【193】潮騒
「おはようございます」
ルース達は冒険者ギルドに辿り着き、その受付に声を掛ける。
今は朝と言ってもギルドの受付は落ち着いており、広い室内には10組程の冒険者パーティがいる位だった。
「おはようございます。今日はどういったご用件でしょうか?」
受付の女性職員は、ルース達はクエストの受注ではないと分かっている様で、そう声を返す。
「こちらの宿の空きはございますか?」
ルースの問いかけに職員は、手元の魔導具を参照する。
「大変申し訳ございませんが、現在は満室となっております」
ルースは内心“やはり“と思い、了承する。
「そうですか。では、この町の宿のお勧めをお教えいただけないでしょうか。できればテイマーが泊まれる宿を希望しておりまして…」
とルースが聞けば、後ろのネージュとフェルの肩に留まるシュバルツを見た職員が頷いた。
「でしたら、大通りを超えた南側の区画にある“潮騒“がよろしいかと思います。この宿のご主人は元冒険者で調教師という事もあり、冒険者に優しい宿となっています」
皆はその情報に満足して職員に礼を述べ、ルース達はその宿へ行ってみることにした。
その宿の大よその場所を聞き冒険者ギルドを出たルース達は、冒険者ギルドのある北側から東西に延びる大通りを超え、南側の地区に入っていった。
そうして少し入っていき食堂や飲み屋などの店の前を通り過ぎると、小さな宿が立ち並ぶ区画へと出る。
この町の建物は木造が少なく、しっかりと土で固められたような頑丈な造りの物が多い様だ。
「この町は木造が少ないね」
デュオも何か気付いた様で、周りを見回しながら言葉を発した。
「そう言われてみればそうだな」
フェルも同意したところで、ルースが回答を提示する。
「多分、塩害対策でしょう」
「えんがい?」
フェルはルースを振り返り、聞き返した。
「はい。海沿いの町では、海から来る風に塩が含まれているそうです。それに嵐も多いらしいので、木造では建物がすぐに傷むのだとの事です」
「塩が害になるって事ね」
「そのようですね」
言われてみれば、全ての建物が頑丈そうに見えてくるから不思議である。
海の近くは景色も良く、暑い時期などは海に入って過ごす事もできるが、一方でそこに居を構えるとなれば、海からの風で金属類は錆び易くなり手入れも大変だ。そして建物も強い海風にさらされる事で木造では耐久性も弱く、常にすきま風と砂が入り掃除も大変らしい。
その様な地域の特性を話しつつ、ルース達は宿の看板を確認しながら歩いていけば、“潮騒“と書かれた宿へと辿り着いた。
その宿はさほど大きくはないが、頑丈そうな建物で屋根は黄色。
入口の扉の上には庇がついており、雨の日でも室内に雨粒が入り込まない様工夫されている。
そしてその扉は少し大きめで、普通の1.5倍ほどの幅がある物だった。この宿の店主は調教師だと聞いていたので、冒険者と行動を共にする獣などにも配慮して間口を広く取っているのかと思い至る。
「扉が大きいのね」
ソフィーが扉を見て目を見開いた。
「獣も入り易くしてあるんだろうね」
と、デュオはネージュへと笑みを見せる。
『今の大きさであれば、どちらでも問題はないがのぅ』
「まぁ、ネージュはそうだよな」
フェルはそう言うと、皆の為に扉を開けたまま押さえて促してくれる。
フェルに笑みを返しつつ皆が宿へと入り、すぐそばのカウンターへと進んで行く。
「おはようございます。ご宿泊でよろしいでしょうか?」
カウンターにいた50代位に見える女性が、4人とネージュそれにフェルの肩に乗るシュバルツを見て声を掛ける。
「おはようございます。はい、この人数なのですが、部屋はありますでしょうか?」
ルースが全員泊まりたい旨を伝えれば、女将らしき女性が確認をしてくれた。
「はい。6人部屋でベッドではありませんが、よろしいでしょうか?」
