【192】色舞う港
見上げる程の隔壁を抜け、ルース達はルカルトの町に足を踏み入れた。
まだ朝だというのに人々は門を入ってすぐに見えて来る、商店の立ち並ぶ通りに溢れている。
人を呼び込む店員たちの元気な声と熱気に、ルース達も圧倒され苦笑を零す。
「朝から、凄い人だな」
「なんでも港町というものは、朝早くに魚を積んだ船が戻ってきて、それをすぐにお店に搬入するそうです。その為、今朝入ったばかりの魚などを求めて、買い付けに出る人達も多いのでしょう」
「そう言えばミントの町で聞いたんだけど、ここはお魚を生で食べるみたいね。ちょっと信じられないけど、新鮮な物前提というなら安心だし、それもありなのかも知れないわね」
「確かに魚って足がはやいと言うしね。無限に入るマジックバッグでも持ってなきゃ、そんなに新鮮な物を他の町に流通させる事も難しいだろうし」
「ですが、元々私達は肉や魚を余り生で食べる習慣もありませんから、やはりこの町独特の習慣なのでしょう」
「へぇ~」
4人はすれ違う人々を避けながら、町の雰囲気に圧倒されつつ店を覗き歩いている。
門から続く1本の大きな通りは、そのまま真っ直ぐに進めば港へ繋がっている様で、ここがこの町の流通の要となっている様だと分かる。
ルース達は人の波に流されるようにして、海の方へと向かって行った。
何処へ行くのだとも誰も言わなかったが、その想いは皆同じであったようだ。
こうしてゆっくりと時間をかけて商店街を抜ければ、眼下には緩やかに下った道が続いており、その先には先程よりも鮮明に、海が作る光の渦とその中にある港には、所狭しと船が碇泊しているのが見えた。
ルースはルカルトの町に近付くにつれ、独特な匂いがすると気付いていたが、海から流れてくる風を受けてみれば、それが潮の香りだったのだと思い至る。
「うわぁ、海…」
デュオが大きく目を見開き、声をあげた。大きな湖の側で育ったデュオも、桁違いに広く青い海にその先の言葉を詰まらせた。
言わずもがなデュオ以外の皆も同じように目を見張っているが、こちらは口を開きはしても言葉を発する事も出来ずにただ立ち尽くしていた。
ルース達が見た海は、その想像を遥かに超える雄大さを見せつけるかの如く、港から続く青い色はその視界一杯に広がっているのだと知る。
「どこまで繋がっているのかしら…」
ソフィーは遠くの海を見ながら呟く。
『この世の果てまでであろう』
それに応えたのはネージュだ。
「ソフィーはこのまま、国外に出た方が良いんじゃないか?」
ルース達4人は道から外れた人通りのない辺りで話してはいるが、フェルは小さな声でソフィーへと言った。
「そうだよね。アレから隠れるには、その方が良いのかも…」
デュオも言葉を濁しつつも、フェルの意見に頷いている。
言われたソフィーはフェルとデュオに視線を向け、困ったように眉尻を下げて笑みを浮かべていた。
『ソフィアが本当にそうしたいのであれば、我は何も言うまい。だがそうなれば、我とはここで別れとなろう』
ネージュの念話に、4人は一斉にネージュを振り返った。
「お別れ?」
ソフィーは何の事かと小首をかしげた。
『我はこの国に縛られておるゆえ、国外に出る事は叶わぬのじゃ。それも制約の内と捉えてはおるが、一度試してみた事はある。その際は見えない壁に阻まれたかの如く、前に足を踏み出す事は叶わなんだ』
ネージュはずっと国境に近い山で暮らしていた為、多分その時にでも試してみたのであろうとルースは思う。
「ソフィーは、この先この国に居なくてはならない人です」
ルースは首を回し、北に見える高い山を仰ぎ見た。
言われたソフィーは、ルースに分かっていると頷いてみせる。
「確かにフェルやデュオが言ってくれた通り、他の国に行ってみたいとも思うけど、それは“逃げる為“ではなくて“色々な物を見てみたい“という考えでの事だわ。それにもう、私は私の役目を知っている。なるべくならあそこには関わり合いたくはないけど、それとは別に、私は私にしか出来ない事をするつもりよ」
広大な海を前に、ソフィーは心の内を伝える。
しっかり者のソフィーは、こうして自分の役割りを明確に認識し、それに向かって行くのだと言った。
「やっぱソフィーはすげぇな…」
フェルはそんなソフィーを、尊敬の眼差しで見つめた。
「と言っても、まだ目の前にないから言える事だとは思うの。実際にそんな事になったら、きっと怖気づくとは思うんだけどね」
