【155】予定と準備
その日の夜は、買い込んでいた物やソフィーが作る温かなスープを飲みながら夕食を摂り、穏やかな時間を過ごした。
「それでは私達が出発する前に、お宅に伺うという形にさせていただきますね」
「はい。父さんは家にいるのでいつでも大丈夫と思うんですが、母さんもいた方が良いですか?」
「そこは、治って自分の奥さんに言わないって事は、無理だよな…」
「そうよね。自分の事を家族に秘密にすることは、難しいと思うわ。ましてや腕であればすぐに気付かれると思うし」
「では、母さんも家に居る日にした方が良いですか?」
「そうですね。お母さまにもご協力いただく形を取りましょう」
「わかりました。よろしくお願いします。それにしても、ローレンスとは昨日会ったのに、全く気が付かなかったです…」
「ふふ。彼にも秘密にしてねってお願いしてるの。上手く隠してくれてるって事ね」
「そうか。一人であそこにいたのは体力を戻す為だったのか…。それを聞いた後だと、何でローレンスが一人であそこにいたのか、納得出来ました」
「じゃあ彼は、頑張ってるんだな」
「ローレンスさんは足ですからね。歩けない所から戻していく事は大変でしょうが、皆を驚かせたいと張り切っていましたから、彼ならばすぐに冒険者として復帰できるでしょう」
「ちゃんとデュオーニも、驚いてあげるんだぞ?」
「あ…そうでしたね。はい、頑張ってみます」
デュオーニは、自分に演技が出来るのかと苦笑している。
こうして焚火を囲んで和んでいられるのは、あの討伐したブラストバードがこの森では上位の魔物であったからだと想像できた。お陰で他の魔物の気配もなく、この日の野営は無事に終了したのであった。
翌日は早朝から出発の準備を進め、3時間ほどでメイフィールドの町へと戻ってきたルース達は、朝の混雑時を少し過ぎたあたりで、冒険者ギルドの扉を潜った。
今日もまた、チラチラと室内の者から視線を向けられるが、ルース達とデュオーニが一緒に居る時には、もう刺さるような視線はなかったのだった。
ルース達“月光の雫“は受けたクエストを失敗する事はないし、難易度が高いと言われるクエストさえも軽々と熟して帰ってくる。
ただ今日は、今クエストから戻った様子のルース達に、どうしたのかと不思議がるような視線を向けられているだけであった。
まだ少し列を作る受付に並んだルース達は、程なくしてその受付前に進み出た。
「おはようございます。遅くなりましたが、クエストの完了報告で参りました」
やはりそうだったのかという呟きが聞こえてくるが、ルース達は気にすることなくギルド職員を見ている。
「おはようございます。それではギルドカードのご提示をお願いいたします」
テキパキと進めるギルド職員は皆のカードを参照すると、昨日受けた“早期“のクエストだと認識する。
“期限なし“や“常時“・“早期“・“至急“・“緊急“など、そのクエストの内容により、手元の資料に追記が載っているのだ。
「こちらは早期との事ですが、完了報告でお間違いございませんか?」
「はい」
答えたルースの横で、フェルが巾着から大きな鳥を取り出した。
「あっ、すみませんがこちらには乗りきらないので、買い取りカウンターの方へお出しいただけますか?」
「あーそうですよね、わかりました」
フェルは手でそれを持ったまま移動しようとすれば、周りにいた者が道をあけてくれた。
「悪いな」
そう口先だけで謝罪をしつつ、フェルはその鳥を隣のカウンターに乗せた。
「ブラストバードだ」
「あれ、旨いやつだろう?」
「傷ついてないな。どうやって倒したんだ?」
朝から大きな鳥を披露するフェルを見て、周りから囁き声がもれる。
それには「この肉は旨いらしいな」と、その一言に気を取られたフェルであった。
このブラストバードは解体せずに持ってきている為、そのずんぐりした体には茶色の羽も綺麗に残っていた。
ルース達は通常の魔物は解体しているが、羽が付いた魔物は解体すると素材を痛める為、そのままの状態で回収しており、その大きな鳥は冒険者ギルド内で嫌でも目立っていた。
「はい、確かにブラストバードですね。完了の手続きをさせていただきます」
受付の職員はルース達の前で作業を進め、魔物の前には別の職員が魔物の検分をしてその状態を確認している。
「魔物の傷は問題ないものでした。素材としては“秀“になります」
「わかりました、確認ありがとうございます」
魔物の確認をした職員と受付の職員が、魔物の状態を連絡し合ってから視線をルース達へと向ける。
「素材の買い取り額は状態が良いものと言う事で、銀貨5枚になります」
「随分と良い値段ですね」
ソフィーはその金額に少々驚いている。
