【190】副産物
『― ギィヤァア゛ア゛ア゛ア゛~ァア~~~!!―』
フェルの手の下で、バタバタと手足の様な根をばたつかせる物は、甲高く耳障りな悲鳴を上げてながら身をよじっていた。咄嗟の出来事とは言え、その耳をつんざく悲鳴は森の中に響き渡り、遠くの鳥すらも飛び立って行った。
その時間は10秒程度のものであろうが、鼓膜を突き刺すような声と音量で、その苦痛を遠ざけるべくルース達は咄嗟に耳を塞ぐ。だがそれを手に持ったフェルは、両手で耳を塞ぐことが出来ず、片手と肩で耳を押さえていた。
やっとその声が収まったころ、フェルが錆びついた機械のようにギギギと皆の方へ振り返る。
「な…何だよ…これ…」
『それがマンドレイクじゃ』
ネージュは耳をペタリと倒し、最大限に不愉快さを表していた。
「まだ耳がキーンってする…」
デュオはフェルの近くにいた為、至近距離でその声を聞いてしまったのだった。
「俺はもう耳が…」
半泣きの表情を作るフェルが、ぐったりした様に動きを止めた魔物を掴んだまま、ルース達の方へと近付いてきた。
「また叫び出すんじゃないの?」
ソフィーがそう言うと、近付いてくるフェルを避けるように皆がジリジリと後ろへさがる。
避けられているフェルは、もう涙目だ。
『これは一度声を出せば、後は気にせんでもよかろう。空気の通る袋に入れてやれば、その中で大人しくしておるはずじゃ』
「ネージュは、こうなる事がお分かりだったのですね?」
ルースが苦笑を交えそう問いかければ、ネージュはひとつ頷いた。
『我は以前、遠くからこやつらの声を聞いた事があったゆえ、その耳障りな悲鳴を上げる事は知っておった。それにこの悲鳴を聞いたものは、死に至るという話もある程でのぅ。おそらく、その悲鳴を聞いた者の心の臓が驚き、動きを止めてしまったのだと言われれば、それも得心できるというものであろう』
ネージュは、サラリと恐ろしい事を言うと口を閉じた。
因みに耳は、まだ倒れたままだ。
「死人が出るんだ…これで…」
確かに悲鳴を聞いた4人の心臓はまだバクバクとしているので、あながち誇張している訳でもなさそうである。
「確かにあり得そうな話ね…」
ソフィーはまだ顔を歪めたまま、フェルが手にぶら下げている物を見た。
良く見れば、葉は茎がないらしく根から直接生えており、その根に手と足がつき、ご丁寧に顔らしきものまでついている。しかしその顔は、お世辞にも可愛いと言える物でもない。
「見掛けたらまた捕まえるって言ったけど、前言撤回。僕はもう遠慮したい…」
デュオがうんざりした様に言う。
『まあ、このような魔物であると知っておれば、おぬしらとて次からは容易に手を出さぬであろう。このクエストを受けたと言ってきた時は絶望もしたが、これも経験値と捉えれば良かったと言えるやもしれぬのぅ』
ネージュは首を振りながら、諦めたように言った。
ルースも真摯にその言葉を受けとめ、深く頷くのであった。
「あれ?シュバルツは?」
フェルは、デュオが麻袋を広げて持っている中へマンドレイクを入れ、やっと離れたと言わんばかりに手を叩き、ホッとした顔をする。
そういえば、シュバルツが先程まで留まっていた木の上にいないと、その木から視線を下げれば、シュバルツは地面に転がっていた。
「シュバルツ!」
ソフィーとルースが急いでそこへ駆けつけ、シュバルツの無事を確認する。
「気絶しているようです」
シュバルツを抱き上げたルースはそう言って顔を覗き込み、ホッとした様に息を吐いた。
ルースが抱くシュバルツの頭を、隣からソフィーがそっと撫でていれば、突然パチリとシュバルツの目が開いた。
「大丈夫ですか?」
『……』
ルースが声を掛けても、自分に何が起こったのかがわからないらしく、瞬きを繰り返すシュバルツ。
「シュバルツさえも気絶させるマンドレイク…恐るべし」
デュオから麻袋を受け取ったフェルが、目の前に掲げながらポツリと呟いたのであった。
多少の珍事はあったが、スターホーンを見付けた事で思いがけず、そのまま今日のクエストも無事に終える事ができそうだ。
時間的にはそろそろ昼になる頃で皆お腹も空いてきており、少し戻ったあたりで昼食を摂ることにした。
因みにその麻袋は、フェルが腰から下げている。
誰が持つかという話は出なかったが、誰もフェルが持った袋を見ようとしなかった為、仕方なくフェルは腰に下げているという事だった。いくらもうネージュに大丈夫と言われても、いつまた騒ぎ出すか分からない物を手元の置くのは、誰でも嫌だというものだろう。
そうして嫌々ながらそれを腰に下げたフェルは、もうそれをないものとして扱っているのだった。流石にB級クエストの魔物だけあって、一癖も二癖もある魔物である。
