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【172】桁違い

 ルース達は細いわき道を抜け、隔壁の境をひた走る。

 この隔壁のどこかに扉がありさえすれば、そこから外に出るつもりだった。


 そして程よい距離感を保ち付いてくる者は、まるでこちらを泳がせて遊ぶ獣のようにルース達の走る速度に合わせ、その距離を詰めるでも離れるでもないままでいたのだった。

 逃げ惑う人々を追いかけ追い詰め、恐怖に歪んだ顔を見る事を楽しみにしているとしか思えぬその行動に、殺意と呼ばれる気配を感じながら、ルースは嫌悪感を隠せないでいた。

「気持ち悪い位、距離が変わらないな」

 フェルは後方で確認をして、眉をひそめた。


「あそこから出られるようです」

 その時ルースが前方に見えてきた隔壁に設置される、一人分程の小さな扉を見付け声をあげた。


 そこへ到着し扉を確認すれば、内側から(かんぬき)が掛けられていたものの鍵は付いておらず、ルースはホッと安堵の息を吐く。そしてキイーッというさび付いた音をさせ開いた扉から、ネージュ、ソフィー、デュオ、ルースとフェルが続いて外へ飛び出していく。


 その扉をわざと開け放ったまま放置して、町から距離を取る為再び走り出す。幸い飛び出してきたこちら側は人通りのある道沿いではなくすぐ裏手には遠くに林が見えるだけで、その緩やかに下る野原には人の姿は見当たらなかった。


「人の気配はないようです。ここでならば事を起こしても、町への被害が出ないでしょう」

「そうね」

 返事をしたソフィーの傍にいるネージュは、町を出た途端人の気配がない事を確認したのか元の姿へと戻り、ソフィーの身の安全を第一に考えた行動をとり始めていた。


 こうして町を出てからも走り続け、見晴らしの良い草原で立ち止まる。

「はぁっはぁっ」

 少し息が上がっている4人だが、すぐさまソフィーが回復(ヒール)で皆を回復させた。

「助かった」

「ありがとうソフィー」

「助かります」

 3人の礼にソフィーは真剣な眼差しを向け、しっかりと頷き返す。

 ここからはソフィーの出番は余りないと言ってよく、戦闘には加われぬために最低限の役割をしただけだと、ソフィーは重々承知している。

「後はお願い。何かあれば私が皆を護るから」

 心強い言葉を贈るソフィーに3人は頷き、迫ってきた黒い異質なものへと意識を集中させた。


「デュオ、ネージュ、後方でソフィーをお願いします」

『うむ』

「はい」

「初めての相手は少し緊張すんなぁ」

 フェルが軽口をたたくように言っているが、言葉とは裏腹に既に全身に緊張を滲ませていた。

「ええ。出し惜しみはしないで行きましょう」

 ルースは風魔法を纏い、剣を正眼に構える。後方では2人が下がっていく気配を感じ、ルースは左手に盾をもったフェルに並んでその場で低く腰を落とした。



 ルース達が止まると、もう逃げださないのかという風に、悠々と歩みを進めてきた魔の者は、そうしてルース達から8m程離れた場所で立ち止まった。


 それを直視したルース達の目に映る魔の者は、人の形はしているがその顔に目の輝きは存在せず、鼻から上はただ黒い影に覆われているだけだった。そして歪に引き上げられた口元は、笑っているのか怒っているのかすら分からない表情を作り出している。


