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【165】追想

『コチラダ』


 シュバルツの姿を追って、ルースはフェル達に少し遅れ子供の行く先を追えば、もう村を出て森の中へと案内された。

 そのシュバルツが下りてきて低い位置を飛ぶ。木々の間を縫うようにルースの前で翼を羽ばたかせた。

 ルースは小走りでシュバルツを追い、今は森の中を10分程進んだところである。


 やっと前方に仲間の姿が見えたと思い、その場所へとスピードを上げて到着する。

 皆はこちらに背を向けて誰かを囲んでいるらしく、ルースの到着には気付いているだろうがまだルースを振り返る者はいない。


 ここは木々の生い茂る森の中で、特に高低差がきつくなっている場所だった。その為、人は余り侵入した形跡もなく、下草も今の季節を喜んでいる様に膝位置まで伸びてきている。ここはそんな小高い地面が張り出した所で、仲間たちはその崖の上に集まっていた。

 そんな鬱蒼とした森の中に動けない程の怪我人がいるとなると、ニーチェと友達がこっそり森の中に入り、その友達が怪我をしたのだろうかとルースは思った。


 ルースが皆と合流した事で、シュバルツは近くの木に舞い降りた。

 ルースは追いついた仲間の背に、声を掛ける。


「すみません、遅くなりました」

 ルースの声で仲間の3人が振り返った。しかし何故か困惑と不安を織り交ぜた表情をしている。


「怪我人は無事ですか?」

 3人の表情に、ルースは手遅れだったのかとの思考が一瞬よぎるも、しかし誰も悲痛な表情は浮かべていない事で、その考えは間違えであろうと即座に修正する。

「ルース…」

 ソフィーが何かを含んでルースの名を呼ぶ。

 どうしたのかこの3人の反応は、怪我人を前にした者と違うとルースは戸惑いつつ、傾斜を登りきりその怪我人を視界に入れた。


 しかしそこにいたのは倒れた人ではなく、横たわった一羽の鳥でありルースは目を見開いた。

 しかしそれは一見“鷺“という鳥に見えるのだが、その大きさが鷺ではないとわかる位大きく、その体長は細い首先まで含めれば3m近くある。

 そのうえ体に纏う羽根は、真夏の空を写し取ったような瑠璃色をしていたのだ。


青鷺火(アルデーア)…?」

 ルースは大きく目を開き、その横たわる鳥を見つめた。


 ルースが今言った名は、この青い“鷺“に見える魔物の名前。

 それは以前ルースが書物で読んだ時に得た知識であり、ルースもその姿を見るのは初めてだった。


 それもそのはず、その青鷺火(アルデーア)は伝承の中に語り継がれている鳥で、幻獣という種類に部類されると記載されていた。

 その書物は伝説上の生物の名前を綴ったもので、幻獣や聖獣、魔物などといったお伽噺に出てくる様な類の、特徴や各地の言伝えなどが書かれていた物だ。

 その中に青い鷺の姿をした幻の鳥がいるという記述があり、それを見た者は幸せになれるのだと、夢見る様な事が書かれていたはずだ。しかしこの書物自体、実在するのかしないのか分からない物を紹介しているものであった為、ルースは物語を読むようにしてこの本を読んだ記憶があった。


