【179】ペンダント
「あっ、ルースのペンダント…」
ソフィーは以前ルースから見せてもらったペンダントを思い出し、ルースに問うような視線を向けてコトリと首を傾げた。
「これですか?」
ルースは、ソフィーの言ったペンダントを服の中から引き上げ、手の平に乗せた。
そのペンダントは陽の光を受け、煌めきを発していた。
『そう。その中に眠る時間の精霊王は、自らの運命を知りその時を待っている。今満ち行く時におぬしの手元にあるというならば、おぬしの纏う時間の中にその運命があるのやも知れぬ』
ルースには理解できぬ内容の話をする精霊王は、自らを、癒しを司る精霊王だと言った。
『我も時間の流れに漂うもの。ゆえに、ここでおぬしらと会えた事は、必然であると言えよう』
「あの…怒ってないの?」
その時ソフィーの隣にいた少女は、精霊王へと姿を変えたものへと心もとなく尋ねた。
『怒る?…そうだな。その様な感情を求める事もできようが、我は今話したように、これは必然と考えておる。ゆえにこれより心を入れ替えるのならば、我はその咎を許そう』
精霊王の答えに、少女は体から力が抜けたようにへたり込んだ。やっとここで、自分は大変な事をしてしまっていたのだと、思考が追い付いたのかも知れない。
「良かったわね」
ソフィーは苦笑しつつも、少女を助け起こすために手を貸してやった。
『それで、ここで姿をみせたのは、何用があっての事かえ?』
ネージュの言い方も大概だが、ルース達は精霊王と聖獣のどちらが上位に当たるのかを知らない為、口を挟めずにその様子を見守った。
『そうであった』
そう言った精霊王はネージュの言葉に気を悪くした様子もなく、滑るようにルースの前に進み出ると、まだ剣に手を添えたままのルースへと、微笑みを向けた。
『そう緊張する必要はない。そなたは丁度我の泉を満たしておるゆえ、我から祝福を贈ろう。体の力を抜くと良い』
精霊王は祝福といったのだから、ルースへ危害を加える事はないのだろう。目の前に立つ神秘的な存在に、ルースは目を瞬かせ、言われた通りに警戒を解くと体の力を抜く。
『我は時間の流れと共に流されしもの。しかしおぬしはその流れに逆らっておるようだ。その身に刺さる杭を緩める位は、我でもできるやも知れぬ』
独り言のようにそう言った精霊王は、右手をルースの額にかざすとその手から輝きを発した。
ルースの視界は白く染まり、思わず目を瞑る。
すると温かな風が体を吹き抜けて行くようにして、精霊王の魔力が体内を巡っていった。
光が収まりルースが目を開くと、精霊王は先程いた場所まで下がっており、気のせいかその体は先程より透けてみえた。
『やはり我だけでは限りあるようだ。しかしその解れはおぬしの行動に因り、徐々に綻びとなり広がってゆくであろう』
まるで予言でも言っているかのように話す精霊王は、そう言うと、ルース達一人一人を見回して、最後にソフィーに目を留めた。
『聖女よ。我らは流れと共に漂っておる。その流れを掴む事が出来れば、漂うものは全てその手の内にくるであろう』
何が見えているのか、精霊王はソフィーへと語り掛けると景色の中に溶けていった。
また見えない光に戻ったらしいものを目で追うソフィーは、泉の方へと追うように視線を巡らせ息をのんだ。
「え?また水の中に沈んじゃった…」
そう言ったのはソフィーの隣にいる少女で、ソフィーと共に目で追っていたその光が、再び水中へ入っていったと声をあげた。
『瓶に入れずとも、ここにおるようじゃのぅ』
ネージュも泉を見ながら、そう呟きを落とす。
「何で…折角自由になったのに」
少女は、自分でしていた事を申し訳なく思ったのか、そう言って顔を歪める。
「精霊王は、好きでここにいるという事ね。だから閉じ込めておかなくても、ここの水は今までのままよ?」
『ただし精霊は気まぐれゆえ、再び自由を奪うような事をすれば、その時は本当に姿を眩ますであろう』
ネージュの言葉を嚙みしめるように、少女はゆっくりと深く頷いた。
「だが、今のまま噂を流していれば、その内にもっと多くの人が押し寄せてくる事になるだろうな。そうなるとこの泉は枯れてしまうかも知れないぞ…」
「えっ」
「そうですね。今はまだそこまで噂が広まっていないようですが、この静かな場所が人によって荒らされれば、精霊たちも居なくなってしまうでしょう」
「そんな…」
「そして下の人達の生活も変わり、ここには住めなくなるだろうね」
フェルとルース、そしてデュオの言葉に、段々と少女の顔は青ざめていく。
「そして教会がその噂を聞けば、ここは教会が管理する事になるかも知れません」
