゃあ、やるわね」
ソフィーもフェルの視線を受け、分かったわと言ってナイフを持ち上げる。
「精霊の父よ、闇夜に染まる清き心を、解放せしめたまえ。“解呪“」
ソフィーがナイフへ向かって魔法を唱えると、手の上に乗るナイフが白い光に包まれ、そしてナイフに吸い込まれるようにして光が消えていった。
ソフィーの作業を見ながら、ルースは彼女の存在に数々助けられている事を実感した。
浄化や解呪は勿論の事、回復はポーション、解毒は毒消し薬等など、本来であれば薬に頼らねばならぬところを、ソフィーが全て補ってくれるお陰で、ルース達は風邪で寝込む事もなくここまで来れたと言っても良い。
いつだったか、ソフィーがルース達と出逢えて幸運だったと言っていた事があったのだが、それはルース達が彼女に対して言う言葉であろう。人を助ける為に在り続けるソフィーへ、ルースは心の中で感謝するのだった。
「出来たわよ、フェル」
ソフィーは、手にするナイフをフェルに差し出す。
するとフェルは、手の平の汗を拭うように両手を服に擦りつけると、ゆっくりとその手を差し出しソフィーの手からナイフを受け取った。
少し湾曲するナイフの刃渡りは15cm程でこじんまりとした大きさだが、金色の鞘には石が煌めき、フェルが刀身を引き出すと出てきた刃も金色に輝いていた。
「王様が持つようなナイフだね」
誰も王様に会った事はないが、高価な物を見れば引き合いに出される王様なのである。
「ふふっ、そうね」
皆思うところは一緒だ。
「割と重いな」
フェルはひとり手の中のナイフに夢中になって、まるで子供の様に目を輝かせていた。
「それはフェルが預かっていてください。それでは、いつまでもここにいる訳にも行きませんので、そろそろ外に出ましょう」
ルース達は上機嫌のフェルを先頭に、3度目のビギニーズダンジョンを後にするのだった。
いつも拙作にお付き合い下さり、ありがとうございます。
次回の更新は、8月19日となります。
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