「アルデーア?」

 デュオーニがルースの声を拾ってその名を繰り返すも、ソフィーは表情を引き締め、ルースを見つめた。


「今は話をしている暇ではないみたい。この子は随分と弱っているの。一見、外傷は少ないけど、なんだかとても嫌な気配を纏わりつかせている感じがするし…」

 ソフィーの説明にルースも皆の傍で腰を落とし、そっとその鳥に触れようと手を伸ばした。


『おぬしは触れてはならぬ』


 今まで静かにしていたネージュが、そう言ってルースの動きを止める。

 それは何故かと問おうとしてルースがネージュを見れば、ネージュの視線はいつになく強い光を宿していた。

 そんなネージュの制止もあり、ここは話をしている場合ではないとルースは頷き、伸ばしかけた手を引いた。


「ねえ…怪我を治せる…?」

 その時ニーチェから不安に揺れた声が落ちた。

 その声で、ニーチェがこの鳥を助けようとしていた事をルースは思い出す。


「なあ、傷薬は要らないんじゃないか?俺も他の事が原因な気がする…」

「ソフィーさんには、何かわかりますか?」

 フェルとデュオーニはそう言ってソフィーを見るも、ソフィーは眉根を寄せてネージュを見ていた。


 そうしてソフィーはネージュに向かってひとつ頷くと、「やってみる」と言ってその青い鳥に手を伸ばした。

 “バチッ“

「いたっ」


 伸ばした指先が何かに弾かれたような衝撃を受けたソフィーは、その手を胸に抱き込み、ルースに視線を向けた。

「え?また弾かれたのか?」

 フェルも“また“という言い方をして、ルースを見る。

「どういう事ですか?“また“とは…?」

 視線を受けたルースは困惑する。

「この前ルースが倒れた時も、ソフィーが治そうとして手を伸ばしたら、今みたいに弾かれたんだ」


 ルースは初耳であるその出来事に、驚いて2人を凝視する。

「ルースの時は、ただの魔力酔いってネージュに言われたから安心だったけど、この子は明らかに弱っているから何とかしないと…でも触れないんじゃどうしたら…」

『ソフィアよ、浄化を使うと良い。それで、触れる事も出来るであろう』

「浄化…」

 デュオーニがネージュの声を拾い戸惑いをみせるも、ルースとフェルはソフィーに頷いて返した。


 今までの旅の中で、体が汚れてしまったりした時などには、時々浄化という魔法をソフィーにかけてもらった事がある。それを掛けてもらうと汚れた体もさることながら、気分さえもスッキリとし、何なら活力さえも湧き出るように感じた魔法である。


「わかったわ」

 ソフィーはネージュの助言に頷いて、それとは距離を置いたまま詠唱を始めた。


「友たる精霊よ、その清らかなる思いのままに、我の願いに触れたまえ。“浄化(カタルシス)“」


 ソフィーを清々しい風が包み、それが周りに広がっていく。

 淡くキラキラとした光が辺りに舞い落ちていけば、それは青い鳥の上に降り注ぎ、その体に粉雪のように降り積もった。まるで雪が溶けるようにその体に消えていく様子を見守れば、その光が消えた時には辺り一帯の空気すら変わっていると分かる。


「あぁ、呼吸がしやすくなったな…」

 フェルはそれまでとの違いに気付き、自分の呼吸が楽になったと言った。

 ルースは到着時には急いでおり、元々呼吸が乱れていたので気付かなかった事だが、確かに今は先程よりも肺に入る空気が清々しいような気がした。


「もう触れるかも…」

 状態も分からぬものを手探りで治していくソフィーは、真剣な眼差してその青い鳥だけを見つめている。

 そしてそっと手を伸ばし恐る恐るその鳥に触れれば、ギュッと口元を引き締め、眉間にシワを作った。

「どうした?」

 フェルはソフィーの表情を見て、心配そうに声を掛ける。

「…触れるようにはなったけど…これは…」

『呪詛じゃ』

 ネージュの声が再び落ちた。

「え…?」


 そんなルース達のやり取りを巻いているニーチェは、少々いらだったような声をあげた。


「ねえ、なおせないの?おねえさんたちじゃ無理?きず薬もきかないの?」

 ニーチェには魔力がない為、先程からルース達が何をしているのか全くわからない様で、何も変化のない鳥を焦ったようにチラチラと見ている。


「ごめんね。この子は普通の怪我ではないみたいで、今私達が出来る事をしようとしているところなの…」

 ソフィーは申し訳なさそうに、ニーチェに謝罪する。

「やっぱり大人の人に話さないと、なおせないの?」

「ニーチェさん。このお姉さんで治せないのであれば、他の人でも治せないのです。焦る気持ちはわかりますが、もう少しだけ待っていてくださいね」

 そう言って、ルースはニーチェに優しく語り掛ける。

 するとニーチェは悲しそうに顔を歪めるも、頷いてくれた。

「ぼくが見つけた時はもうこのままで、ちっとも動かないから死んじゃってると思ったんだ。でもまだあったかいし、青い鳥はころしちゃいけないって、うちの村ではみんなそう言ってるから…」


「わかったわ。この子が助かるように、私も頑張ってみるわ」

 ソフィーの言葉で深く頷いたニーチェは、それで納得したのか静かになった。


「ルース、解呪の魔法ってわかる?」

 ソフィーはまだその魔法を知らなかった。そのため魔法の知識を持つルースに尋ねたのだ。

「以前読んだ本に、その記述があった気がします。さらりと目を通しただけなので…少し待ってください」

 そう言ったルースは目を瞑り、その時の記憶を辿る。


 ソフィーと出会ったスティーブリーの町の図書館で、ソフィーが今後使えそうな魔法を覚える為に読んだ本を思い出していく。ルースはその時から既にソフィーは聖女ではないかと気付いていた事もあり、聖魔法を特に読み込んだ覚えがあるのだ。

 そしてその中に呪いに関するものもあったはず。そうして辿った記憶の中に、その一文を見つけた。


 パチリと目を開いたルースは、迷いもなくソフィーに視線を向ける。

「思い出しました。ソフィーは私の言葉の後に続けて、詠唱をしてください。これは直に触れて魔法を発動させた方が良いと思います」

「わかったわ。ありがというルース」


 ルースとソフィーは頷きあって、青い鳥に視線を向ける。

 そしてルースは解呪の詠唱文字を思い浮かべると、その口を開いた。


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