その返しに、ルースがどういう部屋かと尋ねれば、部屋には小上がりが付き、そこに敷布を広げて寝るのだという。日中はそこを寛ぐ場所として使い、夜はベッドのような役割になるのだそうだ。
どうやらトリフィー村で借りた小屋に近いのであろうと、ルース達はその部屋に泊まることにした。
そうして女将が案内してくれたのは3階建ての2階部分で、部屋の奥行は4m程。入ってすぐに1m程の床があって、そこから膝程の高さの小上がりが続き、その幅は8m程でゆったりした場所を作っている。その隅には敷布などの寝具が積み重ねてあった。
「お休みの際は、あちらの寝具を広げてお使いください。雑魚寝のような感覚になりますが、従魔を床で眠らせる事を嫌がる方もいらっしゃいますので、この様なお部屋の形にさせていただいております」
女将の説明に、さもありなんと皆が頷く。
「こちら側はご面倒でも、靴を脱いでお上がりください。浴室は1階に共同シャワーがございまして、男性用女性用と別れておりますので、入口の表示はご注意下さい。お食事はご用意いたしますので、ご不要の際はお申し付けください。他に何かございましたら、入口のカウンターまでお声がけをお願いいたします」
女将の説明にルース達は礼を言うと、女将は「ごゆっくりお寛ぎくださいね」と言って部屋を出て行った。
この部屋にひとつある窓からは陽の光が差し込み、明るく清潔な部屋であると皆は満足する。
ルース達はこの宿に、2か月程の滞在を予定している。
この町で年を越し、寒さのピークが過ぎた頃に再び出発する事にして、その間、ダンジョンや海などを満喫するつもりだ。
この潮騒は、4人で一か月の料金が銀貨9枚。食事は別なのだがネージュ達の分も含まれていると思えば、1泊当たり3,000ルピルなので良心的な値段だった。そして長期滞在用にと、裏庭に洗濯場も設けられているらしく、冒険者でなくとも観光で長期滞在をしたい者には、優しい宿と言えるだろう。
その裏庭には他に冒険者の鍛錬用の区画もあるらしく、店主が元冒険者という事で、冒険者の求める物を良く知っていてくれるのだと嬉しくもなる。
ルース達はこの宿を紹介してくれたギルド職員に、心の中で感謝するのだった。
この日は宿の昼食をいただいてから、冒険者ギルドへと再び顔を出すことにした。
念のためクエストの確認と、ダンジョンの事を聞く為である。先程は宿を取る事が先決だった為にすぐに冒険者ギルドを出てしまったが、今日は取り敢えず休日とする事でのんびりと今後の準備をする予定である。
こうして昼を過ぎて再び町に出たルース達は、南側の区域を眺めながら進む。
大まかに見ると南側の区域は、最奥が住宅地の様でそこから中心へ向かうと、宿屋・飲み屋・食堂などが続いている様だった。
大通りは様々な店が立ち並び、食料品や衣料品、日用品など色とりどりの小さな商店が軒を連ねていた。
そして冒険者ギルドがある北側は、この町でも武器関連の店が多く、他は漁業関連の商店や組合などもあるようだ。
大雑把に言えば、北側区域は一般の人は余り関係のないものが集まっていると言えるのだろう。
その北側の最奥から小高い丘が続き、その上にも小屋らしき建物が集まっている様なので、きっとそちらは漁師などが使う建物であろうかと、ルースは丘の上から町中へと視線を戻す。
そうして町の雰囲気を確認しつつ、冒険者ギルドの扉を開けば、先程まで開いていた5つの窓口の内3つは閉じられており、職員たちが束の間の休息を取っているのであろうかと思う。
冒険者は奥の飲食スペースで数人が打ち合わせをしている位で、冒険者ギルドはのんびりとした時間が流れている様だった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
そして改題についても、コメントをお寄せ下さりありがとうございました。
皆様のお陰で、ひとつ区切りが付けられました。<(_ _)>
次回の更新は、7月28日となります。
引き続きお付き合いの程よろしくお願いいたします。