【163】頼まれごと
ルースとフェルは駆け抜け、少しずつ上っていく傾斜を登り切った先には、視界の中に先程すれ違った幌付きの馬車を、ゴブリンの群れが遠巻きに囲んでいるのが見えた。
「10匹?」
「それ位居そうですね」
軽く状況確認をした2人は、その馬車に向かって矢のように駆け抜ける。
荷を引く2頭の馬はゴブリンの突き出す剣に怯え、嘶きを上げて立ち上がり、馬車はそのたびに大きく揺さぶられるように揺れていた。
「うわー!!」
「やばいっ!!」
それに耐えきれなくなった御者席にいたらしき2人の人物が、飛ばされるように振り落とされ地面に落ちた。
そうして左右に転がり落ちた人達は、すぐさまゴブリンが群がるように突っ込んで行く。
「くるな!!!」
「やめろー!!」
2人の悲鳴に似た叫び声は、ゴブリンの不気味な鳴き声に埋もれていく。
『ブギャー!』
『グゴッグゴッ』
『ブュギー!』
「フェルッ!」
「おうっ!」
ルースとフェルは即座に馬車の左右に回り込み、ゴブリンを薙ぎ払いながら振り落とされた者の前に躍り出た。
それぞれの前に立ったルースとフェルは、風きり音を立てて剣を振るう。
― ビュンッ ―
『ギャーッ!』
― ブゥンッ ―
『ギィエー!!』
「大丈夫ですか?」
「あっああ、何とか…」
ルースはその声に視線も向けず頷くと、群がっていたゴブリン達へと横凪に剣を振りぬく。
フェルももう一方の人物を背に庇い、黙々と風を切っているかの如く軽々と剣を振っていった。
ゴブリンは、ルースとフェルが送り出す剣に当たり深い傷を作って弾き飛ばされ、そしてそれを見ているはずのゴブリン達も、躊躇うことなく剣や槍を突き出して続々と向かってくる。
それらも剣で弾き返していれば、どこからかヒュンと矢が飛んできてフェルの足元に刺さった。
「っぶねー」
それを感知して避けたフェルが、悪態をつく。
「ゴブリンアーチャーがいるようですね」
「邪魔だな」
フェル達が戦闘を開始してすぐ、ソフィーとデュオーニも追いついてきていた。そして少し離れた場所で立ち止まったデュオーニは、矢を番えて射るタイミングを見計らっている。
「デュオ!アーチャーを頼む」
「はい!」
『魔力を感じる事じゃ。さすれば矢はそれに応えよう』
ネージュの指導を聴き、デュオーニは深く頷く。
自分が狙うゴブリンアーチャーは、視界の中で動くゴブリンと離れた場所にいるはずだ。そして周りの木々へと視線を巡らせ、デュオーニはその姿を捉えた。
それはルース達から10m程離れた、木の幹に隠れるようにして弓を番えているゴブリンアーチャーだ。
デュオーニがチラチラと姿を見せるそれに集中すれば、ふわりと体の周りに魔力が広がり緑の光がデュオーニを包む。ここからは30m…大丈夫、届く!
― カンッ ―
弦を弾く矢の音が通り過ぎれば、それは再び矢を射ろうと身を乗り出していたゴブリンアーチャーの胸に吸い込まれた。
『ギャーアーッ!』
そのゴブリンアーチャーは手にしていた弓と矢を落とし、ドサリと前に突っ伏した。
その間、ルースとフェルは群がるゴブリンの数を徐々に減らし、ゴブリンアーチャーが存在を消して少しすれば、最後のゴブリンも断末魔の声を残して地に伏した。
『ギャアーー!!』
― ドサッ ―
“ヒヒーーンッ“
“ヒーーィヒィーンッ“
魔物は倒れたものの、2頭の馬はまだ立ち上がったり足を鳴らしたりして、目を剥いたまま興奮している。
「こらっ、もう大丈夫だって」
フェルが馬の横から手綱を握って鎮めようとするも、我を忘れる程興奮しきっている馬にフェルの声は届いていない。
そこへ、ネージュと共にソフィーが近付いてきた。
「ソフィー危ないから来るなよ。まだ興奮してんだよ、こいつ」
「大丈夫よ、フェル」
そう言ったソフィーが、手の中に薄く魔力を貯めるのをルースは視ていた。
そしてその手を馬に近づけて行けば馬は次第に落ち着きを取り戻し、ソフィーが手を添えると荒い鼻息を鎮めるようにブルルッと首を振った。
そうして隣のもう一頭も静かになった馬に引きずられるように、少しだけ大人しくはなるものの、まだ足を踏み鳴らす馬にソフィーが近付いて撫で上げれば、その馬も平穏を取り戻したかのように大人しくなる。
それを見ていた者達は、ただ感心するばかりであった。
「凄いな、お嬢さん…」
一人がソフィーに見とれていれば、もう一人が話す。
「パーカー、大丈夫か?」
「あ?ああ、そっちは大丈夫か?ペイジ」
そして両脇に落ちた2人が、互いの無事を確認し合っていた。
それから落ち着きを取り戻せば、もう一人が回り込んで来てルース達の前に並ぶと、4人の冒険者に頭を下げた。
「危ないところを助けてくれて、ありがとう」
その並んだ2人は20代後半位の年齢で、身なりは商人と言った風で、ジャケットは着ていないものの、白いシャツにベストを着け、ゆったりしたズボンながら作業着とは思えない少し上質そうな生地の装いだった。
「いいえ、ご無事の様で何よりです。お怪我はありませんか?」
「ああ。ちょっとかすった位で、大した怪我はしてないよ」
