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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第六章 ~動~

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196/348

【196】一階層目

『グョギギー!』


 悲鳴を上げやっと最後のゴブリンが倒れたのは戦闘開始から10分程経った頃で、その10分間にゴブリンが湧き続けたと考えれば、なかなかの嫌がらせである。

 こうしてやっと止まった出現に、ため息を吐くルースとフェルだった。


 流石に途中でデュオも矢を射てくれていたが、それにしても酷い洗礼だ。

「はぁー。無限かと思って焦ったわ…」

「こういう罠もあるという事ですね」


 早速ルースは地図の現在地にバツ印を付け、“湧暴走(ガッシュアップ)“と書く。

 しかしいきなり湧き続けるゴブリンに、下級冒険者では対応できないだろうと不安にもなってくるが、入ってきた穴が塞がった訳ではない為、戦闘を回避しようと思えばいつでも出来るのだろうかとも考える。

 これで初心者用とは恐るべしダンジョンである。


「念のために回復を掛けさせて?2人共、この先まだまだあるんだから」

 ソフィーはそこでルースとフェルに回復魔法を掛けてくれた為、すっかりと元気になったルース達はその穴を出た。


「フェルは、もう少し慎重にならいとね」

「ああ悪い。お宝でもあるかと思ったんだ」

 その考えもフェルらしいなと、ソフィーとフェルの会話に苦笑を零すルースだった。


 靴音を響かせながら更に奥へと進んで行くも、こちらの方角には全く人はおらず、その先は行き止まりとなっていてフェルが振り返った。

「もう何もないな」

「そうですね、地図によればこの先は何もないようです」

「ねえ、ルースに道を選んでもらった方が良いんじゃない?」

 ソフィーはフェルが先頭では、また無駄足になると危惧しているらしい。


「僕はこのままフェルについて行っても良いよ。一度全部通ってみればそれで納得するし、次回から道を決める事も出来るしね」

 と、デュオは一通り見るつもりだとの言葉を伝えた。

「確かに、“こちら側には何があるのだろうか“と言う思いは消化されますので、初回は1つ1つの道を辿る事もありでしょう」

『無駄ではあるがのぅ』

 そこでネージュが口を挟んだ。

『であるが、それで得心できるのであれば、それも良かろう』

 ネージュも渋々ながらも賛成してくれた様である。


 ビギニーズの一階層目は“土の間“で、洞窟の中を探索している気分だ。

 今のところは先程のゴブリン以外の魔物を見掛けてはいないが、気配というのなら、このダンジョンの中全体が異様な感覚を覚える。

 何もいないのにいつも何かの気配がするとでも言おうか、そんなザワザワとした感覚をもたらしてくる。

 そんな中を4人は来た道を戻って、再び入口に繋がる分岐点に出た。


 すると後からも続々と人が入ってきている様で、最初の道から冒険者が向かってくるのが見えた。

 そのすれ違う冒険者達は若いパーティで、E級パーティであろうかと、その気配からルースは読み取った。

 ただその彼らは、分岐を迷いもせず左の方向へと進んで行く様子から、もう何度も入ってきており進路が決まっているのだろうと思われた。


「俺達は、あっちに行ってみるか」

 フェルは十字路の隣の道を指さす。

 始めはこの分岐点で右に進んで行きそこが突き当りであった為、フェルは次にその右側の道に行くと言う。

 フェルの考えでは先程の冒険者達とは、違う道を選ぶという事らしいが、本来ならば彼らについて行けば無駄足は踏まないと分かっている事である。


 早々に進むつもりのないルース達は、フェルの指示通りに別の道を進んで行く。

 地図によればこちらの道には途中再び分岐点があり、その先全てが行き止まりとなっているが、気が済むまで全てを見て回る予定である。

 こうしてルース達は一階層目をくまなく見て回り、時々前方に湧いてくるアースラットやゴブリン、時にはホブゴブリンを倒して進んで行った。


 だが残念なことに、フェルが楽しみにしているドロップは、今のところひとつもない。先程の湧暴走(ガッシュアップ)地点でも、それこそ魔石1つすら落ちなかったのだ。

 それにはフェルが「聞いていたのと何か違う」と不満を言っていたが、まだルース達は一階層目であり、対峙した魔物の数もたかが知れているのだ。早々に何か落としてくれる方が、幸運というものだろう。


 その一階層では他の冒険者が、ゴブリンと戦闘するところに出くわす事もあった。

 彼らはE級位の冒険者のようで、3体のゴブリンに3人が対峙し、終わった時には少々息が切れており、少し休憩しようと話していたようだった。

 F級は元より、E級パーティでもゴブリンと戦うのは大変だろうと思う。ルース達も初めはゴブリン程度でもてこずっていたので、そんな彼らは経験を積む為にダンジョンに入っているのかと思い、それも一つの修業方法だなと、ルースは彼らにそっとエールを贈ったのであった。


