【161】王国の各所で
「ご報告は以上となります」
「まだ、辿り着かぬか…」
ここはウィルス王国の首都、王族が住まう王都“ロクサーヌ“の東側に広く居を構える中央教会である。
その中央教会はここウィルス王国内の教会を総括する役目を担い、この国では信仰と尊敬の対象であると自負している機関であった。
その教会の歴史は古く、この場所に王国が誕生したころと同時期には、既にこの教会の起源が存在していたと記録には残されている。
その教会の中枢で、月に一度の定例会議が開かれていた。
その場には教皇と呼ばれるこの機関の最上位に位置する人物と、その補佐を務める数人の枢機卿、そして彼らを守護する聖騎士団のトップである聖騎士団長がその席を埋めている。
そうして今しがた進捗状況の報告を行った者は、聖騎士団長である“シュナイン・ミラー“。それに落胆の声を落とすのは教皇の“パトリアス・ニューゲン“である。
この中央教会に最北端の司祭から手紙が届いたのは、今から半年以上前の事。それから上役に報告がありその者たちの審議の結果、野良聖職者の可能性もあるが、未だ今世に現れぬ聖女ではなかろうかとの意見が出た事で、教皇が出席する会議の場で議題にのぼる事となった。
その間、手紙が到着してから約1か月。お世辞にも迅速な対応とは言えぬが、それぞれの部署の会議に持ち込まれるため、それが中枢へと到着するまでに時間がかかる事は致し方ないのであった。
ある程度組織が大きくなれば、それだけの人員と関わる部署が存在する事は、どこの機関でも同じことである。
それから聖女である可能性を考慮し捜索を手配するに至ったが、捜索を開始してから更に半年が経ち、早々に済むと思った真偽の確認がとれぬまま、“捜索中“という報告だけが上がってきたのである。
その捜索に実際に動いているのは、甲冑を纏っていない聖騎士団員数名。
この捜索にひ弱な人員を遣わす事も出来ず、かと言って未確認の聖女を大々的に捜索していると公言する訳にも行かず、その任は極秘裏の案件として、教会を守護する聖騎士団のトップへと任されたのであった。
その捜索の手始めは、手紙を出したこの国最北端の司祭の下から始まった。
いくら馬を使おうがその移動だけでも時間を要したせいか、その後の足取りはつかめず、その者の行方は不明。その為そこから道を伝うように、地道に方々へと捜索の手を伸ばす事になった。
その結果地道な作業は更に時間を要する事になり、そこから始まった捜索はそれから半年を経ても余り進展のないものとなっていた。
それに、始めにその者がまだ少女だという話を聞き、だとすれば雪深い時期の移動速度はさほどでもないだろうと高を括っていた所が、そもそもの見当違いだったのだ。
こうして次に掴んだ足取りは最北端から随分と離れたスティーブリーという、この国の東側、中央に寄りの大きな町であった。いくらこの情報を掴むまでに時間を要したとはいえ、随分と離れた場所であったと言えるだろう。
それは折しも、ルース達がメイフィールドの町にいた頃であり、もしも捜索隊がそちらに手を伸ばしていれば、馬で3〜4日の距離であったという事は、それから後に捜索隊がメイフィールドでの奇跡の話を聞いた後に気付いた事で、その時のルース達には知る由もないのである。
そのメイフィールドの司祭から、探している者に近い年齢で“ソフィア“という者がいたという情報を得て向かった聖騎士団員は、今その司祭から話を聞いているところである。
「そのソフィアという者には、職業が出ていなかっただと?」
「はい。そのお探しの者と同じ名を持った者には、職業が与えられておりませんでした。私はその時に確認しておりますので、間違いはございません」
司祭の話に、2人の聖騎士団員は顔を見合わせる。
「そのような事が、この世にあり得るのか?」
「はい。殆どの者は15歳で職業を賜りますが、稀にそのような者もいると聞き及んでおります」
その為この司祭は、驚きはしてもその“稀“に当てはまるなど、気の毒なものがいるのだなと思ったという事であった。その驚きの話は、時に聖騎士団の情報を混乱させ、動きを鈍らせる為の材料として一役かった事は、天の采配であったと言えるのかもしれない。
一方別の捜索隊はトリフィー村から西に進み、デイラングの町へも辿り着いていたが、ここの教会での情報はなく、町の宿にも“ソフィア“が泊まった形跡もなかった。
「こちらには、来ていないのかも知れぬな」
「ああ。だが町に寄っていないだけ…という事も考えられるが、食料の問題があるからそれも考え辛いか…」
「いや、そう考えるなら同行者だけが町に立ち寄り、食料などの買い出しをしている線もあるという事だな」
「しかし何故足取りがつかめぬ?我々が捜索している事を、分かっているという事か?」
「それは、俺達が答えを出すところではないだろう」
「そうだな。俺達はただ秘密裏に見つけるだけ、だったな」
「そういう事だ」
この時彼らは、集めた情報に偏りがあるのだと気付いていなかった。
その者の名前や性別おおよその年齢と、同行者が2人いるという大まかな事は知っていたが、彼らが冒険者であるという大事な手掛かりを確認していなかったのだ。
それはトリフィー村の村長が敢えて触れなかった部分でもあるし、聞かれなかった部分であると言っても良い。その者達の機転により、この捜索隊が少しの間迷走してくれる事になろうとは、当の村長でも予想だにしない事であった。
こうして少しずつではあるが、ウィルス王国の中では今代の聖女が人々の知らぬところで、ひっそりと捜索されていたのである。
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こうしてルース達は追跡者を警戒しつつも、その噂すらまだ聞こえてこない場所にいた。
