【199】予想通り
ルース、ソフィー、デュオは一斉にフェルへ視線を向ける。
「………」
3人からの視線を受けとめたフェルは、口元へもってきていたクッキーを下へおろすと、その無言の圧に声を出した。
「え?何?…その視線は」
「フェルは自覚が足りませんね」
「は?どういう事だ?」
ルースの言葉にフェルが当惑する。
「いえ、わからなければ良いのです」
ルースがそう言うと、3人は再び茶や菓子を口に持っていく。
視線が消えたのでその圧から解放されたフェルは、首を傾げながら再びクッキーを頬張った。
皆が無言で休憩を取る様子は、心なしか少し気が急いている様にも見える。
そして皆が軽く休憩を取り終わると、荷物の確認をして立ち上がった。
「では、行きましょう」
「うん」
「ええ」
「…おう」
フェルだけが何か腑に落ちぬような反応を返しつつ、4人は階層主のいる方向へと歩き出す。
『本人には自覚がないから、始末が悪いのぅ』
『浅慮ダナ』
念話を使う彼らの言葉は、人間には聴こえていないのである。
湖沿いを歩き出したルース達は、進路を直線に取り階層主の下へと向かう為、湖を回り込んでいるところであるが、途中で皆の足が止まる。
「来ましたね」
「やっぱりね」
ルースとデュオの声に、フェルがキョトンとした目でその2人を見た。
「2人共わかってたのか。すげーな」
フェルが言ったのは、湖から魔物の気配が上がってきた事を感知した為で、ルースとデュオがそれを予期していたかのように言ったからだ。
「ええ、旗が立ちましたからね」
ルースの言った意味は分からないが、今はそれどころではないフェルだ。
皆は一斉に湖から距離を取るように後退し、武器を構えた。
「ネージュはソフィーをお願いします」
『言われずとも』
シュバルツが菓子を食べて重くなった体を飛び立たせ、木の上に離れて行く間も、魔物の気配は次第に濃くなり、湖がザバッと音を立てて水面が盛り上がる。
ルース達が腰を落とし視線を湖に向ければ、そこに出てきた物は馬に似た姿をした魔物だった。
だが、その体の脇腹にはヒレが付き、下半身に脚はなく魚のように尾ヒレがあって、体長は約2m、白っぽい体には鱗が並び耳もヒレの形をしていた。
「何だありゃ…」
「水中に住む馬…?」
『我も目にするのは初めてじゃが、ケルピーという魔物であろう』
ネージュがルース達の言葉に言い添える。
「ケルピーって名前は可愛いのに、怖そうね…」
ソフィーは独り言ちた。
「あれは水魔法を使うかも知れません。気を付けて」
ルースは魔物が纏う魔力を感じ、皆へ忠告する。
「了解」
「おう」
デュオとフェルからしっかりと返事があったところで、動き出したのはケルピーだった。
『ヒヒーーンッ』
その嘶きはまさしく馬のもので、半分馬で半分は魚だろうとわかる。
「来るぞ!」
湖の水面を滑るように移動して向かってくるそれに、フェルが警告を発した。
まず距離がある為、後方のデュオが風魔法を纏わせた矢を放つも、それは魔物の周囲に立ち上がった水が矢を飲み込んで無効化した。
「くそっ」
デュオから悔し気な声が漏れ、続けてルースが魔法を詠唱する。
「“火球“」
これは初級魔法ではあるが出力を上げ、その球の大きさは50cm程の炎。それを一発目が魔物へ到着する前に、連続して同じものを送り込むルース。
それは再び水の壁によってジュッと鎮火されるも、続く炎に水壁はすぐには現れず、魔物本体が横へスルリと移動して避けた。どうやら魔物の魔法の方は、多少のインターバルが必要になるらしいとルースは思考する。
そうしてどんどん距離を詰めてきた魔物は、ルース達から8mほど離れた水の中で動きを止めると、上半身を反らし魔力を膨らませた。
「魔法が来ます!」
ルースの言葉と同時にケルピーから氷の矢が飛んできた。
