【200】人それぞれ
『何か、出たようじゃのぅ』
フェルとの会話を諦めたネージュが、皆の後方に視線を向けた。
それを追ったルース達は、ケルピーが倒れた場所に何かが落ちているのを見て、動きを止めた。
「棒?」
ソフィーは、そこにある長細い物を見て呟く。
その声をきっかけに皆がそこへ移動すると、それは確かに棒に見える物だが、片側には大きな穴が開き、まるで裁縫で使う針を大きくした形状のものだと、得体の知れない物に皆は首を捻った。
「危険な物ではなさそうですが」
ルースは、それに魔力がない事を確認して呟いた。
聞いたフェルが身をかがめて拾い、皆の前に提示する。長さは1m程で全体的には木の棒の様な色合いだが、木のようにザラザラした質感でもない。表面はツルツルとしており、手触りは良さそうだ。
「何だろうな。ただの棒って訳でもなさそうだし」
「穴があいてるね…紐でも通して持ち歩くのかな?」
フェルとデュオが感想を言い合う。
「何かわからないわね…」
用途が分からないコレは、ケルピーのドロップであろうと思われた。
「また、このダンジョンの中だけで使うものか?」
フェルは、頼みの綱であるルースへとその棒を差し出した。
ルースはその意図に頷いて棒を受け取ると、少しの間目を瞑った。
「これは…ロッドのようですが、完成形ではない様です。この穴の部分に石を嵌める事で、本来の用途として使う事が出来るようです」
ステータスの確認をしたルースは、目を開き皆へ視線を戻した。
「ロッドって、魔法使いが使う物の事?」
ソフィーがルースに聞けば、ルースは肯定を示す。
「へぇ…」
フェルは珍しそうに眺めるも、余りピンときていない様だ。
「石を嵌めるの…この穴に?」
「はい。宝石なのかただの石なのか、魔石なのか。このロッドとの相性もあるようですが、何を嵌めるかまでは分かりませんでした」
その穴は10cm程で楕円形をしており、ルースがロッドの穴をなぞりながら言う。
「穴に石なんか嵌めたら、その分重くならないのかな?」
デュオが素朴な疑問を口にするも、検証ができない為に答えられる者は誰もいない。
「まぁ、ちゃんとしたもんじゃないけど、一応戦利品って事だな」
フェルは初めて武器っぽい物を手に入れ、気分が上がってきたのか笑みを広げた。
皆はそんなフェルに、クスリと声を漏らす。
「次は、フェルが使える物が出ると良いね」
デュオは嬉しそうにロッドを眺めるフェルに、優しい笑みを向けた。
「ああ、格好良い物が出ると嬉しいな」
そんな会話をしつつルース達はこの湖から離れ、真っ直ぐに階層主の部屋へと進んで行った。
ルース達は知らない事であったが、この二階層の中心にある湖はケルピーの巣と呼ばれており、戦闘がしたい者やドロップを期待する者達以外は、近付く者がいない湖だった。
購入した地図は本当に地図の役割だけであり、魔物のポイントや何が出るか等は勿論載っていない。
それを記載して人に売っている冒険者もいるようだったが、ルース達がたとえ知っていたとしても買うつもりはなかっただろう。
ただ、何度もダンジョンに入っている冒険者達の間では、情報共有されていた事を、ルース達が知らないというだけの話だ。
その情報共有されている冒険者達は、ルース達が先程拾った砂金目当てで来ており、それを邪魔するように現れる魔物とは戦うものの、目的はダンジョンの制覇ではなく素材集めという事である。
その為この二階層には人が多く、他の階層には余り人がいないという事になるが、その事もルース達は知らない事なのであった。
湖から川を越えながら真っ直ぐに進むルース達は、川にいる冒険者達の邪魔にならぬようにして進み、ようやく階層主の部屋の前に到着する。
それは後一時間もすれば入口の門が閉まる時間になる頃で、この階層に人々の気配も段々と少なくなっていた。
「他の人達は、日帰りみたいだね」
その気配に気付いたデュオも、後ろを振り返りつつ言う。
「川の所にいる人達は、そうみたいね」
デュオとソフィーは肩をすくめて、その気配を見送っている。
「帰りもあの部屋を通るなら、階層主と戦わないとならないんだろう?」
フェルはうんざりした様に、彼らへ向けて同情の言葉を発する。
