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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第五章 ~飛~

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【153】敬愛

 突然倒れたルースを休ませる為その場にとどまっていたデュオーニは、自分の魔力や念話に動揺しつつ、フェル達の次の動きを待っていた。


 朝受けたクエストは日帰りのつもりが既に日も傾いてきており、今日はどうするのだろうかとフェル達の指示を待っていたデュオーニである。


 そして今しがたやっと目を開いたと思ったルースは、一言二言呟いて、又目を閉じてしまったのだった。


 確かこのクエストは“早期“と書いてはあったが、日程の期限はないものであり、そして既に魔物の討伐は済んでいるのだ。

 慌てた様子で集まって話し合っている2人を、デュオーニは少し離れたところから見つめていた。


 そのデュオーニの視線に気付いたのか、フェルがデュオーニを振り返った。

「デュオーニ、悪いが今日はここで野営にさせてもらっても良いか?」

 今の状況を考えれば言われた事を理解できるため、デュオーニは了承するも、家族に心配させてしまうかもしれないと考える。

「ああ、デュオーニの家族にはシュバルツに伝えてもらうから大丈夫だ。シュバルツ、頼んだぞ?」

『行ッテクル』

 お使いのような事を頼んでしまうシュバルツに、申し訳ないとデュオーニが頭を下げれば、『任セテオケ』と気を遣ってくれたと思しき言葉をシュバルツから掛けられたのだった。


 こうして夕陽に包まれる森の中で今日は野営すると決まり、それからすぐに焚火を作っていく2人は、やはり慣れているなとデュオーニは思う。野営と決めた途端、やるべきことを次々と進めていく2人は、旅慣れている印象を抱かせるものであった。


「悪かったな、デュオーニ。日帰りのつもりだったんだが、ルースが伸びちまってるからな」

 3人が焚火の傍に集まって座りながら、フェルはそう言って後ろで眠るルースへと視線を向けた。

「あの…ルースさんは大丈夫でしょうか?」

「ああ。顔色が悪かったみたいだけど、寝てれば治るらしい」

「ポーションでも駄目なのですか?」

『あれは、魔力酔いの様な症状に見えるゆえ、それでは改善できぬであろう』

「はあ…」


 先程ルースを休ませている間、ネージュとシュバルツは人と話せるのだと説明を受けたデュオーニだが、まだ直接動物と会話している事に戸惑いを感じていた。


「ふふ。ネージュって少し偉そうに話すから、可愛いでしょう?」

 ソフィーはデュオーニの戸惑いを感じて、少しずれたフォローをする。


「あ、はい。というか、そもそも念話というものをまだ理解できていないので、少し違和感があるというか…」

「そうだよな。俺も急にネージュから声が聞こえるようになった時は、ビックリしたもんだ。しかもパニクってた時だったから、余計だな」

 フェルはハハハと声を立てて笑う。


「はい。その念話というものが急に聞こえたのは、何故かなと思いまして…」

「それはデュオーニさんが、また魔力を取り戻したからね」

「え?」

「ん?自分じゃ気付いてなかったのか?」

「………」

『まだ、理解が及んでおらぬようじゃのぅ。おぬしは魔力内包者であったが、それを自らの意思で克服し魔力を解放したゆえ、その魔力を通して念話が聴こえるようになったのじゃ』

 ネージュの話は聴こえているが、その言葉の意味を受け入れるのに少し時間がかかっているデュオーニだ。


「え?デュオーニも魔力内包者だったのか?それが分かってたのに、俺の時の方法はとらなかったのか?」

 フェルはあの荒療治をすれば、もっと早く解放できたのではないかと聞く。

『おぬしは外側に“殻“があったゆえあの対処法であったが、こやつは心理的な“壁“が働いておったゆえ、その方法では解放できぬ事であったのじゃ』

「何だ…。折角自分がされた事を、見れると思ったのに…」


 フェルは単にあの状態になった者を、自分も見て見たかっただけの様である。自分は口の中に頭を突っ込んでいた為、その姿がどう見えていたのか興味があったのだろう。

 だが、それを本人に見せなくて本当に良かったと思っていたのは、ソフィーだけではないはずである。


 その頃にようやく2人へと視線を戻したデュオーニは、困ったように眉を下げていた。

「では僕は、また魔法が使えるようになってしまった、という事でしょうか…」

 デュオーニは魔力暴発を起こしたために、父親を傷つけてしまったという事実に囚われていた。その為その様な言い方をするが、フェルはそこへ言葉を挟む。


「そんな後ろ向きな考えは捨てろって。また魔法が使えるようになった、ただそれだけだ。だからこれからは魔力を制御する練習をして、自分の意思で(・・・・・・)魔力を使えば良いだけの話だ。それにもうデュオーニは、小さな子供じゃないんだろう?だったらそれ位簡単な事だよな?」

