【20】現実と想像
その日の夕方、2人は早めに野営地を決めて、そこで歩みを止めた。
日中あまり寝ていないこともあるし、2人であれば交代で見張りもでき、しっかり眠れるだろうと、話し合ったのだ。
さっそく2人は、拾っていた枝を一か所に集めて火を熾し、腰を下ろした。
「うぅ…今日は疲れたなぁ」
フェルの言葉に、確かに初めて魔物と戦ったうえに殆ど寝ずに歩いてきたので、ルースもその言葉が出るのは、解る気がするなと思う。
「そうですね。今日は大変でしたね」
なので、一応ルースもそう言っておく。そして、水を飲んでいるフェルに視線を向けた。
「ではこれから、剣の練習を始めましょう」
「ブハッ」
ルースの声に飲んでいた水を吐き出すフェルが、口元をぬぐいながらルースを睨む。
「おい…いきなりかよ。まだ何も食ってないんだぜ?」
と、恨みがましく言うも、ルースは涼しい顔をしている。
「当たり前です。今何かを口に入れてしまえば、眠気が襲ってきます。そんな状態で剣を扱う事はできません。それに、私に剣の稽古をつけろと言ったのは、貴方ですよ?私の指示に従わないのであれば、私は剣を教えません」
ルースが言う事は尤もだ。それを聞いて、フェルは渋々納得する。
「なんだよ…もう少し優しく言ってくれても良いじゃないか…」
と、なけなしの抵抗をするフェルに、ルースはニコリと邪気のない笑みを向けた。
「私は爺臭いので、無理ですね」
こいつ、本当は意味を解っているんじゃないか?とフェルは汗が滲み出るのを感じた。
「で、やりますか?やめますか?」
やめますかとは、剣を教えてもらう事自体をやめる、という意味だろうとフェルは焦る。
「わかった!やります!お願いします!」
となかば縋るように言って、フェルとルースは剣の練習を始めた。
フェルはここで剣の腕を上げておかねば、ルースの見立てでさえ、職にありつけないだろうと言われたのだ。
そんな事にはなりたくないし、自分はじーちゃんと同じく騎士になって、人々を護るという夢があるのだ。
本当ならば、その上位職である“聖騎士“になりたいとは思っていたフェルだが、それは魔力を持つ者しかなる事が出来ない職であり、残念ながらフェルの魔力は“0“とステータスに表示されていた為、諦める他なかったのだった。
「ほらっ、足の踏み込みが足りませんよ。もう少し重心を低くして、体全体を使って剣を振ってください」
フェルが考え事をしていれば、さっそくルースの声が飛ぶ。
「おう!」
ここは本気で上達したいフェルは、しっかりとルースの教えに応えるのだった。
「あと100本」
2人で素振りをしながら、ルースはフェルの動きを指摘していく。
「腕が下がってますよ。もう少し上げてから踏み込んでください」
「おう…」
言われたフェルがルースを見れば、ルースはまだ汗一つかいていないし、ルースも素振りを続けている。
こいつは化け物かよと、震えてきた自分の両腕に力を入れ直す。
フェルも毎日剣を振ってきたとは言え、疲れれば休憩したり、それは自分のペースでという事だった。
だから、元々疲れているうえ続けざまに素振りだけする事も、正直辛かった。
「なぁ…打ち合いにしようぜ…」
その方がまだ気分が乗りそうだとルースに提案するも、それは無情にも却下される。
「何を言っているのですか?フェルが私と打ち合いなんて出来ませんよ?言い換えれば、打ち合いが続かないので出来ません、という意味です」
「何でだよ…」
そう言ってルースを見れば、フェルの言葉に苦笑していた。
「何で…。それ以上の説明が難しいですね…。それでは一度、やってみますか?」
「おう!」
打ち合いができるのだと嬉しくなったフェルが、素振りを止めてルースと向き合った。
「では、そちらからどうぞ」
とルースが言うので、フェルは「やぁ!」と打ちかかっていった。
― ギンッ! ―
フェルが上段から振り下ろした剣は、ルースの横なぎの一振りで払われ、フェルの手から剣が落ちた。
― カラン ―
フェルは自分の手を唖然と見つめた。
「わかりましたか?私と打ち合いをする処まで、フェルの剣はまだ、貴方に馴染んでいないのです」
ルースはそう言いながら、フェルが落とした剣を拾って、フェルに差し出した。
そこで我に返ったフェルがそれを受け取ると、ルースの顔を凝視する。
ルースとフェルの身長は然程変わらないし、体格も見たところそこまで大きく違う様には見えなかった。