それはたった1本ではあるものの、太く長く、最早“槍“と言って良いものだった。
狙われたのはデュオだ。
ルースとフェルが左右に間合いを取っている丁度中間にいるデュオを狙い、それは放たれる。
デュオも魔法の練習はしているが、それは攻撃優先にしてきた為まだ防御魔法を習得しておらず、フェルがデュオの名を叫ぶ。
「デュオ!」
しかしデュオは弓を引き絞った体勢のまま動かず、そのままデュオはその弓から矢を放った。
― カンッ ― パリンッ!! ―
ほんの数秒間の出来事に大きく目を開いたルースは、魔力を纏うデュオが魔物の放った氷矢を矢で打ち砕くのを見た。
後方は任せろとデュオが伝えてくれている様で、ルースは気を引き締め直し魔物へ振り返ると、その一瞬にフェルとも視線を交わして頷きあう。
このパーティは背中を預けられる者達だと、ルースは心が凪ぎ明晰な思考に入る。
そこからはフェルの魔法を使い、雷を落とす。
「あまねく在る賢智の源よ、それは輝きとなりて現れん。“落雷“」
ケルピーの頭上から一瞬にして雷が落ちる。
それを避けるケルピーだったが、水面に落ちた雷の余波を受け体が発光する。
『ブヒヒーーン!!』
しびれを感じ取ったケルピーが悲鳴を上げる。
フェルの雷魔法は水を伝う。その為少し距離を取った位ではそれを防ぐことは出来ず、体が水に浸かっていれば電流が流れてくるのだ。
それで一瞬怯んだ隙を逃すはずもなく、ルースは土魔法を発動させた。
「“樹人の手“」
ルースの詠唱に従い発動した魔法で、ルースの足元から太い蔦が飛び出して行き、白い馬を拘束する。
バシャバシャと抵抗して暴れるケルピーを拘束したまま、蔦は水中のケルピーをじりじりと引き寄せていく。
その間も抵抗を続けるケルピーが魔法で矢を放つが、それは即座にデュオが打ち壊していく。
「フェル、陸に上げます」
「おう!」
ルースが魔物を手繰り寄せ地上へと引きずり出せば、フェルが間合いを詰めるように一気に駆け出した。
「月の雫」
フェルは輝く剣を大きく振り上げ、円を描くようにケルピーへ振り下ろす。
―― ズバッ! ――
『ブヒヒィーン!!』
ケルピーが悲鳴を上げているうち、フェルは振り下ろした体勢の脇構えからその胸元を目掛け、ロングソードを突き出した。
『ギシャアーー!!』
次の悲鳴は断末魔のように、苦痛を含んだものとなった。
そして陸に上げられた白い馬は体の力を失い、ドタリと崩れ落ちた。
ルース達は乱れた息を整えながら横たわる白い体を注視していると、それもサラリと溶けるようにして消えていったのだった。
ルースは剣をしまったフェルに視線を向ける。
それは信頼を込めた視線であり、それを感じ取ったフェルが「どうした?」とルースに問いかけた。
「いいえ、スキルの選択を間違えなかったな、と思いまして」
ルースの言葉に「ああ」と苦笑を零したフェルは、照れたように頭を掻いた。
「流石にここで雷のスキルは拙いからな。皆が近くにいる時は、なるべく使わない様にはしてるんだ」
それを聞いていたデュオとソフィーも、フェルを見直したような眼差しを向けた。
「え?それ位の事で、皆そんな顔をしてくれるのか?」
皆の視線に気付いたフェルが照れ臭そうに言うも、そこでネージュが口を挟んだ。
『それ位の気遣いができるのなら、旗は立てぬ事じゃ』
ルースとデュオ、そしてソフィーもネージュの言い方に苦笑する。
「旗?俺、立ててないけど?」
キョロキョロと辺りを見回すフェルは、言葉の意味が分かっていない。
その返事で皆の気配が一気に緩くなったのは、致し方ない事なのである。
いつも拙作にお付き合い下さり、ありがとうございます。
次回の更新は、8月9日となります。
引き続きお付き合いの程よろしくお願いいたします。