【191】朝陽に煌めく
冒険者ギルドの職員にたっぷりと料理の話をしてもらった後、次はルカルトの町の情報も尋ねてみた。
「ルカルトのダンジョンですか?確か、入洞は朝6時から午後の6時でそれ以外は入れないと聞いています。そしてダンジョンは、パーティ編成が基本だそうです。ですから、月光の雫パーティは問題なく入洞できますよ」
「じゃあ、ソロでは入れないんですか?」
「いいえ。基本パーティでというのは、それはF級等の下のランクの人達へ向けたもので、C級以上で腕に自信のある方なら、ソロで入る事もできます。要は自分で自分の面倒をみれるようになってから、という事ですね」
「初心者向けのダンジョンと聞いていましたが、それでも危険という事なのですね?」
「はい。ダンジョンは一度入ってしまえば、出てくるまで我々は安否確認ができませんし、喩え初心者用であっても魔物と対峙する訳ですから、それなりの心積もりも必要です。その為、入洞する時には入口で名前を書いてから入ります」
「それで入った者と出てくる者を、把握しているのですね…」
ルース達は教えてもらった内容から、自分達も入る事が出来るのだとホッと胸を撫でおろす。
もしかすると、ダンジョンに入るには試験があったりするのだろうか、と思っていた位だった。
「装備などで、特別な物が必要ですか?」
デュオは具体的にと話を聞く。
「そうですね…確かあのダンジョンでは、装備等は普段のままでも大丈夫であったと思いますが、詳しくは、ルカルトの冒険者ギルドで教えてくれると思います」
「あっそうですよね、すみません」
「いいえ、こちらで分かる事であればお答えできますので、疑問があれば聞いてくださった方が良いのです。何も考えずにダンジョンに入るより、事前に調べていただいた方が良いと思いますし」
と、デュオの謝罪にも職員は笑みを見せてくれた。
「あの…そもそもダンジョンに入ると何があるんですか?」
ソフィーはコテリと首を傾げている。
「ただの腕試しや経験値を得る為の様に見えるのですけど、でもそれだけだったら、わざわざダンジョンに入らなくても良いと思うんですよね」
ソフィーもダンジョンには興味があるが、以前ルースから、そこは魔物の巣であり罠が仕掛けてあるのだと聞いていた。その為、そんな危険な場所にわざわざ入る意味がわからないという。
「そうみえますね。というか私も個人的にはそう思うのですが、冒険者の方々はそのダンジョンに入るという行為と、たまに落とされると言われるお宝がお目当てだと思います」
「え?お宝が出るんですか?」
ここはルースが皆に話していなかったところなので、ルースも皆と一緒にその説明を黙って聞いている。
「ダンジョンは魔物を倒しても、素材回収はできません。それは倒された魔物が、少し経つと消えてしまうからです。それがなぜかはわかりませんが、そうなると本当に経験値の為だけという事になりますが、そこは魔物が消えた後に、魔石や品物を落とす事もあるという事です」
「魔物の素材の代わり…みたいな感じでしょうか?」
「そうですね。そのような事だと思いますが、それは毎回の事でもない為に運試し的な要素もあり、それを楽しむ方々もいらっしゃるかと思います」
ルース達は興味津々に話を聞いており、フェルが身を乗り出すように尋ねる。
「その品物って何が出るんですか?」
「そうですね…ダンジョン全般の話では、用途の分からない道具や宝飾品、更に武器や防具なども出ると聞いた事があります」
「武器……」
フェルの目がキラキラと輝き、遠くを見るように視線をはずした。
「そうなのですね。それで経験値も稼げるというのなら、皆ダンジョンに潜りたがるのも頷けます」
ルースもそこまで聞けば、納得したと声を落とした。
ルース達もダンジョンの話を聞いて盛り上がってはいたが、それは未知なるものについての興味であり、こうして具体的に話を聞けば、余計に興味をそそられるのだった。
「ダンジョンは浪漫だな…」
フェルが落とした小さな声に、突っ込むものは誰もいないのだった。
冒険者ギルドである程度ダンジョンの話も聞いた4人は、次は町中へと出て旅立つ前に物資の補充をする。
今日は、先程の肉でソフィーが夕食を作ってくれると言っていたので、それに合わせた野菜や果物の他スパイスなども購入し、速やかに宿へと戻っていった。
もう日も暮れてきたため、すぐに夕食の準備に取り掛かる。
それ以外にも野営用にと、サンドパンや丸にぎりなど手軽に食べられる物を作ったりする予定で、今日はソフィーを手伝って皆が宿の台所に立った。
