【189】棘の群れ
ルース達はマンドレイクのクエストを熟す為、ミントの町を出てから2時間程北へ向かい、山の中へと入っていった。
この場所はギルド職員に聞いたもので、マンドレイクの生息域で一番近い森がこの山であるとの事だった。
今日もシュバルツには空からの見張りを頼んでおり、シュバルツも気持ち良さそうに大空へのぼっている。
ただ今は時折小雪が舞っており、空には青色はなく、どんよりとした灰色が広がっていた。
この寒い季節ともなれば、獣は殆ど姿を見せなくなってくる。中には冬に活発になる獣もいるが、それは少数派だと言っても良いだろう。
そうなると気配を察知した場合、大抵は魔物のものになる。魔物は暑さ寒さには関係なく、いつでも我がもの顔でそこかしこに出没するのだ。
静かな森には、枯れ草を踏みしめるルース達4人の足音が響く。時々遠くの方で鳥が鳴く声が聞こえる位で、本当に静かなものである。
しかし逆に考えれば、それは…。
『群レガ居ルゾ』
シュバルツから念話が届き、何がとは言われずともこの獣の気配さえない中でいる物と言えば…やはりこの近くには魔物がいるのだとルース達は頷いた。
「取り敢えず、行ってみましょう」
ルース達はシュバルツの進む方へと進路をとり、魔物へと向かって進んで行った。
そうして10分程小走りで向かえば、そこには大きな弧を描くような角を持った、羊に似た姿をした魔物の群れがいた。しかしその角には棘が生えている。
「げっ、モーニングスターかよ…」
フェルはその角に生えている棘をみて武器の事を言ったに過ぎないのだが、この魔物は偶然にも似たような名前であった。
『スターホーンじゃな』
この魔物の角を見た者が、殴打武器である“モーニングスター“を作ったのか、この魔物が後から発見され似たような名前を付けられたのかは、残念ながらルース達にはわからないのである。
しかし目の前のこの群れは全部で4体。
1体は大きな角を持ち体も他よりも一回り大きなもので、あとはそれよりも小さな角と体を持っているところをみれば、オスの率いる群れなのであろうと推測する。
『群れを阻害するものには、容赦なく向かってくるぞ。まぁそれは、獣であっても当てはまるであろうがのぅ。そうして攻撃をしかけておいて、隙をついて逃げるつもりであろう』
ネージュがのんびりとした口調で、ルース達へと情報を伝えてくれた。
「では丁度良さそうです。ですが、あの角は危ないですね」
ルース達はその魔物がいる場所から、30m程離れた木の陰からそれらをうかがっていた。
ルース達はこれまでも積極的に魔物の前に出て、剣や弓、魔法を学ぶためにこうして戦いを続けている。今のクエストとは関係ないが、折角なので鍛錬の為に練習台になってもらう予定である。
「脚も速そうだね」
「じゃあいつもの通りに俺とルースが突っ込んで、デュオは小さい奴らの動きを制限する方法だな?」
「いいえ。今日は少々趣向を変えましょう。先に私が周辺に壁を作って動きを封鎖します。その中でフェルもデュオもやりたいようにしてください。ソフィーはいつもの通り、ご自身に障壁展開をお願いします」
ルースの提案に皆は頷いて了承する。
それからまた皆はこっそりと距離を詰め、魔物から10mの所まで近付くと、ルースは魔物の群れを中心に半径15mで円を描くようにして魔法を発動させた。
「“土壁“」
ルースが魔法を唱えると地面の土がグンと盛りあがり、魔物を閉じ込めるように3mの高さの土壁がそそり立った。
この3mの壁は思いのほか魔力を消費する事になったが、一番大きな魔物の肩高までが凡そ180cmもある為、出来るだけ飛び越えられぬように高さを出す必要があったのだ。
「では行きましょう」
ルースがそう発する前に、既に魔物は周囲を囲まれている事に気付き、4体は肩を寄せ合うように密集し、大きな個体は仲間を守るように、こちらへ闘志をむき出しにしている。
「んじゃー行くか」
フェルとルースが飛び出していき、魔物へと接近する。
すると集まっていた小柄な魔物たちは大型の1体を残し、向かってくるルース達から逃げるように一斉に方々へ散っていった。