『我もおる。我はソフィアの聖獣ゆえ』
「ふふ。そうだったわねネージュ。その時はよろしくね」
ソフィーとネージュが話をするのを、ルース達は複雑な表情で見つめていた。
また“封印されしもの“が現れた時、ソフィーは真っ先にそこに向かわねばならない事が決まっているが、その時にルース達がソフィーを護る事は叶わないのだろう。
それには毎回“勇者“という者が行動を共にし、そのパーティがソフィーを護っていく事になるはずで、喩え自分達が一緒について行きたくとも、それは勝手に思い通りにできるものでもないという事だ。
その為、今のソフィーにかける言葉を、誰も持っていないのであった。
こうして立ち止まって港の景色に見入った後、ルース達は緩く下る長い道を進んで行った。そこへ近付くにつれ港に碇泊する船は、どんどんその大きさを変えていく。
「流石に大きいね」
デュオは湖に浮かぶ舟と比べているのか、そう言って感嘆の息を吐いた。
「いくら何でも大きすぎるって…」
フェルは、もう何を言っているのかわからない。
「ですがここまで大きくしても、海に出てしまえばそれでも頼りないものになるのでしょう…」
先程港を一望した時、出港していく船も見えていた。それがどんどんと遠く離れて行けば、何もない青色の海に浮かぶ小舟のように見える程、それは頼りないと感じていたのだ。それを思えば、これらの船が大きすぎるという事はないのだろうとルースは感じていた。
その船の周りでは、これから出港する予定なのか、沢山の人達が動き回っている。
彼らは冬だというのに厚着をするものは誰もおらず、上は白いシャツに色鮮やかなベストを着用し、下半身は膨らんだ裾を足首で縛ったゆったりしたズボンをはいている。
この町の人達は町中でも、赤や黄色や青などの発色の良い色を身に纏う人が多い様だ。ここにいる船乗りたちも例にもれず、赤や黄色などの物を身に着けていて、まるで船の周りに花が咲いている様だった。
ルースはそんな人達を眺めつつ、魔力を解放し、そこにいる人々の魔力量を覗いてみた。それはただの好奇心で、この町の人達はどれ位の魔力を持っているのかを見てみたくなった為だった。
この大きな海にも魔物が出るとは聞いていたが、その殆どの人達からは魔力反応がなく、その中でちらほらと緑の光や赤い光を纏った者がいる位だ。
ルースは港の奥へも目を凝らし、港全体を見渡していけば、大きな港の奥に見える小さな船着き場にいる者の一人に目が留まる。
(あの人は多属性…しかも魔力量が私と同等かそれ以上ですね)
遠目で良く見えないが、まだ若そうな黒髪の男性にそれを感じたルースは、自力でここまでの魔力を保持出来ている人物に、素直に感銘を受けていたのだった。
ルースも元々魔力が多い方ではあったが、ルースには“倍速“というスキルがある為、ここまで成長できたとも言えるのだ。
「元々の素質の問題なのでしょうね…」
ルースが遠くを見ながら独り言ちれば、それにフェルが気付き反応した。
「どうした?ルース」
フェルが隣のルースを覗き込むように問いかければ、ルースは緩く首を振る。
「いいえ、何でもありません。まだまだ世の中には凄い人達がいるのだなと、そう思っただけです」
「ああ、そうかもな」
フェルはそう言うと、また目の前の大きな船に視線を戻す。
ソフィーとデュオは、ルース達の横を通り過ぎる荷車を目で追いかけている。
それらの荷台には、山積みにされたカラフルな魚や大きなハサミを持った生き物の姿も見える。
「楽しそうな町ね」
ソフィーは笑みを広げ、ルースとフェルを振り返る。
「そうですね。では景色も堪能した事ですし、そろそろ宿を取りに町中へと戻りましょうか」
ルースの言葉に皆は後ろ髪を引かれつつも、再び人の賑わう通りの中に紛れていったのだった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>
次回の更新は、7月26日となります。
引き続きお付き合いの程よろしくお願いいたします。
追伸.
タイトルについて。
「喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~」に変更致しました。
活動報告にも記載いたしましたが、何卒よろしくお願いいたします。<(_ _)>