【173】諦めと一閃
こうしてジリジリとルースは魔力を減らしつつも、戦いは拮抗しているかのように見えていた。
だがルースにはこの先に待ち受ける出来事が、手に取るようにわかっている。
― 敗北する ―
今までルース達は冒険者としてそれなりの経験を積み、B級というランクにまで上がってきてはいたが、この初めて現れた魔の者は、今までのそれが何の意味も持たないようにすら思える程、動きも魔法の生成も桁違いに上であると思い知らされていた。
まず移動速度が速いのだ。
どのようにしてその動きをさせているのかは分からないが、ルースが風を纏っていてもその倍の速さで移動しているため、剣では躱されることが多く、今もフェルが剣を振るっているが、それはルースが相手の動きを絞り込んでいるからこそ、3回に1回、その剣を当てる事が出来ているのだ。
そして魔法の生成に於いても、魔の者は詠唱をせずとも魔力を操り魔法を使っている。
ただ腕を上げればその手には既に剣が握られており、一言でも何かを唱えた様には見えないのだ。
レベルが違う。
しかしそうは言っても今は既に戦闘中であり、ここで戦いを止める事は出来ないのだし、この魔の者が野放しにされれば、それは人々を襲い危害を加えていく事は決定事項であると言っても良いのだ。
絶対にそれをさせる訳には行かない。
喩えここでルースの生が終わろうとも、せめて相打ちをして魔の者を道連れにしなければならないのだと、ルースは魔の者に集中しつつも、冷静に思考を巡らせていた。
そんな時にネージュが動いた気配を捉え、視界の中にその姿を入れれば、ソフィーは障壁展開を展開し後方に留まり、ネージュがデュオを背に乗せこちらへ向かって来ていると知る。
『おぬし達だけでは終わりそうもないであろう。こやつを使う』
自分の背に乗せているデュオを示し、ネージュは2人へと念話を飛ばす。
ネージュの背には矢を番えたデュオが足でしっかりとネージュを挟み、背筋を伸ばして跨っている。頼もしい援護が来てくれた事でルースとフェルの気持ちは軽くなり、ルースは薄っすらと口角を上げた。
そこからもルースがとる行動に変わりはないが、ルースの目にはデュオが番えた矢が、淡く光を帯びていると気付いていた。その矢はソフィーが纏う魔力と同じ色で、デュオの矢にはフェルの剣と同じく、聖の魔力が付与されているのだと察知していたのだった。
聖の魔力は魔の者が使う魔力と、対極に位置するものだとネージュは言った。そして先程からフェルが繰り出す剣にも、たまたま聖の魔力が付与されていたのだが、それが功を奏し、相手の魔法で作り出した剣を破壊する事に成功している。
そこまで考えれば、ルース達が応戦している間にその状況を理解し、デュオの矢へソフィーが聖の魔力を付与してくれていたのだと分かった。
そしてネージュも動いてくれたことで形勢は一気に逆転するのだと、ルースはこの闇の広がる平原で、一筋の光が下りてきたように視界が明るくなるように感じたのだった。
ルースは今の自分にできる事、魔法を放ち相手の動きを制限させることに全神経を集中させる。
そしてフェルも自分の剣は相手にダメージを与える事を理解し、避けられても繰り返し剣を突き出していく。
一方デュオを乗せたネージュは、魔の者の周りを牽制するように右へ左へと走り回っているが、背に乗るデュオはその動きにも一切干渉されぬまま、背筋をピンと伸ばして弓を引き絞り、射るタイミングを待っている。
― カンッ ―
小さな音を立てて放たれた矢は、フェルの剣から逃れようとして横に躱した事で、魔の者の肩を掠っただけに終わるものの、その掠った肩には煙が上がり傷口からは色の分からない液体が滲みだしていたのだ。
「デュオ遅い!俺が動いたら同時に放て!」
それでは、突っ込むフェルに矢が当たる可能性もある事は誰が聞いても分かる事であったが、デュオはそれに「はいっ!」とだけ返し諒承を示した。