 こうして一階層を一巡して約3時間。

 そこまで大きなダンジョンではないのかと、ルース達は階層主の部屋の前に着いていた。


「この中に入って主を倒せば、次の階に行けるんだよな?」

「ええ、その様ですね」

 フェルは少しダレてきてしまっていたが、ここは次の階に期待をしたらしく、土壁の中に現れた大きな扉をあける。


 ― ギギィ―


 軋んだ音を響かせながら開いた扉の中は、一つの大きな空間になっており、剝き出しの土壁から所々にゴツゴツした岩も飛び出していて、殺伐とした印象を受けた。

 その中央の地面には、大きめの円が描かれており、他には何もない部屋であった。そしてこの部屋にも苔の光が全体をぼんやりと照らしていて、視界は保たれている。


 ここでもフェルが先頭になって入っていくが、流石に皆は武器に手を添えている。そうして皆が入ると扉がバタンと音を立てて勝手に閉まり、皆が一斉に振り返って目を見張る。


「閉まったな…」

「ええ。閉まったわね…」

 フェルとソフィーがそう言うと、デュオが扉を押し開く。

「鍵は掛かってないみたいだね」

 と確認をしてくれた。気が利くデュオである。


 もしここで鍵を掛けられてしまえば、この部屋の魔物に負けそうな者がいた場合、撤退する事すらできなくなるのだと、ルースは最悪を免れている事に安堵の息を吐きだした。

 多分ここも初心者用と言われる部分であろう。


 そうしてルース達が再び中央に視線を向ければ、中央の円から何かが湧きだすのが見えた。

 元々予測していた事なので、皆は慌てず落ち着いている中、ルースがそれぞれに指示を出す。

「私とフェルで問題ないと思いますが、念のためデュオは待機、ソフィーは障壁展開(ソリッドシールド)をお願いします」

「おう」

「了解」

「わかったわ」

 それからすぐに、ソフィーがネージュとシュバルツを障壁展開(ソリッドシールド)で包み込む。


「んじゃ、行くか」

「はい」


 フェルとルースが中央に視線を戻しその魔物を視界に留めれば、それは聞いていた通りのオークで筋骨隆々、体長は2.5m程で手には大剣を握っていた。想像していたよりも少々大きいが、だがそれだけだ。

 ルースとフェルはそれに狙いを定めると、扉の前から階層主へと一気に駆け出していった。


 オークを挟み込むように左右に展開したルースとフェルは、剣を握り直して腰を落とす。

 一方オークは、まるで休憩中に邪魔をされた者のように、怒りを露わにして咆哮を上げた。


『ゴォアァァァーッ!!』


 するとそのオークを囲むように10体のゴブリンが湧き出し、ルースとフェルに向かって剣を振り上げ突っ込んできた。

「何だよ、おまけ付きかっ」

 フェルは、湧き出したゴブリンに剣を振るいながら文句を言う。

「流石にオーク1体だけでは、手応えがないですからね」

 ルースは飄々とそれに言葉を返しつつも、ゴブリンに剣を当てていく。


『ギャーッ!』

『ブギャー!』


 ゴブリンの悲鳴が続く中、中央のオークが動き出すと、その動きは体の大きさに見合わず、軽々と動いている様に見えた。そのオークはルースへ狙いを定めた様でルースに近付き、群がるゴブリンごと切り付けるかのように剣を振り下ろした。


 ―― ブゥウンッ! ――

『ギャーッ!』

 ―― ガキーンッ! ――


 数匹のゴブリンを巻き込み振り降ろされた剣は、ルースが剣で受け止めるもやはり重みのある一撃で、腕にまでその威力が伝わってきた。

 ルースはそこで風魔法を纏うと、その剣をいなすように下へ振り下ろす。そして一旦間合いを取る為にルースが飛び退れば、体勢を崩したオークが前につんのめるも、再び顔を上げてルースを()め付けた。


 ゴブリンは後5体。ルースがオークを相手する間フェルが次々に倒していっており、それらはフェルに任せ、ルースはオーク1体に集中した。


 オークは再び剣を大きく振り上げルースを襲うつもりのようだが、その動きは既に見極めており、その隙を突いたルースがその腹に向けて横凪に剣を振る。


 ―― ズサッ! ――

『ギィアァー!!』


 そこから破竹の勢いでルースが次々に剣を繰り出していけば、剣を振り上げたままその身に剣を受けていたオークが動きを止め、ドサリと前に崩れ落ちたのだった。


 ルースとフェルが距離を取り様子を見守っていると、オークの姿は地に吸い込まれるように消えてなくなり、そこには5cm程の小さな魔石がひとつ落ちていたのだった。


いつも拙作にお付き合い下さり、ありがとうございます。

次回の更新は、8月3日です。

引き続きお付き合いの程よろしくお願いいたします。

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