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【174】ノーヴェの町で

 放心している3人の下へ、ソフィーが駆けてくる。


「皆、大丈夫?」

「あ…ああ」

 辛うじて声を出すフェルも、疲労困憊といった感じだがまだ気を抜いておらず、ピリピリとした空気を纏ったままだ。

 魔の者の骸が風と共に消えてしまった為、戦いが終わったという実感が持てないのかもしれなかった。

 ネージュの背から既にデュオは降りているが、視線は魔の者が居た場所に固定されているのも、その為であろう。


『今の者はまだ呪詛を使わなかったゆえ、何とかなったと言えよう。それは個体差ゆえか、時期尚早ゆえか』

 そこへ、ネージュの静かな声が降る。


「それは…時間の問題という事でしょうか?」

『さよう。魔の者の出現は、闇の魔の者から漏れ出す魔力が影響していると云われておる。まだその魔力の放出が少なく、ゆえに魔の者の威力も小さいものであるとも考えられる。もしくは青きものと対峙したゆえ、力を使い果たしておった…かのぅ」

「そういう事ですか…。今後の対応はもっと慎重になるべきである、という事ですね」

 ルースは僅かに残る体力で辛うじて立ち、今回の戦闘を振り返り、今のままでは敗北と隣り合わせてあると目を瞑った。


 3人の状態をすぐさま確認したソフィーが、傷を負っているルースとフェルを含め、再び回復(ヒール)で癒していく。魔の者との戦いでは、やはり多少なりとも剣を身に受けてしまっていた。

「気休めだけど」

「いいや十分だよ、ありがとうソフィー」

「ああ、体が随分楽になった」

「体に力が入るようになりました。ありがとうございます」


「そう言えば、シュバルツは?」

 フェルがここにシュバルツが居ないと、ルースに尋ねた。

 食事の後ルース達の近くを飛んでいたはずが、いつの間にかその姿は見えなくなっていた。そして魔の者と遭遇し今に至るも、シュバルツの姿は見当たらない。

「アレと会った時までは気配があったのですが、今は近くにいないようですね」

「シュバルツが戦闘に巻き込まれなくて、良かったんじゃない?」

「そうだね。彼はいつも自由にしているみたいだし、すぐに帰ってくるんじゃないかな?」

「まぁそうだな。あいつがいても、戦えないしな」


 そう話しながらルース達は静けさを取り戻した草原を離れ、ぞろぞろと裏道を通りながら、道に迷いつつも辛うじて見覚えのある路地を抜け、4人は冒険者ギルドのある通りまでやっと辿り着いて立ち止まる。


「すみません、私が道を覚えておらず、少々歩き過ぎてしまいましたね」

「仕方がないわよ。外に出る事しか考えてなかったんだもの」

「そうだね。それに着いたばかりの町だし、分からないのは当たり前だよ」

「だな。こうして無事に戻ってこれたし、問題ないって事だ」

 フェルもそう言ってルースの肩をポンと叩いた。


 ルースは魔の者が立っていた方を振り返る。

 ルースの視線につられ、皆も通りの奥の暗闇を見つめた。

 先程は突然降って湧いた様にその存在に気付いたため、再び現れていないかという確認の意味もあったのかも知れないが、ルースはもう一つの気配に気付いてそちらを見たのだった。


