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【168】揺らぎ

 その後その日に聖獣から聴いた話は、間借りした部屋で話す事も出来ず、ルース達は各自の胸の内に留めておく事となった。


 そして翌日その村を出発する頃には、ネージュが結界に気付き皆へと知らせてくれた。

『無事に、結界を張り終えたようじゃのぅ』


 それに皆は頷きながら、そして見送りに来てくれた者達の中に、昨日の子供ニーチェの姿を見つける。

 あれからニーチェとは会えていなかった為、皆はニーチェに向かって笑みを深めた。それは、あの鳥はしっかり飛び立って行ったよ、という気持ちを伝えるための笑顔だ。そしてその笑みに気付いたニーチェも、嬉しそうに笑みを広げた。

 こうして手を振るニーチェ達に見送られ、一行は村を出発した。


 徐々に遠ざかる村を振り返るもルースの目には結界は見えないが、村を幾分過ぎた辺りで魔力に微細な抵抗を感じ、これが結界を抜けた感覚だろうとルースは思った。

 こうしてルース達はジャコパ村で夜を過ごすと、商人達と共に村を後にし、再びミンガまでの道のりを進んで行ったのだった。



 穏やかな道をゆっくりと進む馬車を護衛しながら、暑い位の陽ざしの中今日は特に異変もなく、夕方には目的地であるミンガに無事到着した。


「短い間だったけど、付き合ってくれてありがとう。これは少ないけど、依頼の代金だから受け取ってくれ」

 そう言ってペイジが渡してくれたのは、2枚の金貨だった。

「あの、少し多い気がしますが…」


 冒険者ギルドで貼り出される商人の護衛は、1パーティで1日当たり銀貨2枚程度が平均と言われていた。そしてルース達は依頼を受けたものの、今まで金銭の話はしていなかった。どうせ方角も同じであるし、村での宿泊や食事の手配までしてもらっていた為、金をもらえずとも良いとさえ考えていたのだ。

 それが思っていたよりも多い額を手渡された為、ルースは恐縮してしまっていた。


「いいんだよ。今回の事は、元はと言えば自分達の気の緩みから起こった事だからね。今後は喩え1人でも、護衛を連れて移動しようという事にしたんだ。それに、危ない所を助けてもらった事に対する礼も入っている。本当はもう少し渡したかったんだが、これで勘弁してくれると助かるよ」

 そうペイジが言えば、隣でパーカーも頷いていた。


 その2人の表情を見て、ルース達は有難くそれを受け取ることにした。

「こちらこそ、途中では色々とお手配して下さり、ありがとうございました」

 本来ならば、急遽雇われた護衛であり宿泊場所もなかったはずで、ルース達は野営と言われる事さえ念頭に置いていたのだ。

 それを2人は村長に掛け合ってくれ、この人数が泊まれる場所を探してくれた。突然の申し出ではあったものの、村長達は快く対応してくれた為、ルース達は快適な夜を過ごさせてもらったのだ。



 こうして互いに礼を言い合いミンガの町で別れたルース達は、この町には留まらず補給物資だけを仕入れ、再び出発しようという話になった。

 立ち寄っただけのミンガの町は、ルース達が初めに訪れた町カルルス位の規模で、大きすぎず小さすぎずといった町並みに人通りはあるものの、町の者は穏やかな表情を浮かべている者が多いのんびりとした町だった。

 一応ここミンガでは、デュオーニのマジックバッグを探すために道具屋に入ってみるが、残念ながらこれといった物がなく、食料のみを入手しただけでこの町を後にしたのだった。


 ルース達の次の目的地は西へ向かう道沿いの町“ノーヴェ“で、メイフィールドの町からは街道沿いに、約5日の距離だと聞いていた。

 ミンガの町からは4日程かかるらしくその間にもやはり村しかない為、どうせならとルース達は道をはずれて森の中を進むことにした。これは足跡を残さない為もあるが、人に聞かれたくない話をしたり、クエストを受けない期間の素材集めの為でもあった。

 それから数日の野営を挟み、魔物を倒しつつ先日新たにもたらされた過去の情報を話し合いながら、人の気配のない場所を選んで移動していった。


「そもそもネージュは、あそこに青きものが居たのを知っていたのか?」

 フェルは、陽が落ちても気温が下がらなくなってきた木陰の中、小さく作った焚火を前に、水で濡らした布を首に当てながらネージュを見ていた。

『我ら聖獣は互いに干渉せぬものゆえ、青きものがあそこの森におったのは偶然じゃのぅ』

 ネージュの少し誤魔化した言い様に、ルースは視線を送った。


「では、青きものに接触した時点でネージュが気付いた、という事でしょうか?」

 はぐらかせぬ問いを重ねたルースの問いに、ネージュは諦めたように話し出す。

『聖女が居たという話をしておる時には、あやつの気配に気付いておった。じゃが、気配も薄く結界もなかった事であるし、聖女は他の聖獣とは会う事もなかろうと考えたゆえ、特に伝えるまでもないと結論付けたのじゃ』