デュオはソフィーとネージュの前に立ち、その散らばった魔物達をさっそく狙う。
― カンッ ―
とデュオが弦音を響かせれば、それは1体の魔物の目に命中する。
『ギョォー!』
可愛くない悲鳴を上げたその魔物は、その矢を放ったデュオをみつけると、怒り狂ったようにその角を向けデュオへと目掛け走り出した。
逃げ場がないのは皆同じである。
「ソフィーは念のために、障壁展開をしておいてね」
デュオは魔物から目を離さずに、ソフィーへ身を守るように伝えた。
「そうするわ。―神々のお慈悲を、我らに光を与えたまえ。“障壁展開”」
言われたソフィーもそれに焦る事なく、自身とネージュにそれを被せた。
デュオはその気配を確認すると、魔物から離れるように即座に走り出す。
魔物はデュオに狙いを定めているのか、デュオが動き出すとそれを追いかけるように軌道を変えた。
客観的に見るとこの壁の中は人と魔物が入り乱れ、それぞれが縦横無尽に走り回っている。
フェルはその内1体に狙いを定めたらしく、それを執拗に追いかけ、笑みを浮かべてさえいた。そしてルースは自身に風を纏わせ、軽々と向かってくる棘を躱しながら、まるで踊っているかのように魔物の中を飛び回っていた。
『皆、遊んでおるのか…』
と流石のネージュも呆れた声を出している。
ルースもフェルもデュオも皆とどめを刺さずに、練習でもしているかのような動きを見せていた。
「男ってこれだから…」
とソフィーも呆れ顔である。
確かにミントの町に入ってから鍛錬する場所がなく、皆は不満気であったのだが、ここでその憂さを晴らすように、使わなくても良い体力を使いつつ戦闘を繰り広げている様だった。
こうしていても程なくすれば、スターホーンは全て地に伏していた。
「流石に角に剣を当てると、腕がビリビリするな」
「強度は問題ありませんでしたか?」
「ああ、剣は欠けてもないな」
と、買い替えた剣の使い勝手を話し合うフェルとルースだ。
「フェルはもう、その長さに馴染んで来たね」
デュオも楽しそうにそう感想を伝えた。
「ああ、長さの感覚はもう大丈夫そうだな。ただ重くなった分、振り回す時に勢いが付き過ぎる気はする」
「そうなると剣を飛ばさないように、注意しないとなりませんね」
最近のルース達は戦闘が終わるといつもこの調子で、改善点や良い点などを話し合っており、ソフィーはネージュと顔を見合わせて苦笑するのだった。
しかし、これもパーティが強くなるための事であり、ソフィーも異論はないし、何なら気付いた事を伝える事もあるが、ソフィーが気付く程度の事は先に本人たちで気付いているだろう。
そんな話をしながら、ルース達は手際よく魔物の解体を始めている。
デュオも2人に習って解体をしているが、まだまだ2人には追い付かないというところだった。
そうして皮と肉と角を回収し、残りはシュバルツが回収する。
倒れたスターホーンは余すところなくルース達が全てを頂くと、土の壁を消して原状回復に努める。
「んん?」
そこで忘れ物はないかと見回っていたデュオが、草むらを見て首を傾けた。
「どうした?デュオ」
デュオが立っているところへ、フェルが近付いて行く。
「んん…あの葉っぱ、風がないのに揺れたんだ。それで何かなと思って」
土壁があった外側にあたる部分に、それはあったとデュオが指をさす。
だが同じような草があるだけで、どれの事だかはわからないフェルは、その場所へと近付いて行きその草むらを足で蹴飛ばした。
すると草の1つが不自然な動きを見せたため、フェルはそのまま手を伸ばし、徐にその草を掴んで引っこ抜いた。
こうしてまたフェルが気軽にとった行動で思わぬ事態を招く事になるとは、ネージュ以外は気付いていないのであった。
いつも拙作にお付き合い下さり、ありがとうございます。
昨日は更新等のお知らせをさせていただきましたが、それに対し温かなコメントをお寄せ下さったり、引き続き温かく見守って下さったりと、読者の皆様には最大の感謝を申し上げます。
更新に限らず何かありましたら、また皆様にご連絡をさせていただきます。
引き続き、どうぞよろしくお願い申し上げます。<(_ _)>