【171】澄んだ音色
数日後、ルース達はノーヴェの町に到着した。
ルース達がこの町に寄ったのはただの中継地点という名目で、いつもの様にクエストを受け長期滞在をする予定ではないが、1日2日位はこの町にいる事にしたというだけだ。
このノーヴェの町はミンガ程の規模の町であるが、割と人通りが多いと感じる町である。それもそのはず、この町は主要街道の分岐路にあり、東西南北へ続く道が隣接する小高い丘の上にある町だった。
その為、商品と人の流通が多いのか、町は賑わいを見せているのだった。
この分岐路から北にはもう町と呼べるものは無いらしく、家畜を飼養したり農作物を育てたりする村々があるだけとの事だ。そして南へ行けば数多の町を経由して王都へと辿り着き、西へ行けばこの国の最西端の“ヒューガ“という町に繋がっている。
ルース達は目下、この最西端のヒューガの町を目指していた。
ルース達がメイフィールドで次の行先を検討していた際、この国の西の果てには海というものへと繋がっているのだと知り、ルース達はまだ誰一人として見た事のない海を、自分達の目で確かめてみたいという話となり、ルース達のこれからの旅はゆっくりとそのヒューガを目指していくことにしたのだった。
その旅路で初めに寄る町ノーヴェでも、いつもの様に冒険者ギルドを目指すルース達は、宿と、途中で倒した魔物の清算を一番の目的とし、クエストを受けるかはまだ未定である。
町中の商店街を通り過ぎ武器屋がある辺りを探してみれば、やはり冒険者ギルドらしき重厚な建物を見付け、ルース達はその使い古された扉を潜った。
今は夕方前で冒険者ギルドでは人の少ない頃合いだった。その為すんなりとデュオのパーティ登録とギルドの宿を確保し、ルース達はその部屋の確認を済ませると、再び町中へと足を運んだのだった。
まずは町の様子と物の値段を確認するのは、最早いつもの習慣だ。
八百屋に肉屋やパン屋などで食材を調達しつつ、ルース達は夕食を済ませるため手近な町の食堂へと入った。
割と広めの店内には既に酒を飲んでいる者達もおり、外の気温よりも少し暑いと感じる室内の空気に、ルース達へ真夏の暑さを思い出させる熱気がそこにはあった。
「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」
配膳をしながら20代位の女性が、入店してきたルース達へと声を掛けた。
その声に促されルース達4人とネージュ、そしてフェルの肩に乗るシュバルツも一緒に席に着く。
早速店内の壁にあるメニューに目を通し、フェルは“濃厚炙りボアのわんぱく定食“、デュオは“ホロホロ鳥のフリット定食“、ルースとソフィーは“シーカディ“を頼んだ。
「お?ルースはまた冒険メニューを頼んでるな?」
「勿論です。聞いた事がないものは、その地域独特のものかも知れないでしょう?でしたらそこで食べてみるのが、本当の冒険者というものです」
「ふふふっ」
同じメニューを頼んだソフィーも「そうよね」と言って笑っている。
ルース達はこのカディを既に数回食べた事があるが、それは元気定食とメニューに書かれていたり、名前が載っていなかったりで、この食べ物の名前を知らないのだった。
「ただ今回のカディというものについては、おおよそ見当が付いているので、そこまで冒険ではないんですよ?」
「カディと言えば鼻に抜ける香りが刺激的で、嫌いな人はいないという食べ物の事だね」
デュオはカディを知っていると言って嬉しそうに頷き、好きな食べ物だという。
「じゃあデュオも、カディにすれば良かったんだよ」
「いいえ、今はホロホロ鳥の気分なんで」
フフンと鼻を鳴らすデュオも、食べ盛りの若者だ。
フェルとデュオは程よく筋肉をつけた体躯であり、体を維持する為にもよく肉を食べており、デュオは今ホロホロな気分という事らしい。
こうして運ばれてきた食事は全てにおいて量が多い物で、ソフィーはフェルとデュオの山盛りになっている肉に、目を丸くしていた。
そしてルースとソフィーが頼んだシーカディは、海の物を使ったカディという意味だったと知る。
その茶色いスープに野菜は勿論入っているが、肉の代わりにクラーケンやハーミットクラブといった魔物や貝類などが入ったものが、こちらも大きめの皿に並々と盛られ、更にライスかパンを選べるようになっていて、ルースはライスをソフィーはパンを頼んでいた。
「海のものは一味違いますね…」
「そうね。こちらの方がさっぱりしているというのか、でも奥深いような沢山の味を感じるわね」
早速一口、口に入れたスープの香りを楽しみ、2人は感想を言い合っている。
その2人に目を向けるフェルとデュオも、その会話が少々気になっているらしいと分かる。
