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【181】王家の愁思

 時は少し遡りルース達がノーヴェの町に到着した頃、王家が管理する古の珠の変化を確認した王宮では、それから毎日、王国魔法師団長から宰相である“デイヴィッド・コープランド“へと、魔導具の経過報告があげられるようになっていた。


「今日も変化はありません」

「わかった、ありがとうルーメンス団長。些細な事でも何かあれば、早急に連絡を頼む」

「はい、承知いたしました」


 国王を補佐する官吏の代表でもある宰相は、今日も魔法師団長ルーメンスから定時報告を受け、退出していったルーメンスの背中を見送った後、大きく息を吐きだし椅子の背にもたれかかった。




 数日前に判明した古の珠の変化は、王宮内ひいては国民に不安を与えぬために、宰相を含めた一部の者達だけに知らされる事となった。

 その事を上申した際の国王は金色の瞳を驚きに変えた後、言葉少なく事実を受け入れるように頷いた。

「間もなく、アレクセイが婚姻の議を執り行う時だというのに…」

 そして悲し気に呟き、国王は目を瞑った。


 このウィルス王国は、現在45歳になる“エイドリアン・ヨナ・ウィルコックス“が治める国で、その国王は王妃“マリアンヌ・リラ・ウィルコックス“との間に2人の王子と1人の王女をもうけていた。

 そして現在21歳である第一王子 “アレクセイ・ユール・ウィルコックス“は、1年後に婚儀を控え、王宮内はその栄えあるご成婚に向けての準備に取り掛かったばかりであった。


「私の代でまた兆しが出たという事、それも運命と捉えるしかあるまいな」

「はい。私達では()の者を制御する事は出来ませんが、今回もどうにか乗り切らねばなりません」

「また聖女頼みという事か。しかしいつも聖女を表に出す教会が、ここの処は大人しくしておるようだが…」

「それについて、潜らせている者からの報告では、今世の聖女がまだ現れていないのだとか」

「うむ…タイミングとしては最悪だと言って良いな」

「ただ、教会も躍起になって聖女探しをしているようですので、直に見付かるかもしれませんが」

「そうか…」


 国王の執務室で向かい合ってソファーへ座る国王と宰相は、人払いを済ませた後、報告が上がったばかりの予言の珠の変化がもたらすその先について、言葉を交わし合っていた。


「それで勇者の剣ですが、今回は…」


 勇者の剣とは、代々王家が管理してきた剣であり、その剣を扱えるものは“勇者“として、封印されしものが世に解き放たれた時、その身を犠牲にしてでもそれを食い止める役目を課された者が持つ剣だった。


 “勇者“とは、人間が体裁よく付けた名前だ。


 本当であればそんな者は犠牲者というべきであろうが、そこは勇者という名前を宛がい、唯一無二の英雄として祭り上げなければ、誰もやりたがる者などいないだろう。


 しかしその勇者の剣は、適正がある者だけしか触れる事が出来ないのだ。

 どうしてそうなっているのかは分からないが、この剣は封印されしものが初めて世に現れた時、その時代の勇者が持っていたものだと言われており、最初の聖女が持ち帰ってきたその剣を後の王族が大切に保管し、現在までそれを続けていた。

 そうしてその後も封印されしものが世に現れた時には、その剣は勇者と共に戦場へと向かって行き、剣だけが戻ってくる。


 そして何を隠そう、その勇者の剣の適性をみるのは、いつも王族から試される。

 それはなぜかと言えば、いつも勇者が王族から出てくる事に起因していた。


「今回の“勇者の議“は、エイドリアン陛下とアレクセイ殿下、………」

「うむ、仕方があるまい。あれが病気であると国民には伝えてあるゆえ、姿を見せずとも混乱は起こるまい」

「はい、ですが本来であれば喩え病気とだとしても、勇者の議には姿を見せる事が最善…」

「…本来であれば、か…」

「ですが今は結論を急がずとも、文献によれば、古の珠が黒く染まり切るまではまだ猶予があると思われます。ルシアス殿下の事は一旦考えず、アレクセイ殿下のご成婚の後、勇者の議を執り行う日程で進めて参りたいと存じますが…」

「そうだな。その方向で頼めるか、コープランド公爵よ」

「御意」



「そうか、あれからもう9年になろうというのか…」

 小さく落とした国王の言葉は、宰相でさえかける言葉を持ち合わせていないのだった。




 -----




 コンコンコンッ


 王の執務室には不釣り合いな、敬意のないノックの音が響いた。

 エイドリアン国王は今、宰相であるコープランドとの打ち合わせ中で、来年10歳を迎える第二王子の祝宴を開催する為、嬉しい催しに談笑しながらも宰相のまとめあげた計画表を検討している最中である。


 忙しないノックの音に宰相が訝しむ。

 その宰相を横目に、エイドリアンは鷹揚に入室の許可を告げた。


「失礼いたします!」

 そうして姿を見せたのは、王族の護衛を務める近衛騎士団長の“ジェラルド・オルクス“だった。

「陛下の御前であるぞ。オルクス団長ともあろう者が、新人騎士のように慌ててどうしたのだ」

 宰相はオルクスの落ち着きのない態度を見て、眉間にシワを寄せた。


「はっ、申し訳もございません!ですが至急陛下へご報告したい件がございます!」

 オルクス団長の言葉に、国王と宰相は顔を見合わせる。

「許可する。申してみよ」

 国王の許しを得たオルクス団長は、下げていた視線を一度国王へ向けると、再び頭を下げて口を開いた。

「申し上げます。先程、ルシアス殿下のお姿が消えました」

「何だと?」

 オルクス団長に聞き返したのは宰相で、国王は誘拐などの可能性を考えて言葉を詰まらせた。


「どういう事か申してみよ」

 説明を求める国王の言葉に、オルクス団長は大きな体を縮めるように頭を下げている。

「はっ。本日昼食後の休憩時間に、ルシアス殿下は内庭を散策しておられました。その際、近衛が4名警護にあたっておりましたが、一瞬目を離したすきにお姿が見えなくなったと…」

「4名もいて、皆が持ち場を離れたのか?」

「いえっ4名とも殿下のお傍に待機しておりましたが、忽然と姿を消したように突然お姿が見えなくなったと申しております」

 宰相の問いかけに、先にその者達から報告を受けたであろう団長がそう説明する。

「消えた…だと?」

 そこへ落とされた国王の呟きはかすれていた。

「我々近衛がおりながら、面目次第もございません!」


「捜索は?」

「はいっ。現在も城内と城下に近衛騎士を向かわせ、お探し申し上げております」

 動きを止めてしまった国王の代わりに、宰相が次々と指示を出す。

「では引き続き何としてでもお探しするのだ。しかし事が大きくならぬよう、殿下が行方知れずとは他の者には気取られてはならん。殿下の御名は一切出すな」

「はっ、心得ております!」


 こうして城中や城下を中心にして数日に渡りルシアス王子を捜索したが、誘拐された痕跡も自分で出て行った形跡もなく、本当に忽然とただ姿を消したかのように、ルシアス王子の消息は途絶えてしまったのだった。


 そして一か月が過ぎたのち、ウィルス王国の第二王子である“ルシアス・トーヤ・ウィルコックス“は、病気療養中であると発表され、それ以降、人々の前に姿を現す事はなくなったのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] おおお!!???!? ルース、お前…まさか…
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