フェルは全く料理が出来ないので食器や鍋を洗う担当で、他に鍋をかき混ぜたりもする。ルースはソフィーと一緒に丸にぎりを握ってみた。中身は、スターホーンの端切れを使い、細かい肉を辛めのソースで炒めた物や、茹でた卵に味を染みこませた物をそのまま入れてみたり、この町で売っている海藻を細かくしたものと混ぜ合わせて握ったり、割と豪快な見た目をした丸にぎりを作る。それでなくともルースが握る丸にぎりは、少し大き目だ。一方サンドパンの方は、ソフィーが用意してくれた食材をデュオが綺麗に挟んでいった。
スープの火の番をしているフェルは、味見したそうにルースとデュオをチラチラと振り返るも、ルース達は温情を掛けない。
「駄目ですよ、フェル」
「そうだよ。今は素直にお腹を空かせておいて、後でソフィーの美味しい料理を楽しんだ方が良いよ」
そう言って、容赦のないルースとデュオにソフィーが笑い、台所は和気あいあいとした時間が流れていった。
時々近くを通りかかった冒険者達が、羨ましそうな顔で台所の小窓から視線を向けて去っていく。
多分料理の匂いが漏れており気になっているのだろうと、ルース達は申し訳なくも苦笑を浮かべてしまう。
結局はその台所のテーブルを借り、そのままそこで夕食を摂った。
今日のメインはスターホーンの香草焼きだ。元々の素材が新鮮であった事で、厚切りにカットした肉に軽く塩コショウしたものに香草を練り込み、小麦粉を軽くまぶし、多めの油で焼いただけのシンプルなものにしてくれたのである。
だが聞いた通り、肉の旨味と脂のバランスが絶妙で、ソフィーがシンプルに仕上げてくれたおかげでそれを十分に堪能する事が出来た。後は丸にぎり用に多めに炊いた白いライスと、サラダにカボッチャスープで大満足だ。
今日大量に作った料理は、その殆どをソフィーのマジックバッグへ収納し、明日からの食料となる。
流石に4人分の数日分ともなればそれなりの量になった為、皆で料理を作り食べ終わったのは、外がすっかり暗くなった頃であった。
明日はもうこのミントの町を出発し、港町ルカルトへ向かう予定である。
こうしてミントの町で僅かな休息を取ったルース達は、予定通り次の日にギルドの宿を引きはらい、再び旅路へと戻っていったのだった。
ミントを出発した日からは連日の灰色の空は消え去り、抜けるような青空が広がっていた。
その分気温が少し下がった気もするが、歩いていれば体温も上がってくるため、白い息と指先の冷たさを感じつつも、快適に街道を進んで行った。
ミントの町からルカルトまでは、歩いて3日だと聞いている。
ここからは寄り道をせず、街道を進む予定のルース達だ。
その街道は徒歩で歩く者も多く、人や荷物の往来が盛んなのだと気付く。
「ルカルトの町って大きそうだな」
すれ違う馬車を目で追いつつ、フェルが呟いた。
「そうみたいだね。これだけの行き来があるって事は、それなりに栄えてるって事だろうし」
「そして冒険者も多いのでしょう」
「そうよね。ダンジョンがあるというだけで、人が集まりそうだものね」
「俺達もその口だけどな」
「確かに」
ソフィーがダンジョンの恩恵だと言えば、フェルとデュオもその通りだと笑顔で頷く。皆はルカルトの町に期待を抱き、楽し気に話が弾んでいた。
ルースも普通の態度をとってはいるが、内心、初めて見る海と潜る予定のダンジョンを前に心が躍っているのだった。
この街道沿いでも時々遠くの方で魔物の気配はするものの、シュバルツに確認してもらえば、道までは出て来ないだろうとこの事で、そちらに進みたいのを我慢しつつ、ルース達はのんびりと街道を進んで行った。
そして3日目の朝、ルカルトの町を見下ろす地点に辿り着いた。
ルカルトはここから下る街道の先にある為、今、町の全てを一望できるのだ。
まだ遠目であるものの町の規模はやはり大きく、メイフィールドの町と同等だ。それは内陸側から海に向かって弧を描くように隔壁で囲われ、その奥に広がる大きな海が朝陽を受けてキラキラと輝いている。
町ではその光を受けて反射する色とりどりの屋根の煙突から、人の営みを表すかのように煙が上がっているのが見えた。
ルース達は歩みを止めると、しばしその風景に見入った。
「ほぅ」
ソフィーが感嘆の息を漏らす。
皆はその光景に、希望と憧れを含ませた眼差しを向け、それを満足いくまで堪能するのであった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>
次回の更新は、7月24日となります。
ご不便とご迷惑をおかけいたしますが、引き続きお付き合いの程よろしくお願いいたします。