【162】本当の姿
「その事は後でまた詳しくご説明いたしますが、その他にもまだお伝えする事があります」
デュオーニは我に返ってルースを見るが、その目には次にくる話に怯えさえうかがえた。
「大丈夫です、次はそんなに大事ではありません」
ルースはデュオーニを落ち着かせるように、ニッコリと笑む。
「その話とは私達と一緒に行動すれば、デュオーニさんは確実に強くなるという事です」
「確実に…?ですか?」
それはデュオーニが望んでいる事であるが、わざわざ改まって言う程の苦行が待っているのかと、顔を強張らせたデュオーニだった。
「ほら…その前置きは怖いって、ルース」
「それは失礼いたしました。特別に修行をするという事ではなく、これは私のスキルの話で…私が持つ“倍速“という“能力の成長を速めるスキル“の効果が、デュオーニさんにも影響を与える事になるというお話です」
「え…?」
デュオーニは、言われた事の意味がすぐに理解できない…というよりも、言われた言葉が思考の表面を滑っているかのように感じられた。
“僕にも影響を与える?能力の成長を速めるスキル?“
「まぁパッと言われたんじゃ、俺も分からなかったもんな」
「そうね。これは実感しないと分かり辛いものね」
フェルとソフィーはそう言ってフォローするも、デュオーニは困惑した様にルースを見た。
「そうですね。2人が言う通り、今はそれは気にしないで下さって構いません。そんな話を聞いたなという位で、覚えていて欲しいだけですので」
「ただ、俺達はもうステータス確認はルース頼りだから、比較できるように後でデュオーニのステータス値を、ちゃんと全部教えてやった方が良いんじゃないか?」
ルースとソフィーも、フェルの言葉にそうですねと頷いて見せれば、デュオーニは先日視てもらった職業の事を思い出した。
「じゃあ今はステータス確認をしに、皆さんは教会へ行っていないのですね?」
「ええ。今は教会に見付からない為に、近付かない事にしています。それに先程お話ししたスキルの事もあって、他の人のステータス値と比較されれば、何かを言われる恐れもあります。その2点があり、教会でのステータス確認は行わない事にしています」
「何だか色々と、凄いんですね…」
旅の同行者になるまでに聞いた話だけでも、人を治せるソフィアとルースのステータスを視るスキル、そして記憶を探して旅をしていると聞いて、何となく普通の人達ではない不思議な人達だと感じていたが、その上ソフィアが聖女であり、それで教会からは身を隠しているのだという。
そしてルースは人に影響を与えるというスキルまで持っているという話と、犬だと思っていたネージュが聖獣だという事まで知ったのだ。
もう規格外で常人ではない人たちの所に、図々しくも連れて行ってくれと言った自分が急に恥ずかしくなり、デュオーニはガックリと肩を落とした。
「どうしたの?デュオーニさん」
ソフィーがしおれてしまったデュオーニを見て、声を掛ける。
「いえ僕は凄い人達に、“一緒に行きたい“と言ってしまったんだなって…」
「何言ってんだ。デュオーニはそういう後ろ向きなところを、まず直した方が良いぞ?第一先に声を掛けたのは俺達だし、普通の冒険者である俺もいるんだ。それに俺達は、背中を預けられる者だと認めた奴にしか声を掛けない。だからデュオーニは自分に胸を張っててくれればいいんだ。そうだろう?」
『オ前モタマニハ,尤モラシイ事ヲ言ウナ』
「おい…折角良い事言ったのに、シュバルツは一言余計なんだってば…」
また言い争いになりそうなフェルとシュバルツを見て、ルースは「いつもこんな感じなんですよ」とデュオーニに苦笑を向けた。
「ちょっとまだ、色々と頭の整理が出来ていないんですが…僕が居てもいいって言ってくれるのなら、僕も頑張って皆さんのお手伝いをしてきたいです」
「はい、よろしくお願いしますね」
「よろしくな、デュオーニ」
そしてソフィーも微笑んで頷けば、3人からの視線にデュオーニはやっと安堵する。
「あ、僕の事は“デュオ“って呼んでください。デュオーニだと長いので、気軽に“デュオ“と」
「私も同じ年だし“ソフィー“でいいわ」
「私は1つ歳上ですが、敬称なしで“ルース“と」
「俺もルースと同じ年だけど、呼び捨てで呼んでくれ。その方が友達っぽいしな?」
フェルらしい言い様に皆が笑みをこぼしていれば、後方から近付いてくる馬車の音に気付き、皆は道を譲る為に道の端に寄った。
そうしてその荷馬車が過ぎて行けば、人の気配もまた無くなった。
「あの…そう言えば一つお聞きしたいのですが」
「デュオ、敬語も要らないって」
「あ…すみません。じゃなくて、ごめんなさい?…あれれ?」
急に言葉使いを変えようとしてまごついたデュオーニに、3人は軽く微笑んで「ゆっくりで良いから」と一言添える。