しかしながら、なぜこれがB級クエストなのかと言えば、C級までの冒険者達では失敗率が高かったからというだけの話で、運よくこの魔物を見つけたとしても、それを引き抜いた際にあげる悲鳴で手を離してしまう者が殆どで、余程の忍耐力を持った者でなくば逃がしてしまう為、というのが事の真相の様であった。
だが、クエストとして受けなくとも素材の買い取りはしてくれるので、挑戦するのは各自の自由だろう。
閑話休題
こうして昼休憩を挟んで町へ戻ったルース達は、先にクエスト完了の報告を済ませる事にして、冒険者ギルドへと戻っていった。
まだ夕方にもならぬ今の時間は、手続きも早く済むはずだ。
「こんにちは。完了報告をお願いします」
ルースが受付の職員へ声を掛ける。
「お帰りなさい。お疲れさまでした」
朝とは違う人物だが、そう言って出迎えてくれた職員にギルドカードを提示し、魔導具で情報を確認してもらう。
「本日は、マンドレイクでしたね。素材のご提出をお願いします」
職員の指示で、フェルは腰に下げた麻袋をカウンターに乗せ、ホッとした顔を浮かべる。
受け取ったギルド職員は、げっそりした顔を浮かべている面々をみて、申し訳なさそうに眉を下げた。
「はい。確認させていただきましたので、こちらのクエストの完了手続きをさせていただきます」
フェルに麻袋を戻し、隣にいた職員へマンドレイクを手渡せば、手渡された職員はそのまま奥の部屋へと入っていった。
「あの魔物が、ここで声を出した事はあるんですか?」
それを見てデュオが気になってそう尋ねれば、聞かれた職員は眉を下げ「はい」と苦笑する。
「一度だけあったと聞いています。それ以降、マンドレイクはすぐに倉庫に入れるように指示が出ました。倉庫には低温庫があるので、そこに入れて眠らせるのです」
言われてルース達も、盛大に眉間にシワを寄せた。
先程聞いたばかりのあの声を、冒険者ギルドの建物内で響かせてしまえば、半分程の者は気絶するだろう事は想像に難くない。
「低温にすれば、叫ばないのですか?」
ルースはその説明に疑問を投げかけた。
「はい。魔物と言えど植物ですので、凍える位の気温になると冬眠のような状態に入り、刺激を与えても反応が鈍くなるのです」
職員の説明に、ルース達は納得するように頷いた。
では又遭遇した時にはどうしたら良いのかを、各々が瞬時に考えた様で一斉にルースに視線を向ける。その視線に、真面目に頷いて返すルースであった。
「そうなのですね。お教え下さりありがとうございます」
ギルドカードを返してもらったルース達は、職員にお礼を伝えて受付を離れるも、次は隣の買い取りカウンターへと移動する。
この冒険者ギルドの受付は3つ。
今は受付の開設は一か所と買い取りカウンターのみとなっており、職員も2名いるだけだった為、先程もう一人が出て行ってしまった事で、今は受付担当の職員しかいないのだ。
ルース達は先程出て行った職員を待つつもりだったが、再び手続きをしてくれた職員が声を掛けてくれた。
「すみません、お手数をお掛けします」
ルースがそう言って苦笑し、スターホーンの素材をカウンターに乗せた。
「こちらこそすみません。今の時間は、職員も少なくて」
そう言いつつも職員は手を動かし、肉の状態を確認したあと角を見て目を見張った。
「まあ、スターホーンですね」
少々声を弾ませながら言う職員に、「はい」とルースは返事をする。
「この魔物は逃げ足が速くて獲り辛いのですが、お肉が柔らかく程よく脂ものっていて人気の魔物なのですよ。全て買取りでよろしいですか?」
そう言われると自分達も食べてみたくなるもので、お肉の1体分を除いて買い取りをしてもらうことにした。
「どうやって食べるのが美味しいですか?」
ソフィーが目を輝かせながら職員へ聞けば、職員も満面の笑みを浮かべてそれに答えた。
「そうですねぇ。何をしても美味しいですが、お肉の味を楽しみたいなら焼肉と素揚げ、それから蒸したものに柑橘のモレンソースをかけるのも美味しいと思います。後はライスと一緒に炊いたピラウ、それから甘辛く煮付けた角煮に、他は……」
そう話すギルド職員は、自分の知る物を全て話すかの勢いで、嬉しそうに紹介を続けていったのだった。
蛇足の補足:モレン=レモン、ピラウ=ピラフ。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>
▼舌の根の乾かぬうちにお知らせです。
ついに、自転車操業になってしまいました為、今日の更新以降、当面の間1日おきの更新とさせていただきます。(明日はお休みいたします)
この先数日に渡り執筆が出来なくなることも決まっている為、それも考慮したうえでの事になります。
遅筆が悔やまれます…。
また毎日更新できるようになるまでは、どうぞよろしくお願いいたします。
皆さまにはご迷惑をおかけいたしますが、ご寛容下さいますよう重ねてお願い申し上げます。