【194】ビギニーズとは
「こんにちは。すみませんが、ダンジョンの事についてお伺いしたいのですが」
ルース達は冒険者ギルドへ入ると、そのまま空いている受付に直行した。そして先程とは違う男性職員へ声を掛ければ、ニコリと笑みを浮かべて対応してくれる。
「こんにちは。ダンジョンについてですね?」
「はい、初めてダンジョンへ行ってみようかと思っていますが、この町にダンジョンがある事位しか知らないのです」
ルースは自分が無知であると伝え、教えを乞う。
「畏まりました。ではこの町のダンジョンの事をお伝えいたします。この町のダンジョンは“ビギニーズ“という名前の初心者向けダンジョンで、町からは歩いて30分程離れた場所にございます」
ダンジョンとは町中にあるものだと思っていたが、町を出た別の場所にあるらしい。
「入洞時間は決められており朝6時から夕方6時まで、それ以外は封鎖されますが出てくる事は出来ます。入口で名前をご記入いただき、出てきた時に参照いたします」
これはミントの町で聞いた事と、大体同じだった。
「場所は、門を出ると北へ向う道が続いていますので、その道を辿れば迷いなく到着します。ダンジョンは“魔物が湧き出る洞窟“とも言われており、その魔物を倒しながら進み、その階ごとに階層主と呼ばれる強い魔物の部屋へ向かいます。その部屋を通過しなければ他の階へは行かれませんので、先に進みたいのであれば各階層主と戦う事になります」
「その階層主が強いって、どれ位強いんですか?」
フェルがそこで質問を挟む。
「その階層ごとで魔物の強さがある程度決まっています。例えば初めの階層であればゴブリンなど比較的弱い魔物が出たりするのですが、その階層主は“オーク“という具合ですね」
このオークはゴブリンを巨大化させたような姿で、強靭かつ好戦的な魔物だ。ルース達はまだ戦った事はないが、大体の想像はついた。
「では他の階層も、その階層に出てくる魔物よりも大きく強い物が、階層主という事ですね?」
「はい、そうなります」
ルースの確認にそう言って言葉を切った職員は、言葉が返ってこない事を確認すると再び説明をはじめた。
「ビギニーズの階層は五。C級パーティクラスであれば、最短で3日と言われておりますが、平均ですと5日程かかると言われております」
「最短でも3日というなら、ダンジョンの中で寝泊まりするって事ですよね?そうなると食事とか寝る時とかに、火を焚いても大丈夫なんですか?」
デュオは、旅先などでの野営時の感覚で聞いているのだろう。
「火は焚いていただいても大丈夫です。ダンジョン内は空気が巡っている様で、煙が充満する事もありません。ですが、食事の用意をする事はまずないでしょう。常に魔物が現れる場所ですから、野営のようにのんびり食事を作る暇はないとお考え下さい」
という事は、食事は持ち込まねばならないという事らしいと、ルース達は顔を見合わせて頷きあう。
「それと…このダンジョンにも罠があるのですか?」
今度はソフィーが、ルースから聞いた事を尋ねる。
「はい、ですがこのビギニーズは、罠と言っても入口に戻される位ですので、どこかに閉じ込められたり何かが落ちてきたりと言った危険はないはずです。その為ダンジョンが初めてという方は、このダンジョンで罠の感覚を掴んだりと練習するには都合の良いダンジョンなので、初心者向けと言われるのです」
ルース達はその話に、安心した様に息を吐いた。
「それにダンジョンは、最下層の階層主を倒せば入口まで戻る扉が現れますので、帰りは自力で戻らなくてもよいとの事です」
ギルド職員は、笑みを浮かべ情報を開示してくれる。
「という事は、途中で帰りたくなったら自力で帰るんですね?」
デュオがうんざりした様に、口をへの字に曲げる。
「ええ。そうなりますが、他の方法もありますよ?」
「罠を利用するという事ですか?」
ルースが職員の言葉に続けた。
「はい。先程申し上げましたが、罠にかかれば入口まで戻されますので、途中で罠の場所を確認しておけば、それを利用できるという事ですね」