皆が本気なのだと、ルースは目の覚める想いでそれを聞いた。
自分だけが犠牲になるつもりであったはずが、皆も同じ気持ちであるのだとルースは心に火を点す。
そこからは2人の動きに合わせるように、ルースも間合いを取り緩急をつけるように接近し、剣を繰り出して打ち合いをすれば、その間に息を整えたフェルがデュオへと視線を送り、同時に攻撃を仕掛けていった。
ソフィーは胸の前で手を組み、仲間たちが死力を尽くすその戦闘を祈るように見つめていた。
ソフィーは今、自分を守る事を第一に考えるようにとネージュに念を押されている事もあるが、風のように動き回るあの戦闘の中に身を投じる事などできないとも自覚し、ただ不測の事態に備える事しか出来ず、もどかしい時間を過ごしていた。
時々閃光が走り、フェルの剣が魔の者の何かに当たっている事だけを知る。遠くて殆ど見えはしないが、日の落ち切ったこの闇の中で、その光だけが一縷の望みであるかのように輝きを放っていたのだった。
ルースの剣が汗で滑り、取り落としそうになるのを急いで持ち替えて回避する。いくら日々鍛えてきたとは言え、ルースもただのひとであり、その体力は限界に近付いてきていると感じていた。
今のルースはサポートだ。
ルースの剣では魔の者を傷つける事すらできず、気を反らす位が関の山で、自分の無力さを実感しルースは奥歯を噛みしめていた。
戦闘が始まり、たかが20分程度しか経っていないにも関わらず、魔力も体力も底が見え始めているが、ルースは仲間である者達を信頼し、自分の残る力を使い、魔の者の隙を作る為だけに動き続けていた。
そうしてデュオの放つ矢とフェルの薙いだ剣が、左右から同時に魔の者へと迫り、回避する動きを阻止する為にルースが放った氷の矢が、踏み出そうとした魔の者の足をかすめ地に刺さった。
その3方向からの攻撃に流石の相手も一瞬思考が遅れたのか、フェルの剣を躱す事はできたものの、デュオの輝く矢をその背に突き立てて咆哮を上げた。
「ガァァーッ!」
その声は地を這うようにルース達へと伝わり、それを耳に入れた者の全身に鳥肌を立てた。
― 何という不気味な声か ―
それはまるで地の底から這い出してきたものが、目にする全てに敵意を向けた様な、怨毒みまみれた音であった。
「フェル、猶予を与えてはなりません!」
「おう!―デュオ!!」
「はい!」
3人の和協で再び動き出したルース達は、そこから今のタイミングを維持しながら反撃に出た。
そうして徐々にその攻撃が当たるようになってくれば、フェルの繰り出す剣も躱される事なくその身に届く。
― ザクッ! ―
「グアァーッ!」
耳障りな音を聞き流し、間髪入れず再びそこへ矢が降ってくる。
「ギャァー!」
少しずつ小さくなる悲鳴に、フェルは渾身の力を込めてスキルを使う。
「稲妻斬撃!」
フェルの新たなスキルは、フェルの雷の魔力を含ませて放つ一撃だ。
袈裟切りに魔の者へ当たった剣は、その胸元を切り裂くと同時に稲妻の輝きを発し、その光は深くその身を断ち切っていった。
「ギィヤァーー!!!」
それは、聖の魔力が付けた傷と共にフェルの魔力で作り出した稲妻が、聖の魔力を伴い剣から溢れ出た事で、魔の者を傷つけ切り裂いたのだった。
地を這った様な悲鳴を上げた魔の者は、稲妻の輝きが収まると、剣の通過した上半身をズルリと滑らせゴトリと地に落とす。
そうしてバランスを失いドサリと平原に倒れた魔の者の体は、サラサラとその骸を崩し、通りかかった風によって巻き上げられ消えていったのだった。
そうしてそこには3人の若者だけが残されており、風に洗われ揺れる髪だけが、その者達の存在を現しているかの様であった。
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