「私は全部食べ切れないと思うから、2人も食べてくれる?」
ソフィーはそう言って、フェルとデュオに笑みを見せる。
そして待ってましたと言わんばかりに取り皿をもらった2人は、程ほどの量を分けてもらい、そちらも口に入れている。
「んん。確かに湖音鈴で食べたのとは別物だな」
「ほんとだ。香りが優しくなってるけど、しっかりとした味がする…」
そんな食べ物たちは結局、フェルのお肉もデュオのお肉も皆が味見する事になった。
そして、肉もライスもパンもカディも全てを網羅したシュバルツは、満足気に目を細めていたのだった。
皆が満足気に食堂を後にすれば、空は薄闇が下りてきている時間となっていた。
そんな時間になってもノーヴェの町は活気に溢れ、道行く人たちも店先に顔を出している店主へ声をかけている。
そんな治安も悪くなく物価も安い町中を眺めつつルース達は談笑の声をあげながら、確かな足取りで冒険者ギルドのある人通りの少なくなった通りへ入り、冒険者ギルドの建物を視界にとらえた。
時々冒険者ギルドの扉が開き、疲れた表情の者達が皆こちらへ向かって歩いてくるが、それもそのはず、反対側は人の気配もなく暗闇が広がっているだけで、人が行くような建物は何もない様子なのだ。
そんな事を考えルースが視線を道の奥に向ければ、その道のずっと奥、灯りの無い道に一人佇立する人影を捉え、その瞬間ルースは全身の毛穴が開くような感覚を覚える。
まだずっと遠くで、人が立っている事位しかわからないその距離で、ルースはその感覚に危機感を抱き立ち止まった。
「ん?どうした?」
フェルが一早くルースの動きに気付いて振り返るも、その時ルースの2歩先に居たデュオの足も止まる。
「変な臭いがする…」
問いかけられたルースより先に、デュオが言葉を落とす。
そっちもか?とフェルがデュオを振り返れば、ネージュがソフィーの前に立ち塞がった。
「ネージュ…」
と、ソフィーも不安に揺れる声を落とした。
フェル以外が全て異常とも呼べる行動を起こした事で、フェルはルースが凝視するその先へ視線を向けた。
「何だあいつ…全身真っ黒じゃないかよ…」
フェルは遠く離れて立っている者を認識し、低く声を発した。
そうしてここにいる者全員が、その黒い異物を認識する事になった途端、その異物はフェルの声が聞こえていたかのように、フェルの言葉が終わると同時に足を踏み出し、ゆっくりとこちらへ向けて歩き出したのだった。
““リーン““
その時2つの澄んだ音色が耳元をかすめていった。
『今の音はソフィアの魔力じゃ。あの禍々しい気配を感知したのじゃ』
ネージュの緊張を含んだ声に、フェルもやっとその者の異質さを認識した。
「マジか…」
フェルはそう言うと眉間に力を込めた。
ルースは足に力を入れて気合を入れ直し、背筋を伸ばして皆に言う。
「あれは魔の者です。ここは町中、あれが何かをすればここにいる人達に危害が及びます。私達が引き付け、町の外へと移動させましょう」
ルースの指示に皆は深く頷いた。
「でも上手く付いてくるか?」
「まだ分かりませんが、こちらが何らかの動きを見せれば、あれは私達を認識するでしょう。そして逃げ出したように見せて方向を変え、町を出ます。私が先頭で誘導しソフィーとデュオを間にして、フェルはしんがりでアレが付いてくるか確認してください」
「おう」
「ええ」
「了解」
皆の応えと同時にルース達は走り出し、冒険者ギルドを通り過ぎそのまま突き進む。相手はその動きに気付き一瞬立ち止まったが、そのまま何事も無かったように再び足を踏み出した。
まだルース達は武器を掲げてはいない。
すれ違う人々が駆け出したルース達へと視線を向けるが、それらは興味を失ったように通り過ぎていった。
そして魔の者へとルース達は近付いて行き、後30mというところでルースはその者と視線が合ったと気付き、そこで脇道へと逃げるように方向を変えて入っていった。
「こっちに出口はあるのか?」
「分かりませんが行ける所まで行ってみます。フェル、付いてきていますか?」
「ああ。上手く掛かったらしい」
それでいい。
このまま町の外にさえ出てしまえば、こちらからも応戦する事ができるし、人的被害も最小限にできるのだ。
この町にいた魔の者は、青きものと対峙した個体と同一かは分からないが、人知れず町中へと姿を現したその存在に、ルース達は戦い方も分からないまま、ただ町から離れる事だけを考え、魔の者を引き付けながら走り続けて行ったのだった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。
追記:2024.7.10
冒険者ギルドでデュオーニのパーティ登録をいたしました。笑