そう話す人達を見れば、馬車から落ちた時に転んだのか少々汚れてはいるものの、しっかりと立っているし、本人の言う通り、あってもかすり傷くらいだろうとホッとする。
そして2人は、それから簡単な自己紹介を始めた。
「私達は“ソロイゾ“という町の商人で、私は“ペイジ・リズモンド“、彼は“パーカー・ステインズ“。この先の“ミンガ“という町へ荷を運んでいる途中だったんだ。君達のお陰で、馬も積み荷も無事だったよ」
そう言って商人は、再び頭を下げた。
知らない町の名前にフェルが首をかしげていると、その商人はソロイゾとは、この国の中央付近にある町で、ここまで馬車で5日程かかる距離だと教えてくれた。
「そうでしたか。長旅で大変ですね」
そう言ってルース達も旅の冒険者であると、簡単に自己紹介を済ませた。
聞けば、ソロイゾからミンガまでは片道約一週間。その間にある村々で宿泊させてもらいながら、そこでも商品の受注や販売、買取りをしつつゆっくりと進んでいるという。
「それでミンガから戻る際に、途中の村で注文を受けていた物を届けながら帰っていくんだ」
「へえ、大変ですね」
フェルの言葉を聞きつつも、ルースは効率の良い商売をしているなと、旅の往復も無駄にはしない商人たちに感心する。
そんなルース達と話をしていた2人がその後打ち合わせを始めた為、ルース達はそこから離れ、散らばるゴブリンの耳を切り取り一か所に集めていった。
これらはこのまま放置する訳にも行かず、こうして片付けるまでが倒した者達の義務であるとルース達は認識している。その為、商人たちを送り出した後で処理しようと思っての行動であった。
結局集めたゴブリンは12体。割としっかりとした群れであったようだ。
ルース達がそうして作業をしていれば、商人の内の一人、ペイジより少し痩せて背の高いパーカーが声を掛けてきた。
「君達すまないが、頼みがあるんだ」
その声に、ゴブリンを積み上げていたルース達が振り返った。
「はい、何でしょうか?」
「君達はミンガまで行く予定はないかい?もし良ければ、ミンガまで護衛を頼めないだろうか」
その問いに、ルース達は顔を見合わせた。
ミンガという町はここから西に向かうが、予定進路より少し北上した位置にあるらしい。その町に寄る予定ではなかったが、ルース達は時間が決められている旅でもない。
フェルは「任せる」という顔をし、ソフィーとデュオーニはフェルに同意するように頷いた。
ここからミンガまで2日程をかけ、この商人たちは進む予定にしていると聞いた。多少ペースは落ちるかもしれないが、これも何かの縁であるとルースは答えを決める。
「わかりました。私達でよろしければ、ミンガまで同行いたします」
思考の為少し間をあけて答えたルースに、パーカーと後ろで聞いていたペイジがホッとした様に顔を緩めた。
「急で悪いね。以前はこの辺りに魔物が出る事が余りなかったんで油断していたから、護衛を雇っていないんだ。帰りは冒険者ギルドに依頼を出すことにしたけど、ミンガまでは君達にいてもらえると助かるよ」
「はい。では2日間、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、受けてくれてありがとう」
こうして話が纏まれば、早速ペイジとパーカーは馬車の確認と手綱などの損傷を細かく確認し、出発の準備に取り掛かったようだった。
その間にルース達もゴブリンの処理をしなくてはならない。
「どうする?」
「燃やすのは、時間がかかるわね」
「では、埋めてしまいましょう」
デュオーニはこの3人の魔法についてまだ余り知らない為、ルースの“埋める“という言葉に、これから穴を掘るのにも時間がかかるのではないかと、顔を強張らせた。
そのデュオーニに笑みを向けたルース達は、商人たちから隠れるように、積み上げたゴブリンの後ろへ回り込んだ。
そうしてルースは地面を確認すると、その山の隣で何かを囁いた。するとボコリとルースの視線の先に、大きな穴が出現したのだった。
確か以前、ルースは焚火に火を付けていたのでは?とデュオーニは思い返すも、初めて見た土魔法にも驚いていれば、クスリと笑ったソフィーがデュオーニの耳元で「ルースは四属性なのよ」とこっそり教えた。
「さてデュオ、こいつを放り込んで行くぞ。手伝ってくれ」
フェルの声で我に返ったデュオーニもルースとフェルに交じり、積み上げていたゴブリンをその穴に落としていった。
その作業をしつつ、ルースはデュオーニに小声で話しかけた。
「人がいる時には、なるべく一属性の魔法しか使わないようにしています。ですので、お手数ですがその様に振舞って下さると助かります」
ルースの話にパチパチと瞬きをしたデュオーニは、ひとつ頷いてルースを見た。
「人前で他を使わないって、何でですか?」
それに答えたのは、ソフィーの隣にいるものだった。
『多くの者はおぬしのように、一属性しか魔法が使えぬ。それゆえ多属性であると数多の者に知られれば、面倒事に巻き込まれるやも知れぬという事じゃ』
ネージュの解説にルースは頭を下げて礼を示し、デュオーニは納得した様に大きく頷いたのである。