食用として人気のあるビックボアでも、1体辺り銀貨1枚だ。ガルムに至っては4,000ルピル程にしかならないのだから、ソフィーが驚くのも無理はない。
「はい。こちらの肉は需要がある割に常に出回っていない為、多少値が上がっています。そして羽も装飾や魔導具の素材として使われるものでして、こちらもすぐに買い手がつく物になっていますので」
ブラストバードは単体で行動する魔物の為、まとめて獲る事が出来ないのだ。その為その素材が出回れば、買い手は引く手数多だという事だった。
「そうでしたか。ではこちらの素材分の入金は、デュオーニさんの方へお願いいたします」
「ええ?!」
実はデュオーニが野営時に仮眠を取っている間、それについてルース達は話をしていたのだった。
今回ルース達がこの魔物と対峙した時に、殆ど立ち回れていないどころかルースは気を失っていただけであった為、この買い取り額は、魔物を仕留めたデュオーニに渡そうという話をしていたのである。
「承知いたしました。ではこちらの買い取りはデュオーニさんへご入金させていただきます」
「ルースさん、それは駄目です。いくら何でも…」
「いいえ。これは貴方が仕留めてものですから、正当な人に渡されるのは当たり前の事。それに私のせいで野営にさせてしまったのですから、そのお詫びも含めてお納めください」
その後、手続きを終えた職員に礼を言って、ルース達は受付から離れる。
未だデュオーニは申し訳なさそうにしているが、そもそもこのクエストは金を稼ぐ為というよりも、早期対処のクエストであった為に受けたもので、ルース達は魔物を討伐できた事で満足しているのだった。
そうして冒険者ギルドを出ると、4人はギルドの脇道へと集まる。
「それではお疲れさまでした」
「例の件は、よろしくお願いしますね?」
ルースとソフィーがデュオーニに話せば、デュオーニもよろしくお願いしますと頭を下げる。
「それとデュオーニは、教会でステータス確認した方が良いかもな」
そうでしたとデュオーニは、自分に魔力が戻った事を思い出す。
「忘れてたのか?」
「はい、何か色々とあってそこはすっかり…」
「お父さんにもちゃんと報告した方が良いわね。きっと喜んでくれるわよ?」
「…はい、そうします」
そう言いつつも、デュオーニは不安そうだ。
「制御の事は、今気にする必要はないと思います。デュオーニさんの状態は落ち着いているようですし、又何かが起こるという事もなさそうですから」
「子供の頃って感情が高ぶる事があるでしょう?そういう事も原因のひとつらしいわよ?」
何がとは言わずも、デュオーニは言われた言葉を理解して、しっかりと皆の話に耳を傾けている。
「はい。今度は失敗しない様に、絶対に気をつけます」
「ああ大丈夫だ、デュオーニならな。それとあっちの事もよろしくな」
「はい。ご連絡させてもらいます」
こうして、少しの打ち合わせを済ませて家に帰っていくデュオーニを見送れば、ルース達も今日のクエストを休み、宿で休息を取ることにしたのであった。
そしてその日から数日して再び冒険者ギルドで顔を合わせたデュオーニから、日程についての話があったのだった。
「明日は両親とも家に居ると言っていました」
デュオーニの話に、ルース達は顔を見合わせて頷きあう。
「それでは明日、お伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい。僕も友人を招くかも知れないと、先に親に伝えてありますので大丈夫です」
「では、午前中からお伺いしますね」
「わかりました。それではよろしくお願いします」
「そう言えば、デュオーニさんのお母さんとは、まだお会いした事がないわね」
「俺はちらっと見た事あるな。スラッとした綺麗な人だったぞ?」
「母さんを綺麗と言われると、ちょっとムズムズしますね…」
「あら?お母さんが綺麗って素敵だわ?私もお会いするのが楽しみね」
なるべく身構えさせない様にと、フェルとソフィーはデュオーニと和やかに話している。
明日はデュオーニの父親の腕を治す事に決まった。
後はそれを実行し、ソフィーの望みを叶えるだけとなる。
その後数日もすればルース達は又旅に出るが、ローレンスとトーマスの怪我が治りその2人が仕事を再開すれば、治った事を喜ばれその事が人々の口に登るだろう。
そうなれば今すぐでなくとも、いつかは復元の魔法を持った者がこの町にいたと知られることになるはずだ。
その時間がどれ位の猶予があるのかは分からないが、この町を出発した後は一旦は少しでも王都から離れた方へ進んで行こうかと、ルースは3人の話を聞きながらこの先の事を一人考えていたのであった。