メイフィールドの町を出発した一行は、進路を西に変え、湖を囲む山々を迂回するように北上してから西に向かう道を進んでいた。
そして新しく同行者となったデュオーニには、まだ伝えていない秘密も、これから早々に聞いてもらわねばならない。
「デュオーニさん、私達に同行する事を後悔していませんか?」
ルースは今更と言われることを、敢えて尋ねた。
「はい。皆さんがしっかりと旅の目的を持っている中、僕はこれといった目的もありませんが、それでも皆さんと共に各地を巡って、皆さんの様に人に希望を届ける事の出来る立派な冒険者になりたいと、そう思っているので後悔はしていません」
「私達の様にというのはわからないけど、それも立派な目的だと思うけど?」
ソフィーはクスクスと笑ってデュオーニに言う。
「あぁそうですね…そうか、それも目的と言えるのか」
自分が言ったことがおかしいと気付いたのか、デュオーニも頭を掻いて照れたように笑う。
「ですがこれから、更にご承知いただきたいことをお話しいたします。それを聞いてもし不安があるようであれば、私達といる事をもう一度考え直してください。後出しで申し訳ありませんが、これだけはお約束いただけませんか?」
ルースの改まった言葉でそちらへ視線を向けたデュオーニは、そこにフェルとソフィーの視線も自分へと注がれていると気付いた。
皆の視線を一身に受けるデュオーニは、その真剣な眼差しに身構えた。
「本当は旅に出るまでにお話ししなければならない事で、それを聞いていただいた上で同行を選択していただくのが道理ですが、何分それを話せば確実に貴方を巻き込むことになり兼ねませんでしたので、もし一緒に旅をするのであれば、そうやって無理に巻き込むのではなく、ご自身で選択していただきたかったのです…。とは言え、これは後出しの言い訳でしかありませんが」
ルースは苦笑を浮かべているが、フェルはルースの肩を叩いてからデュオーニへと視線を戻した。
「俺達はちょっと訳アリでな」
「ええ、そうなの」
「はい。確かルースさんの記憶がないからだと…」
フェル達は旅の目的の事を言っているのだろうと、デュオーニは既に聞いている話を出す。
「まぁそれが一番の理由だ…と言いたいが、それともう一つ。俺達は追われている、と思う」
フェルの曖昧な理由に、デュオーニは首を傾けた。
「皆さんが、悪事を働いて追われているとは考えられませんし、それに推測の様な言い方をされていますが…」
ちょっと分かりませんと、デュオーニが正直に伝える。
「私のせいなのよ…」
「ソフィーのせいじゃない。ソフィーは何も悪くない」
『我もそやつに同意じゃ』
「ありがとうフェル、ルース、ネージュ」
ルースも言葉はないが、深く頷いていた。
「では、悪い人に追われている…?」
デュオーニは皆の反応に、そう解釈をした。
それも全くの正解ではないが、何を悪にするかによってその意味あいも間違いではない。
「ソフィーが言ったように、ソフィーが追われている…いいえ、探されているという方が正しいですね」
「そうだな。あいつらは今頃、聖女様を血眼になって探しているんだろうな」
ルースとフェルの会話に何か引っかかりを覚えたものの、余りにも自然に入れられた名称に聞き逃しそうになるも、デュオーニは足を止めてソフィーを見た。
「ちょっと待ってください。ソフィーさんが探されているんですよね?…その探されている人は、聖女様?」
『さよう。ソフィーは聖女であるからのぅ』
当然のようにネージュは言うが、聴かされたデュオーニは初耳である。
「………」
そして当然、デュオーニは固まっていた。
「俺もソフィーが聖女だって聴いた時、ちょっと疑ったもんなぁ」
『ちょっとどころか、おぬしはそれを視るまで信じなかったであろうが』
「だってそうだろう?いきなりそんなこと言われて、はいそうですかって信じる方が少ないって」
『ふん。こやつは信じた様であるが?』
ルースをさしてネージュは言い、フェルがおかしいのだという態度を崩さない。
睨みあうフェルとネージュをよそに、ルースは立ち止まるデュオーニの背に腕を添え、そっと歩みを促した。
今この道は人通りがなく、いくらでもここにいる事は出来るが、いつ人が来るのかもわからぬ為に移動しましょうとデュオーニに言う。
「それもあって、私達は追われています」
「でもソフィアさんが聖女であれば、教会に知らせた方が良いんじゃないのですか?“追われている“という意味が分からないのですが…」
「そうですね。そこは矛盾していると考えるのが普通でしょう。だから人に教える訳にも行かない」
「あのね、聖女が見付かると、その聖女はずっと教会に住むことになるんですって」
『さよう。その存在を教会に認識されれば、聖女は教会の目の届くところで監視される事となる。それを正しいという者もおるやも知れぬが、ソフィアはそれを是とはせなんだ』
「何も知らない子供の内だったら、当然のようにその環境を受け入れられるかも知れないがな…」
その説明にデュオーニは、理解したと頷く。要するに個人の意思を無視し、その者の自由を奪うという事だろうと思い至った。
「そういう事であれば、教会には知られたくないのは当然ですね。ネージュさんは、何でもよくご存じなんですね」
とデュオーニが感心すれば、ネージュは首を伸ばして胸を張る。
『無論じゃ。我は時間を永く生きる“聖獣“であるからのぅ。その辺の人間よりも、豊富な知識を保持しておるからのぅ』
いきなりの爆弾発言に、デュオーニが零れ落ちそうな程目を見開いて、言葉を失ったのは言うまでもない。
本日より新章スタートです。
引き続きお付き合いの程よろしくお願いいたします<(_ _)>