 その答えに、ソフィーはスーッと目を細めてネージュを見据えた。

「近くに他の聖獣が居るって位は、ちゃんと伝えて欲しかったわ?それに、気配が薄かったのは瀕死状態だったからでしょう?今回は運よくニーチェ君が連れて行ってくれたから対応できたけど、もしあのままだったら、青きものは死んでいたかもしれないのよ?」

 ソフィーは傷ついたものを放置するなんてと、機嫌が悪くなった。

 ネージュの顔を見れば、これだから言いたくなかったのだと言いたそうに、ルースを横目に見ていた。


 その視線を受けてルースは苦笑をこぼした。

 これではまるでルースが悪いようであるが、単にネージュの言葉が足りないだけなのだから、矛先をこちらに向けるのは止めて欲しいと、ルースは息を吐いた。


「それで、その最初の聖女達ってどうなったの?」

 青きものについては苦情を言い終わり気が済んだのか、ソフィーは次の質問に取り掛かる。

 先日、流れとして触れただけの初代の聖女の話は、最後に残った聖女が封印したとしか聞いていないからだ。


 ソフィーの話が自分から逸れた為、ネージュは一つ息を吐いてその問いに答える。

『ふむ。初代の聖女は、現在魔の山と呼ばれる場所に闇の魔の者を封印し、一人この地に戻ってきた。それを待っていた者達は聖女から事の顛末を聞き、倒しきれずに封印した事を知ると、魔の山から離れるようにして人々は南へ集まり始めたのじゃ。それから時間をかけて町を築き、人々は集って行った。それが今の王都と呼ばれる場所。そして闇の魔の者が封印から放たれる事を恐れ、聖女と呼ばれる娘を手元に置くようになった。その初代の聖女は、そこで生涯を終えたという事じゃ』


「その頃にも、聖女という職業(ジョブ)はあったのですか?」

 デュオーニは、その当時にも今のように聖女という職業(ジョブ)によって、その者が区別されていたのかと尋ねる。


『我は、その聖女とは共におらぬゆえ詳しくはないが、その当時はまだ女神と呼ばれておった様であるし、今のように人々がステータスと呼ぶ物も視る事は出来なかったはずじゃ。それから暫くして、魔力を持った者が魔導具や魔剣と呼ばれる物を作り出していったと記憶しておる。職業(ジョブ)というものはそれらができ、時間が経ってから認識されるようになったものじゃ』

 ネージュは古い記憶を手繰り寄せるように目を細め、焚火の灯りが届かぬ暗闇を見つめていた。


 その初代の聖女とはいったいいつの事なのか、ネージュの口ぶりでは、500年やそこらの話ではないと推測できるものだった。

 ルースは、ステータス掲示板らの魔導具がいつからある物なのかを知らないが、皆が当たり前のように使う魔導具と呼ばれるものは、ここ数百年で出来たものだとは考えられず、遥か昔の人々の努力と、魔の者達に襲われその目で見てきた恐怖を払しょくするための、一種の執念で作り上げた物ともいえるのだろう。


「聖女が一人で戻ってきたという事は、その聖女に付き従っていた勇者…達は、戻ってこなかったのですね?」

 ルースはそこも気になって、ネージュに確認する。

『ふむ。後に聞いたところによれば、聖女に想いを託し全て倒れたと聞いておるゆえ、聖女以外戻っては来なかったようじゃのぅ』

「「「………」」」


 ルース、フェル、デュオーニは、その返答を聴き奥歯を噛みしめた。

 お伽噺に出てくる程の勇者でさえ戻っては来なかったという事は、並みの人間では太刀打ちできない事を意味している。


『闇の魔の者の封印は数百年の間に弱まってゆき、その度に闇の魔の者は再び人の世に姿を現しておる。我ら聖獣もその時に備え、聖女と運命を共にするものとして永い時間を生きておるのじゃ。聖女が封印をせねば、この世は魔の者の巣窟となろう』


「なあ、その闇の魔の者って倒せないのか?封印ばかりしていたんじゃ、封印と復活を繰り返すだけなんだろう?」

 フェルが言う事は尤もな事だ。

 だがそれにはネージュは答えず、困ったように眉尻を下げただけだった。

「その闇の魔の者って、どれ位強いんですか?」

 デュオーニもそこを言及するも、ネージュはソフィーを見つめて首を振った。


『我は未だ直接相対するには及ばず、それは我も計り知れぬ事。封印の周期により、その時の聖女の聖獣が対峙してきたが、聖獣もまた聖女を護るために命を落とす。それゆえ直接相対した聖獣で生き残っておるのは、青きもの位であろう』


 ネージュが前回共にした聖女とは、最期まで寄り添ったと言っていたはずだ。従ってその聖女と居た時間には、封印は解かれていなかったという事になる。

 その為ネージュも自分の目でその者の強さを把握しておらず、答える事は出来ないらしい。


 答えを持たず、再び遠くを見つめるネージュが作り出す影が揺れる。それは焚火の揺らぎのせいではなく、ネージュの心の揺らぎである様な気がして、ルースは愁いを帯びた瞳でその影をじっと見つめていたのだった。


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