「徐々にで構いませんよ。私の場合は元々この話し方なのでご容赦いただきたいのですが、デュオは堅苦しく考えないで話してくださいね。それで、何か言いかけましたか?」
「あ、えっと…なんで女性がいるのに、馬車を使わないのかなって思ったんです」
「それはあれだ。馬車は尻が痛くなるからだな」
「フェル、真面目な質問を茶化すのは止めてくださいね?」
「半分マジなんだけど…」
「ふふっ」
「まぁ百歩譲ってフェルの言った事もあるかも知れませんが、馬車を使わないのは足跡を残さない為です」
「足跡…」
デュオーニは繰り返した言葉で、思考を巡らせた。
「それも、私のせいっていうか」
「ソフィーが悪い訳じゃないから、そんな言い方しなくていい」
フェルは真面目な顔でソフィーに言う。
「ふふ。フェルは優しいわね、ありがとう」
そのやり取りで先程の話と繋がったデュオーニは、そう言う意味かと納得する。
「理解しました。確かにそれを考えれば、馬車は選択肢からはずれますよね」
「はい。そういうことですので、私達の旅は基本的に体力勝負となります。デュオも頑張ってくださいね」
「そこは大丈夫です。僕、体力だけは自信があるので」
デュオーニへ秘密の殆どを伝えつつメイフィールドの西側へと道に沿って歩いていけば、左右ともに見える小高い丘には、手入れのされた木々が立ち並ぶ景色が広がっていた。
その木々には黄色や赤などの果実が実り、近くの村で管理している果樹園であろうと、皆はその景色に目を細める。
「デュオは町の外って、どれ位離れた所まで行った事があるんだ?」
「僕はクエストで行った所位なので、隣村までが精々です」
「隣村って言うと、ブラストバードの村か?」
「そうです。だから、こちらの方角に来たのは初めてです」
「じゃあ皆、こっちの道は初めてだな」
フェルはそう言うと、遠くの果樹園に目を細めた。
「それにしても、のどかねぇ」
「ちょっと気温は上がってきてるけどな」
フェルは暑くなってきたと襟元を緩める。確かにもう夏も近いので、太陽が眩しい位に輝いていた。
時折過ぎていく風が、少しだけ肌を冷やしてくれているのが救いだ。
「今日はこのまま進めるところまで行く予定ですが、2~3日の間は小さな村しかないので、野営になると思っておいてください」
「はい」
「ええ」
「了解済みだ」
フェルとソフィーとは既に打ち合わせをしてある事だが、合流したデュオーニにも情報を共有する。
「そう言えば、デュオ―…デュオの荷物って、それだけなの?」
ソフィーがデュオーニの持っている、旅人にしては少ない荷物を見て尋ねる。
「俺達は手ぶらだけどな」
フェルの声でデュオーニが3人を見れば、ルースは帯剣のみ、フェルはそれに盾を背負い、3人は薄手のマントを羽織っている位で、いつものクエスト時の装いにマントを羽織っているだけだと今更気付いた。
「マジックバッグもないし僕は矢筒を背負うので、それの邪魔になる程の荷物は持ってこれなくて。だから荷物の殆どは、傷薬と少しの日用品とかですね。服は一着しか入りませんでした」
「先にデュオが来るのが分かってたら、俺達の荷物に入れられたのにな」
「フェル、今更な事をいっても仕方がありませんよ?それではデュオには、この先で入用な物を揃えて行ってもらいましょう」
「それが良いわね」
ルースは、デュオーニにもマジックバッグを所持してもらおうかと検討しつつ、のどかな風景が続く道をのんびりと歩いて行った。
そうして色々話をしていれば、再び馬車が近付いてきてルース達は道を譲る。
今度は沢山の荷物を積んだ2頭立ての幌馬車で、カラカラと車輪が軽快な音を立て横をゆっくりと通過するのを見送って、ルース達はまた歩みを進めていくのだった。
それから少し経ち、そろそろどこかで一旦休憩をとろうかと話していた所へ、上空を自由に飛んでいたシュバルツから念話が届いた。
『魔物ガ人ヲ襲ッテイル』
シュバルツの話に一瞬で表情を引き締めたルース達は、上空をこちらに飛んでくるシュバルツに目を留めた。
「どこだっ!」
少し声を張ったフェルが、シュバルツに問う。
『進行方向,先』
シュバルツの返答に、ルースとフェルが即座に頷きあった。
「私とフェルは先行します、2人は後からで構いません。フェル行きましょう」
「おう」
そう声を掛け合った2人は、初めから速度を上げて駆け出していく。
それに少し遅れてデュオーニも足を踏み出そうとしてソフィーがいた事を思い出し、振り返ったデュオーニは瞠目した。
『問題ない。行くぞ』
そこにはソフィーを乗せたネージュが既に待機しており、デュオーニは初めて見る本当のネージュの姿に驚いた表情を浮かべるものの、すぐに状況を思い出し、先に走り出したネージュを追って駆け出して行ったのだった。