正解です、と職員はルースに笑みを向ける。
ある意味それは、救済措置のようなものであろうとルースは思った。
もしF級パーティがダンジョンに入ったとして、喩え1階層目であっても大怪我を負う事もある。その場合その罠の場所まで移動する事が出来れば、取り敢えずダンジョンから出る事はできるのだ。
ルースはそんな事も考え、職員の説明に聞き入っていた。
「あのー。魔物が落とす物は全て、ギルドで買い取りをしてもらえるんですか?」
先程からムズムズしていたフェルがそこで口を開けば、それには職員が、申し訳なさそうに眉尻を下げて話す。
「すみませんが、それは確約できません。魔石や武器など用途がはっきりしている物であれば買い取らせていただきますが、用途の分からない品物はこちらでは受け付けていないので、それらは町の道具屋などで交渉していただく事になります」
「そうなんですか…」
「ええ。ですが道具屋に持ち込めば、用途が分からない物もそれで判明する事もありますので、その時はそれなりの値段で買い取ってもらえるかと思います」
そういうものかとフェルは渋々ながら納得したようで、ルースはそんなフェルに視線を向け微笑みを浮かべた。
こうしてルース達は各自の疑問点を尋ね、ギルド職員にしっかりと確認をさせてもらった。
少々しつこい位であったかも知れないが、初心者なので大目に見てもらおうと思う。ルカルトにいる間、ずっとダンジョンに入る訳ではないと思うが、何度か入ってみる事にはなるはずだ。
後は行ってからのお楽しみという事で、ルース達はギルド職員にお礼を伝えて受付を離れた。
それから掲示板を覗いてみれば、魔石などダンジョンから産出される物の買い取り依頼もあるが、普通のクエストも貼りだしてあり、薬草採取やワイバーンの討伐、海の魔物の討伐らしき物もあるようだ。
「なんだ。普通のクエストもあるんだな」
フェルは貼りだしてある物を見ながら、意外だとでも言うように独り言を言った。
それを拾ったソフィーは、呆れたようにフェルを見た。
「ここはダンジョンがある町かも知れないけど、他の人はみんな普通に生活してるのよ?」
「フェルは固定概念にとらわれ過ぎですよ。もっと柔軟に考えれば、当たり前ですね」
ルースにまで言われたフェルは、「う゛っ」と言葉を詰まらせる。
「まぁフェルだから仕方がないけどね」
と一応フォローするソフィーに、それらを見守るデュオは笑っている。
「じゃあ、こっちのクエストもやるんだろう?」
話しを変えるようにフェルがルースに聞いた。
「そうですね。今のところ、緊急を要するクエストもなさそうですし、ダンジョンを先にして、その後ゆっくりとこちらを見てみましょうか」
「そうだね」
デュオも賛成すると皆も頷いた。
そこで話も落ち着き振り返ってみれば、冒険者ギルドの中はクエストを終わらせた者達が戻ってきた様で、人も多くなってきており、ルース達は邪魔にならぬよう開閉が続く扉を抜け外へと出て行った。
「流石に冒険者達の服装は、地味ね」
ギルドの外に出てくれば、ソフィーが冒険者ギルドを振り返りながら言う。
この町の人達は鮮やかな色と纏っている者が多いのだが、ソフィーは彼らと比較したらしい。
「そうだろうな。森の中に入って黄色や桃色なんて着てたら、目だってしょうがないだろうしな」
フェルは想像したなら言ったのか、眉間にシワを寄せている。
「じゃぁ、縞模様の白黒とかならいけるかもよ?フェルが試してみる?」
デュオが口角を上げながら、フェルにいう。
「ん~縦ならありか?」
「それもどうかと思うわ?花柄なら紛れるかも?」
ソフィーまで参戦し、皆たのしそうである。
折角なので衣料品店の店先も覗きつつ、宿へと戻っていくルース達であった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
次回の更新は、7月30日となります。
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