「シュバルツ?」

 先程魔の者が立っていた場所に、何かが落ちている様に見える。ただし暗くて何も分からないが、シュバルツが近くにいる気配だけが感じられるのだった。

「ん?シュバルツがいるのか?」

 フェルはシュバルツの名前に反応し、周りを見渡した。


 ルースは道の奥の闇を指さして言う。

「あれはシュバルツではないでしょうか?」

「え?流石の俺でもみえないな…ちょっと行ってみるか」

 フェルが先に歩き出し、ルース達もその後に続いて行く。

 そうして最奥まで近付いてみれば、そこには黒いものが落ちていると分かった。

「ああ、シュバルツだな…」

 足首にある(シルシ)が、それを教えてくれていた。


 そのシュバルツは、半分翼を広げた状態で落下してきたと思しきまま、横たわっていたのだった。

「シュバルツ!」

 ソフィーが悲鳴のように名前を呼び、その距離を詰めて駆け出した。

「シュバルツ?シュバルツ?」

『生命反応はあるゆえ、気を失っておるようじゃ。魔物のくせに何に気をやられたのか』

 ネージュは呆れた声を出し、フンと鼻を鳴らした。

「ネージュ、そんな事言うものじゃないわ。そうね、確かに怪我をしている様子はなさそう。良かったわ」


「では私が連れて帰ります。暫く宿で寝かせておきましょう」

 ルースはそっとシュバルツへ手を伸ばし、その体を掬いあげる。そしてたたみ切っていない翼を閉じてやると、胸の中に抱き込んだ。

「ここはさっきのアレが居た場所だね」

 デュオは辺りを見回し呟く。

「そうね。シュバルツはアレの気配の影響で、気を失ったのかも知れないわね」

「魔物すら気絶させるのかよ…本当ヤバイよな」


 ルース達はシュバルツを回収し、その後は冒険者ギルドの宿へと直行する。

 辺りは既に真っ暗で、冒険者ギルドの先に見える商業地区の灯りだけが、目に染みる程に人の営みを知らせてくれていた。

「先にメシ食っといてよかった…」

 フェルは最後尾から宿に入る際、疲れたようにそう呟いたのだった。



 その日の夜は皆が疲れ切っていた事もあり、いつもより早い時間で就寝とした。

 そして翌日、すっかり疲れも取れたルース達はいつもの通り早朝から剣の練習を始め、デュオも体力づくりのためルース達の傍で基礎訓練をしていた。ただデュオの場合はルースが誘った訳でなく、早朝練習はあくまで本人の意思によるもので、元々が向上心のあるデュオらしい行動によるものだった。


 その間はいつもの様にソフィーが朝食の準備をしてくれている。

 このギルドの宿も台所が設置されており自由に使って良いとの事で、有難く使わせてもらっているのだ。

 ただ、殆どの冒険者ギルドの宿にもいえる事だが、その台所を利用する者は少ない。それは冒険者に女性が少ない事もあるし、皆クエストで疲れて帰ってくるために外食で済ませるものが多い、というのがその理由であろうと思う。


 そんな訳で、今回も一人で自由に台所を使ったソフィーの出してくれた温かな食事に癒され、一日のスタートを切るルース達である。

 因みに最近の朝食は、ソフィーが嵌っているというライスをスープで煮込んだものだ。具材もたっぷり入っているが消化も良いからと、味や具材を変えつつ楽しそうにソフィーが作ってくれている為、ルース達も楽しみにしている朝食だった。


 こうして食事を済ませて落ち着けば、昨日の反省会に入る。

 昨晩は何もしないで寝てしまった為、意見のすり合わせなど緊急に話し合いが必要なのだ。


 そしてシュバルツの方はと言えば、朝になればパチリと目を覚ましており、何事も無かったかのように元気だった。

 何故あそこにいたのかとシュバルツへ聞いてみたものの、魔の者を調べるために近付いて行ったが急に意識が飛んでしまったらしく、シュバルツも何が起こったのか分からない様子だった。だが幸い体に異常もなさそうで、シュバルツの方はそのまま様子見という事になっていた。


 そうして部屋の中で、ルース達は向かい合って床に座った。

 今回借りた部屋は4人部屋で、ベッドの足元側に余裕があるつくりであった為、そこに4人とネージュが座りシュバルツはベッドの枠に留まっている。


「昨日は、ルースが初めに気付いたんだよな?」

「多分そうだと思います。道の奥に何かを感じた気がして見たところ、人の姿に見えるものがありました。ただそれを見た時に、ゾクリとした事を覚えています」

「デュオも何か言ってたよな?」

「うん。微かに腐ったような変な匂いがしたんだ」

 そうだったかな?とデュオが言う匂いの事は、他は誰一人として気付かなかったようだ。


「その後ソフィーの魔力が、反応したって事か」

「タイミング的には、一番遅かったって事ね。そうなるとお守り程度の効果しかないわね…」

「ですが、まだ随分と距離があった時に反応が出ましたので、効果としては十分だと思います」

「確かにあの音がなければ、俺ひとりの時だったら気付かないかもな」

「じゃあ、このままもう少し様子見でいいかしら」

 ソフィーの声にルース達は肯定を返した。


「それと武器なのですが」

 ルースは3人を見渡してから、自分の剣を目の前に置いた。

「昨日の戦闘で、この剣は使い物になりませんでした」

『ふむ。確かにそれでは、魔の者を損壊させることは出来なかったのぅ』

「はい。魔の者は聖の魔力がなければ、傷を付ける事さえ出来ないと学びました。その為お手数ですが、私の剣にもソフィーの魔力を付与していただきたいのです」

「わかったわ。またいつ出てくるか分からないし、常に気を付けていた方が良いものね。後でやっておくわ」


「ありがとうございます。それと、魔の者はどんな魔法を使ってくるか、把握できていません。昨日はたまたま剣で相手をしてくれたようですが、青きものの時の事もありますし」

『呪詛じゃな』

「そもそも、その呪詛って何だったんだ?」

 フェルは、あの時の青きものの状態も認識していないと首をかしげた。


「あの時は禍々しい魔法が纏わりついていたの。体の中を侵食していっているような…」

『息の根を止める呪いじゃ。青きものが受けたものは、体の自由を奪い意識を混濁させている間に、魔力が体内を這いまわり、心の臓を弱らせて行くもの』

「げっ。それって自分じゃ、どうしようもないじゃないか」

『さよう。解呪せぬ限りその苦しみは永遠に続く。じわじわと死んでいくのを待つだけじゃ』

「その呪詛以外、魔の者がどのような魔法をつかってくるのか見当もつきません。皆もそこは十分に注意をしておいてください」

「おう」

「はい」

「ええ」


 ルース達は魔の者の情報を共有し、これから先に再び出会うかもしれぬ者に、最大の警戒を要すると話し合ったのであった。


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