「私達が知らない所に、転送される罠があるのだと思います。彼らは私達よりもこのダンジョンに詳しいようですし」
「そうよね。でないと、また道を戻らないとならないものね」
ルース達は運が良いのか、まだ罠と呼ばれる物には遭遇していなかった。
もしかすると川沿いではない場所にそれがあって、皆はその場所を把握しているのではないかと思う。
「俺はダンジョンってもっと突き進むもんだと思ってたけど、他の奴らは川に集まってるし、進むって感じでもなかったし。あれじゃ、昇級できないんじゃないのか?」
「人それぞれですよ、フェル。昇級する目的の冒険者ばかりでもないでしょうし、ここで素材を集めるだけでも日々の生活を維持できるのであれば、そうしたいと考える人達もいるのでしょう。無理に強い魔物と戦うのでは、命の危険もありますしね」
ルースの説明に、皆はそういうものかと納得する。
確かにE級程度のクエストを受けるよりは、買い取りが良い砂金集めをする方が稼げるのだろうし、多少の戦闘はあるだろうが、リスク的には低いのに高収入になるのだ。
「それでは私達は今日泊る所を確保する為に、次の階層を目指しましょう」
ルースはそう言うと、木々に間に現れた壁にそびえ立つ大きな扉を見つめる。皆も無言でそれに視線を向けると、ルースは吸い寄せられるように近付きその扉を押し広げた。
― ギィーッ ―
軋む音を立てた扉は、ルース達を飲み込んでバタリと閉まる。
ここも多分鍵は掛かっていないだろうと、ルースはチラリと扉を視界に入れた。
ここは中も森の様な空間になっており、扉を抜けたはずなのに同じような景色が広がっていた。
ただし中心へと向かうにつれて見えてきた中央は、視界が開けており大きな池が現れた。
「また水…」
ソフィーは先程のケルピーが又出てくるのかと、訝しんだようだ。
ルース達は今まで、水中に住む魔物とは対峙した事がない。またルース達の知らない魔物が出てくるのかと、ルースが気を引き締めたその時、池の中心から波が広がっていった。
「今度は何だ…」
フェルの気配が緊張を含み、剣に手を添えて呟く。
「前回と同様にソフィーは障壁展開を、デュオは援護をお願いします」
返事はないがデュオたちが後退する気配を感じ、ルースもフェルの隣で剣に手を掛ける。
そうしている間にも水面には黒い影が浮上しており、それがザバリと水音を立てて姿を現した。
それはこの池が深いものであると確信できる程の大きさで、横幅が3m程もある巨大な青いカニの魔物であった。
「何だありゃ…」
カニと言えば、町の食堂の料理に使われる小さな物では見た事はあるが、それを巨大化させたものなどルース達は初めて見るのだ。当然動いている物は初めて見る為、その腕の先についた大きなハサミがガチガチと音を立てる様は、威嚇の意味を持っていた。
「武器がハサミですか。挟まれると切れるのでしょうか?」
ルースが物騒な事を言えば、フェルが嫌そうな顔でそれを凝視する。
そのカニは口元から小さな泡を吹きながら、こちらを睨んでいる様にも見えた。
『カルキノス…かのぅ』
後方のネージュから、魔物の名前らしきものの念話が入る。
だが魔物の名前など今はどうでも良いが、一応それを心に留める。
「魔力があるようです。フェルは気を付けてください」
「おう」
そう声を掛けていれば魔物は既に動き出しており、ルース達から逃げるように横の木々の間へと移動していった。その足音は殆どしない。
大きな体に見合わず、左右に4本ずつ付いた脚を器用に動かし、カサカサと木々の間へと入って行ってしまった。
この部屋も直径40m程の空間でそこまで大きくはないが、魔物が動き回るには十分な広さだ。
ルースとフェルは顔を見合わせると、そのカニを追って、木々の中へと飛び込んで行くのだった。
こんばんは、盛嵜です。
いつも拙作にお付き合い下さり、ありがとうございます。
ルース達のお話しも、今話でついに200話となりました。
本当はもう少し短いイメージだったのですが、プロットないゆえ恐ろしい…笑
その様な事でもう少し続くお話しですが、引き続きお付き合いの程よろしくお願いいたします。
次回の更新は、8月11日です。
明日からお盆休みという方も多いかとは思いますが、お怪我や事故のないよう楽しいお休みをお過ごしください。