【203】応接室
後日、冒険者ギルドに顔を出したルース達は、なぜかギルドマスターに呼ばれているのだと、奥に通される事となった。
何を言われるのかとソワソワしつつ応接室で待っていれば、40代位で長身の男性が入ってきた。
「待たせて悪かったな」
開口一番に謝罪をした人物は、ルース達が座るソファーの一人掛け席に腰を下ろし、自身をギルドマスターの“ヘンリー・デイヴィス”と名乗った。
このルカルドのギルドマスターは、長身ではあるものの厳つい感じではなく、銀縁の眼鏡をかけているせいか知性的で事務仕事に向いている様な印象の人物だった。ただやはり冒険者ギルドという場所柄か、話し方は冒険者のそれに近い。
視線を受けて背筋を伸ばすルース達を見て、デイヴィスは目を細める。
「ああ、楽にして欲しい。君達が月光の雫か?」
「はい」
ルースが代表して返事をする。
「先日、君達がダンジョンから持ち帰ったものについて、あの後ギルド内…他のダンジョンを持つ冒険者ギルドを含めた者達で話し合いがあった」
デイヴィスの言葉を聞いても、ルース達はなぜ他の町のギルドまで出てくるのか、意味が分からずに黙って聞いている。
「まあ、その顔は意味が分からんという顔だろうな」
フッと表情を緩めたデイヴィスが、これから説明する、と口を開いた。
「あの箱は、実は他のダンジョンでも出ていた物だった。柄や大きさが違う事もあるが、おおむね同じ物だろうという判断だ。それなのに長年あれの用途が分からず、その割によくドロップされていてな。我々も扱いに困っていた物、と言えば分かってもらえるか?」
他のダンジョンからも出ていたらしい銀の箱は、在庫過多であり減る予定もなかったのだと理解する。
ルースが頷いて返せば、デイヴィスは苦笑を浮かべて話を続けた。
「冒険者達は、それを拾っても使い方も何が起こるかもわからないから、そのまま売ろうとする。そうなると持ち込み先は冒険者ギルドになる訳だが、当然そこはダンジョンの外。君達が既に理解している通り、いくら外で試そうがそれは全く反応しない物だ。そうして銀の箱はただのガラクタだという話が冒険者にも広がっていき、今では拾ってくる者も少なくなっていた…というところだな」
ルース達は黙ってデイヴィスの話を聞き、そういうものかと納得する。
ルース達も初めは用途が分からずに持て余していたが、ルースが箱のステータスを視たため用途が判明したに過ぎない。
「よくアレの使い方が分かったな」
とルースを真っ直ぐに見つめて言うデイヴィスに、流石にステータスが視えるとも言えず、辛うじて言い訳のようにルースは説明する。
「私は魔力が視えるため、あの箱から魔力の流れを感じ取ることが出来、試しに起動してみたのです」
職員からルースが外に出た形跡がないと聞いていれば疑問に思ったであろうが、そこまでの話はされていない様で、あっさりとデイヴィスが頷いてくれた。
「そうか。魔力が視える者がいると聞いた事はあるが、それが出来ると中々有用なんだな」
デイヴィスは眼鏡のブリッジを押し上げてルースを見た。
「それが出来る者がいてくれると、冒険者ギルドの仕事も捗るんだかな。いっそギルド職員にならないか?」
と冗談めかしに言う。
ルースが苦笑しつつ「有難いお申し出ではありますが」と丁重にお断りすれば、なぜかフェル達から安堵の息が漏れ、ルースは更に苦笑するのだった。
「そんな訳で、謎であったドロップ品が一つ解消された。それに今後、ダンジョンに入る冒険者達へ必ず携帯させるようにすれば、中で事故があった場合は速やかに帰還してもらえるだろう。そうなれば今まで溜め込んできた在庫も捌けるし、一石二鳥だ。今日は君達に感謝を伝えたくて、ここへ来てもらったという事だ」
そう言ったデイヴィスは頭を下げた。
「いいえ、お礼には及びません。私達は特に何をした訳でもありませんし」
ルースは困ったようにデイヴィスに言葉を返した。
「そう言ってくれるとこちらも助かる。たまに“情報料を寄越せ”と言い出す、がめつい奴らもいるからな。君達の為人は聞いていた通りの様で、安心した」
デイヴィスの言葉に “聞いていた通り”?と、不思議そうにルース達が顔を見合わせれば、戸惑いに気付いたのかデイヴィスは話を続ける。
「今回の件で、デイラングのギルマスとも連絡を取っていたんだが、そこのハリオットとの話で君達の名前を出したら、月光の雫は品行方正なパーティだと太鼓判を押されてな。ハリオットが随分世話になったと言って、ここにいるのなら宜しく伝えてくれと言っていたんだ」