なのに、ルースが振った剣は重く、いくら疲れていたとは言え、それを手から落とすほどとは思ってもみなかったのだ。
それでフェルは悟った。
これが師についたものと、自己流で学んだつもりになっていた者の差かと。
ルースは自分の事を語らないが、言葉といい動きといい、しっかりと理屈を理解して剣を学んできた者なのだと、そこで改めて思い知ったフェルであった。
「どうですか?私の言った意味がわかりましたね?」
ルースは偉そうにというでもなく、ただ事実を話しているとフェルは感じた。
確かにこいつの話し方は、同じ年の者の話し方ではないが、馬鹿にするつもりは毛頭ないのだと。
「ああ…わかったよ。俺はまだ打ち合いができる腕もないんだな…」
少し寂しそうに言うフェルに、さすがに少し可哀そうに思えてきたルースだが、ルースもここまで来るのに2年、毎日マイルスから稽古をつけてもらって、やっと一人で剣を使えるまでになった。剣は持ったその日から、思い通りに使えるものではなく、安易に扱えば自分が怪我をすることになる危険なものなのだ。
「では、あと90本。素振りを続けますよ」
ルースはそう言って、努めて何事もなかったかの様に、素振りを続ける。
「おう」
そして気を取り直したフェルも、ルースの意図には気付かぬように、素振りを再開したのだった。
「では、今日はここまでにしましょう」
ルースの声に、疲れ果てたフェルが剣を下ろす。
「ありがとう…ございました…」
そこまで言って、よろよろと焚火の前に座り込む。
ルースはフェルの背中を見ながらカップへ水を出すと、それをフェルに差し出した。
「どうぞ。この水は美味しいですよ?」
半分冗談で差し出した水を受け取ったフェルは、一気にそれを飲み干した。
「はー。確かに旨いな」
「ふふ。それは、貴方の喉が渇いているからに過ぎませんけどね」
そう言ってルースが笑った。これはわかり辛いが、一応ルースなりの気遣いだ。
そして戻されたカップに再度水を入れ、今度は自分で飲む。
「あっ、ルースは水も出せるんだな…」
出した水に驚いて目を見張ったフェルに、ルースは苦笑する。
「ええ。なので、飲み水には困りませんよ」
それ以上フェルからの問いかけがない事に安堵しつつ、自分の干し肉を出しながらルースはそう答えると、まだ食料を出さないフェルへ声をかけた。
「おや?フェルは食べないのですか?」
「疲れすぎて、食欲がない…」
「そうであっても、何か少しでも口に入れてください。旅の途中では次にいつ食べられるか、わかりませんよ?」
そう言って干し肉を食べ始めたルースを見ながら、干し肉を出したフェルは、こいつはいちいち正論を言うなと、反論できない悔しさを干し肉に込めて食いちぎったのであった。
そして食事を終えればルースが言った通り、眠くなったフェルが限界だと言って先に眠ってしまう。
それを眺めて苦笑すれば、ルースは魔法の練習を始める。
いつも寝る前の時間は、ルースの魔法の練習時間だった。
これはシンディと暮らしていた時からの習慣であり、そこは今もしっかりと続けている。
しかし、ルースが四属性持ちである事を、フェルに話してはいない。フェルの前で二属性を見せてしまってはいたが、フェルは余り魔法に詳しくないのか、それが特別な事とは思っていない様で正直ホッとしていた。
かといって、ルースの手の内をフェルに見せるつもりもない為、確実に眠っているとは思うが、焚火から少し距離をとって練習する事にした。
魔法の練習は、四属性全ての初級を始める。
それが一番魔力をつかわずに済むという事もあるが、簡略詠唱を試したいが為の作業であった。
この初級魔法はシンディと共に、ずっと練習を重ねてきた魔法であった為、発動後のイメージが容易であるからという事だ。
ルースが簡略詠唱に必要だと思う事は、いかにその魔法を想像できるかという事にかかっているのだと思っている。
一度しっかりと発動させさえすれば、その効果や現象は記憶に残る。
簡略して魔法を発動させる為には、その時の記憶が鍵となるのだと、ルースは思考しながら練習を続けていく。
こうして魔法を簡略化させて発動できれば、この旅で生きながらえる確率が上がるであろう事は、今のルースでも容易に考え付く答えである。
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