 フェルはどこまでも前向きに考える人物だと、デュオーニはその言葉に微かな笑みを浮かべた。そしてフェルの真摯な眼差しを見つめ、その笑みを徐々に広げていった。

「はい!」

 そうして歯切れよく、フェルの信頼する眼差しに応えたデュオーニだった。


「まぁ、でも魔法の事はルースに聞いてくれるとありがたいな。俺もまだ色々と勉強中で、人に教えられるほど良くわかってないからな」

 そう言って困ったように笑うフェルを見て、その言葉も真っ直ぐなフェルらしいなと、ソフィーは2人に微笑みを向けて見守っていたのであった。



 -----



 ルースは薄闇の中で目を覚ました。

 一瞬、自分がどこにいるのか分からなかったが、近くから聞こえてくる話し声に、そう言えばクエストの途中であったと顔を声のする方へと巡らせた。

 そこには焚火を囲んで座っているフェルとソフィー、そしてネージュとデュオーニの姿があった。それに何故だかホッとして、ルースはゆっくりと体を起こしていった。


 その動きに気付いたフェルがこちらを見て固まったのを不思議に思い、ルースはしっかりと起き上がりめまいがない事を確認すると、焚火の傍へと近付いて行った。


「あっルースさん、もう大丈夫なんですか?」

 フェルとソフィーが声を出せぬ中、デュオーニが心配そうにそう聞いてくる。

「ええ。体調も戻りましたので、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけした様で、申し訳ありませんでした」

 ルースの答えを聞いて、フェルとソフィーが体の力を抜いた事が分かる。

 それを自分が倒れてしまったせいだと捉えたルースは、場所を開けてくれたデュオーニとフェルの間に腰を下ろし、フェルとソフィーへと視線を向けた。


「ご心配をおかけしました」

 そう言ってルースは頭を下げた。

「本当にもう大丈夫?」

「はい。少々朝からめまいがしていたのですが、今は治まっています」

『魔力酔いのような状態であったのぅ』

「魔力酔い…状態ですか?」

『うむ。それが魔力を帯びておったゆえ、それを受け入れるまでに時間を要したようじゃのぅ』

「ネージュも気付いていたのですか…」

『我を何だと思うておる』

 そのネージュの言い方にも、ルースはその通りでしたねと、謝罪の言葉を送りだした。

 その話を一緒に聴いているデュオーニだが、ネージュも名を出さなかった為に、まさか自分の魔力の事が問題だったとは気付いておらず、静かに皆の様子を見守っていた。



「それで…ルースは何か思い出したのか?」

 フェルは先程、人が変わったように話していた時の事を確認する。

「思い出す…?いいえ。何か夢を見ていた気もしますが、今は何も覚えていませんし、思い出した…というような事もないようですが…」


 フェルの質問の意図が分からずそう言ったルースであったが、フェルがそう言うからには自分は何かしたのかと、フェルに視線を戻して目を見開いた。

「私は、何かしてしまったのでしょうか?」

「いいや、そう言う事でもないんだ…。途中で目が覚めたと思って話しかけたんだが、寝ぼけていたのか知らない奴みたいな感じがしたんで、ちょっと気になっただけだから。ルースが何かした訳じゃないし、気にしなくていい」

「ええ。ルースはルースで居てくれれば、それで良いの」


 フェルとソフィーにそんな言い方をされ、余程心配をさせてしまったのだとルースは改めて謝罪をした。

「私は私です。何があろうとも、ルース・モリソンであり続けます」

 喩え記憶が戻ろうとも、今の自分を手放す事はしないと2人へ伝える。この大切な人達との記憶を手放すつもりなど、ルースは微塵もないのだから。

「そっか。じゃあルースがいる限り、月光の雫は安泰だな」

「ふふ。そうね」


 ルースが眠りから覚め、再びパーティとしての絆を確かめ合っているようにも見える3人は、互いに笑みを向け合って嬉しそうに話をしている。


 デュオーニはそんな彼らを見ながら、自分の身に再び出現した魔力に対し不安を覚えつつも、自分もこんなパーティメンバーと出会い、互いに背中を預けられるような仲間と共に、皆を護れる冒険者になりたかったのだと、やっと本当に自分自身が目指したい形が見えたような気がした。


 そしてデュオーニは、その3人を眩しいものでも見るように、敬愛を込めた瞳で見つめていたのだった。


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