「え?教会?」
「そうだな。癒しの水なんて、教会が野放しにするはずはないだろうしな。癒しの水は教会のものだ、みたいに思っていそうだ」
少女はフェルの言葉に驚愕し、言葉を失った。
「貴方がしたことはそういう事ね。村の為にこの泉でお金を得ようとするのは悪い事ではないけど、それがもたらす事まで、しっかりと考えるべきだった」
まだ少女と呼ぶ年齢の子供に、そこまでの考えが及ばなかったとは思うが、ここに少女が一人でいる事を考えれば、大人に黙って事を起こしたのだろうと思い当たる。
「そういう事か」
そこへ男性の声が入ってきた。
ルース達は、声がした獣道の方へと視線を向ければ、そこには30代位の男性が一人立っていたのだった。
「ローズ」
「お父さん…」
少女の反応をみれば、この男性は少女の…ローズの父親だと知る。
「ローズはいつも外で遊んでいるとばかり思っていたが、この泉で…。確かに金をどこからか持ってきていたから、おかしいとは思っていたんだ」
ため息をこぼし、男性はこちらに向かって歩みを進めてきた。
「お父さん」
ローズはしゅんと小さくなって父親を見上げた。
ルースは話の途中で人が近付いてくる気配を感知していたが、特に怪しい気配ではなかった為、様子をみていたのだ。しかし、まさかこの少女の父親だとまでは思っておらず、その男性をまじまじと見つめた。
「今の話を聞かせてもらったよ。どうやらローズは勝手にこの泉で金を集めていたって事だね…。ローズ」
父親に名を呼ばれ、ビクリと肩をすぼめローズは更に小さくなった。
「この泉は神聖なものだと言っただろう?ここに人が集まるようになれば、私達はもう、ここには住めないだろう。この人達の言う通りここが荒らされれば、もう私達の意味はなくなってしまう」
「あの、この泉の事は、皆さん知っていたという意味ですか?」
ソフィーは父親の言葉から、精霊がいる事を知っていて静かに見守っていたと聞こえたために、そう尋ねる。
その問いに、父親はソフィーに視線を向けるとひとつ頷いた。
「私達の中には、代々精霊が視える者が生まれます。その者達がここを静かに守るようにと、教えてくれるのです。私達はそれをする代わりに、病気の時や怪我をした時にこの水に救ってもらってきました。この泉は何千人もの人を救える量はないし、この泉の事は口外してはならないと言われて育つのです。今回それが外に漏れてしまったとなると、私達はもうここには住むことは出来ないでしょう」
「え…でも…」
「ローズ、この人達が言っていたように、癒しの水があると知られれば、多くの人が訪れるようになるし、教会も真偽を確認しに来るだろう。そうなれば私達の静かな営みは終わり、ここには管理された集落が出来る事になるだろう。私達は、それを望んではいないはずだよ?」
これは大人の事情というものの様で、子供であるローズにはまだ理解できないのだろう。村の掟とでも言おうか、そうして何代にも渡ってここに住み、静かにこの泉を見守ってきていたらしい。
「ローズが金の心配をしてくれていたのは、親として大人として申し訳ないと思う。そしてそれは、ちゃんと我々民の掟を理解させられていなかった事が原因であり、ローズ一人を責める事は出来ない。しかし私達はずっと、必要最低限の命を頂いて生活する事を続けてきたのは、ローズも知っていた事だ。町に行けば色々なものが溢れ、それを取り入れればとても快適な暮らしができるかもしれない。しかし私達はそれを敢えて選ばず、自然の中に暮らし泉と共にその生涯を全うする事を続けてきた者達だ。だから泉の事を多くの人に知られてしまえば、私達はここを離れるしかなくなる」
「そんな…」
ローズは自分がしたことで、今までの生活が崩れていく事を知り、驚愕の表情を浮かべた。
その親子のやり取りにルース達は言葉を挟む余地はなく、この話は下に住む住人全ての問題であり、今はただ彼らの話を見守る事しかできないルース達であった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>
本日このルースのお話しが、読者様の総合評価で3,000を超える事ができました!
本当にありがとうございます!(語彙不足。笑)
ここまで読者様と一緒に、物語を紡いでこられた事に感謝申し上げます。
そして願えますなら、このまま皆さまと共に完結まで迎えられますように。。。
そんな筆者ではございますが、これからも引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。