「モウ、ニゲナイノカ?」

 その口から発せられた声は、ザラザラと雑音を纏わせた耳障りなもの。

「チッ、しゃべんのかよ」

 フェルが小声で悪態をつく。

「そのようですね」


 相手の問いに答えもせず2人だけで話すルース達に怒るでもなく、その黒い者はコテリと首をかしげただけで、つまらなそうに「フム」と呟いた。

「モウスコシ、アソビタカッタガ」

 そう言う割に感情の籠っていない言葉を響かせた魔の者は、左手を前方に突き出し、ルース達の真似をするようにその手の中に黒剣を出現させた。


「は?」

「あれは魔力で作り出した剣…。しかし実体があると思った方が良いでしょう」

「チッ、随分と器用なこって」

 フェルの構えている剣が、フェルの魔力放出を受けキラリと光った。

 フェルも初めから魔法を使って戦うことにした様だ。


 と、ここで相手が先に動いたかと思えば、一瞬という間にその距離を詰めルースの目の前に現れると、わざとだろう、その黒い剣をルースが構える剣に当てたのだった。


 ― ガキンッ! ― 

 ――!!――


 ルースは決して気を抜いていた訳ではなく、相手の動きに集中していたはずだった。しかしその動きは予期せぬことで、ルースはその剣の衝撃でザザッと後方へ押し出される。

「フム。テゴタエハアルナ」

 まるで遊んでいる様な言い方で、魔の者は言葉を落とす。

 ここまで大した時間は経っていないはずが、ルースの額に汗が滲み出るのを感じていた。


 ― 強い ―


 それは、たった一撃で分かってしまう程の衝撃だった。

 ルースは剣を構えて腰を落とし、十分に対処できる体勢を整えていたにも関わらず、その動きに反応も出来ず当てられた剣の一撃は重い。


「くっ」

 悔し気な声に続けてその身に纏う魔力から、ルースは瞬時に魔法を生成させた。

炎矢(ファイヤアロー)

 ルースの目の前にいる魔の者へ、ルースは炎の矢を打ち込んだ。

 しかしその炎は魔の者がいた(・・)場所を通過し、遥か前方の地に到達した。


 ― ドンッ! ―


 それもそのはず、ルースが魔法を放つと同時にその身は流れるように横に移動しており、再びルースと間合いをとったその横を通過していったのだった。


「速い…」

 まだルースとフェルは一歩も動いていないのに、相手は10m程の距離を一瞬で移動している。

 これを見る限り、先程はやはり遊ばれていたのだと理解したルース達の陣営に、緊張感が増した事は言うまでもない。

 今の事だけで分かる実力の違いを前に、すっかり暮れてしまった空と同様に、ルース達の心にも黒い闇が下りてくる様な感覚に襲われていた。


 ルースはフェルに視線を送り、連携を図る。

 フェルもそれに頷き返せば、2人はその距離を詰めるため一斉に走り出した。


 魔の者の口角が上がる。

 それは向かってくる2人を遊び道具と捉え、楽しんでいる様にすら見える程の余裕の表情だ。


 ルースは全身に風を纏い、スピードを上げる。

 フェルも魔力を纏っているが、長々と詠唱をしている暇など与えられない戦いでは、ルースのように簡略化していてさえも対応はギリギリで、フェルは自分が魔法を放つ事を瞬時に諦めたのであった。


 そのルース達が魔の者へと距離を縮めるまでの間、デュオから矢が放たれるも、その矢も予測していたというように身をかがめるだけで回避されてしまう。デュオの援護すら、気を反らす事さえ出来ないようだ。


 風を纏ったルースがフェルより一歩早く魔の者へと到着すると、剣を振りかぶり力を込めて振りぬく。

 ― ガキンッ! ― 

 そこへフェルが、ルースとは逆方向から続けて剣を振り下ろすも、いつの間にか魔の者のもう片方の手にも剣が握られており、フェルの振り下ろした剣を受けて一閃が散った。

 ― キーンッ! ― 


 その音の違いに気付いたルースは、フェルへと視線を向けた。

 するとフェルの剣が当たった魔の者の生成した剣が、スローモーションのように粉々に砕かれ散っていくのを視界に捉えたのだった。

 その異変に気付いたのはルースだけでなく勿論当事者が初めに気付いた事であり、魔の者は再び間合いを取るように一瞬で後方へと移動していった。


 それを成した当のフェルはあっけにとられ、瞠目したまま動きを止めている。

「え?俺ってもしかして、凄い?」

 フェルは無意識に言ったようで自分の剣を見ているが、ルースはフェルの剣に、聖魔力の光が満ちている事を改めて認識した。

「フェル、呆けている暇はありませんよ。私が魔法で援護しますので、フェルはその調子でお願いします」


 ルースの声にハッとした様に集中を取り戻したフェルは、その言葉の通り再び間合いを詰めて走り出していく。ルースはフェルの動きを見越して魔の者の移動を阻止する為、自身も回り込むように駆け出しながら魔法を打ち込んでいった。

 ルースが絞り込む方向へと移動を促される者は、想定されている事にも気付いていないのか、ルースの誘導するままに移動し、フェルと剣を交える事になる。


 ― キーンッ! ―


 そのたびに魔法で生成した剣が砕けるも、魔の者は同じ動作を繰り返している。


 こうしていればいつか魔の者を追い詰める事が出来るかもしれないが、しかしこの方法では相手の魔力が尽きるまで戦わねばならず、ルースは何かのきっかけを待つかのように、魔法を打ち続けていたのだった。


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