デイヴィスの話に、やつれて身を粉にして働いていたギルドマスターを思い出す。
「まぁあいつの所は今、デカいダンジョンがあって冒険者も多いらしく、前とは違う意味で大変みたいだけどな」
とデイヴィスは笑った。
そうだったのかと、ルース達も顔を見合わせて笑みを浮かべていれば、デイヴィスの声が割って入る。
「だが、ここで何もしない訳にも行かないからな。君達パーティには、“情報料”という名目で入金させてもらった。これからの利益を考えれば少ない額かもしれないが、取り敢えず金貨10枚だ。これで手を打ってもらえると助かる」
え?とルース達は動きを止める。
別に見返りを求めていた訳でもないし、その上もう入金されていると言われ、恐縮してしまっている。
だがここでゴネるのも迷惑になるだろうと、ルースはその気遣いに感謝を述べて頭を下げた。
ルースの対応で満足気に頷いたデイヴィスは、そう言えばと言ってルースを見た。
「君達の情報を見せてもらったが、君達はそろそろA級に手が届きそうだな?」
突然のランク話に、ルース達は目を瞬かせる。
実のところルース達はランクの事を殆ど意識しておらず、最近ギルドのクエストも積極的に受けていなかった為、それはまだまだ先の事だろうと思っていたのだ。現在ルースとフェルがB級で、ソフィーとデュオがC級になっていた。
「そのA級になるには、試験があると聞いているか?」
デイヴィスの言葉で、ルースとフェルは姿勢を正す。
以前噂程度では聞いた事があり、A級へ昇級するには試験があるのだと言われている。ただその詳細は当事者にしか知らされぬため、試験があるとしか知らないルース達だった。
「噂程度なので、詳細までは…」
ルースが言葉を返すと、デイヴィスはひとつ頷く。
「まぁ当事者にしか教えない事ではあるから、そうだろうな。聞いた者も他言無用という事になっている」
続けられた話に、ルースは頷いた。
「だから君達にはこれから詳細を伝えようと思うのだが、A級に昇級するつもりはあるか?」
まずはそこからだと、デイヴィスは問う。
ルースはフェルと顔を見合わせつつも、思考を巡らせる。
「A級に上がると、何かあるのでしょうか?」
深くは聞けぬまでも、ルースはA級になるメリット・デメリットを確認したいと聞く。
「A級になると国家レベルの関わりが発生し、それは一種の強制でもある事は覚えていてもらいたい。だが、A級になれば報酬や冒険者ギルドからの優遇措置等がある。但しそんなA級になるには、人間性・技量・応用力・機動力など全ての能力が必要とされ、優れた者しかA級以上にはなれないとされている。この試験というのは一種の振るい落としでな。君達にはその試験を受ける資格があるとみているが、もしA級になるつもりがあるのなら、今からその心構えをしてもらおうと思っている」
そう言ったデイヴィスは、まるでルース達の心の中を見通すように、目を細め口元に笑みを湛えていた。
ギルドマスターの言った心構えとは、“常に為人を見られている事”、“クエストの失敗率を上げない事”など、特にこれといって身構える話でもなかったとルースは安堵する。
そこでルースは昇級するつもりであると、デイヴィスに伝えた。
「ポイントが溜まれば、昇級試験がある。試験は冒険者ギルドの職員に、実力を見られると思ってくれ。わざわざ弱く見せる奴もいないとは思うが、その試験では冒険者ギルドの審査官が相手をするから、そのつもりでいてくれ」
ニヤリと笑みを浮かべるデイヴィスに、ルースは問いかけた。
「という事は、試験は対人戦闘という事になりますか?」
「そういう事だ。だからと言って手を抜かなくて良い。治癒魔法が使える者が控えているし、その闘技場は完全防御されているから、壊れる事もないからな」
ギルドマスターから、銀の箱の進捗と昇級試験の事まで教えてもらったルース達は、わざわざ伝えてくれたデイヴィスに礼を言い、冒険者ギルドを後にしたのだった。
いつも拙作にお付き合い下さり、ありがとうございます。
次回の更新は、8月17日となります。
引き続きお付き合いの程よろしくお願いいたします。
追伸. つい先日活動報告へ「旧Twitterのアドレスが変わりました」という内容をUPしております。ご興味のある方は覗いてみてください。※特に大したものではありませんよ~