【149】表面上と水面下
ルース達がメイフィールドの町に着いて早々、目まぐるしく起こった出来事は一見終息した様に収まり、再びいつもの日々が始まった。
しかそれはあくまで表面上の事であり、その当事者達は水面下でそれぞれの行動を起こしてた。
デュオーニは今の想いを両親に全て伝え家を出ると話したようだが、そこは賛成されるはずもなく、「目的もなく家を出て行く事は許さない」と、いつも優しい父親に怒られた様だった。
“せめて自分を護れる自信がついてからだ“と念を押されたと、その後も結局冒険者ギルドに顔を出しているデュオーニは、ルース達にそう報告してきた。
「父さんは、僕の命を護れたことを誇りに思っているとさえ言ってくれました。だから、もう少し頑張ってみようと思います」
「そうだな。結論を急ぐこともないし、頑張れよ」
「貴方は自分が思うよりも、弓士としての資格を持っていると思います。もっと自分に自信を持ってください」
「…はい、ありがとうございます」
それからも時々、デュオーニとも一緒にクエストを受けながら話をしていけば、ルース達とクエストを成功させる経験と後押しされる言葉から、少しずつではあるが、以前よりも自信をつける事が出来るようになっていったデュオーニだった。
デュオーニと受けるクエストでは、ルースとフェルがデュオーニの近くに魔物を追い込み、そこで矢を射てもらうという方法を取った。それならばデュオーニが動き回らずに済むし、ルース達の動きをデュオーニが邪魔をする事もないからだ。
「前のパーティでは、こんな方法を取った事はなかったです」
とデュオーニは言うが、そこはデュオーニのクエストを見ていたルース達が、今までの経験から的確な指示を出して得た結果なのである。
「俺達が動けば良いだけの事だ」
フェルは事も無げに言っているが、そこはD級冒険者とB級冒険者の経験値と思考の差と言えるのだろうと、デュオーニは思う。
この様なクエスト方法でルース達とデュオーニは、3回に1度位のペースで一緒にクエストを熟していったのだった。
そんなルース達にも当然やることはある訳で、スキルの事を調べたり新しい魔法の勉強をする為にと、こちらも進めて行った。
クエストを熟す合間に取る休みを利用して、この町にも図書館がある事を確認したルース達は、そこで調べものを済ませる事も出来た。
この町の図書館も教会と同じ地区にあった為、3人は緊張の面持ちでそこへと向かったのだが、同じ地区でも教会は一番離れた最奥にあるとの事で、そこに近付く事なく済んで3人は胸を撫でおろしたのだった。
こうして調べたルース達の新しいスキルはというと、ルースの“叡知“は想像の通り、物などの本質を見抜くというもので、ステータスを視る事ができるスキルだった。
そして、フェルのスキル“威圧“については文字通り威圧をするスキルで、この町で時々圧が出ていたのもそのスキルが影響していたのかと、ルースは納得した。
それと“加護“に増えていた“稲妻斬撃“は、既出の“月の雫“と同様にクエスト時に剣技として使ってみたところ、すんなり発動したため検証は終わっていた。
それから一番謎であったソフィーのスキル“聖魂“は、聖力を物に込める時に使うスキルであると判明した。
図書館の片隅で、3人はヒソヒソと話し合う。
「聖力を込めるって、どういう意味だ?」
その解説を読んだフェルは余計にわからなくなっている様子だったが、“一時的に聖力を分け与える“という意味も書かれており、武器や防具などに短い時間“聖力“を付与する事が出来るスキルであると、ルースは理解した。
「一時的とはどれ位の時間でしょうか…」
ルースの独り言に続けて、フェルは首をかしげる。
「という事は、一時的でも防具屋で買った服みたいなことが、ソフィーにも出来るって事か?」
二人はその意味について考えているが、着眼点は違った様だ。
「それは“聖力“ではなく“防御力を上げる魔法“がかけてある物なので、同じ事をするのは無理ではないでしょうか」
「どこが違うんだ?“防御“ってソフィーも出来るだろう?」
「ええ、そうですが解説を読んだ限り、ただ“聖力を分け与える“と書かれていましたので、魔法を付与する物ではないと解釈しました」
「そうなのか?」
「私もルースと同じように感じたわね。もし魔法を付与できるものなら、そうやって書いてあるはずだもの」
「なんて書いてあったんだっけ?」
「一時的に聖力を付与できるスキル、とありました」
「ん~、俺は良くわかんないけど、本人が分かってるなら大丈夫だろう」
ニッと笑ったフェルは理解する事を諦めたらしいが、これは追々使って行けばフェルも理解できるだろうし一時的という時間も分かるはずだと、ルースとソフィーは頷きあったのだった。
そして折角図書館に行ったのだからと、スキルを調べ終わった後も3人はそのままそこで過ごした。
フェルは又魔物図鑑を取り出して眺め、ソフィーは魔法書を調べて自分が使える魔法を増やすのだと読みふけっていた。
そしてルースは、この国の歴史や教会の歴史などを読んで行った。
その中には時々、“封印されしもの“という謎の言葉が書かれており、ルースはその言葉が妙に引っ掛かったものの詳しく記述された書物はなく、“封印されしものが現れた“や“封印されしものは再び眠りについた“等、軽く触れる位であった為、ルースにはそれが何を意味するものか解らぬまま、少々消化不良な時間を過ごす事になったのだった。
こうして調べものも済んで、ルース達はまたクエストを受ける日々を過ごしていき、気付けばこの町に来て1か月以上が経っていた。
残りの滞在予定が2週間となり、随分と見慣れてきた町並みもそろそろ見納めだなとルースが思っていた頃だった。
「ねえ、2人に相談があるんだけど…」
そんなある日、クエストから戻りルース達の部屋で寛いでいれば、ソフィーから改まってそんな言葉が聞こえてきた。
「ん?何だ?」
ルースとフェルは手に持ったカップを床に下ろし、真剣な表情のソフィーに向き合った。
いつもよりも緊張気味のソフィーは、落ち着かないのか膝の上で組んでいる指を動かしていた。
「どうかしたのですか?」
ルースの問いに、決心がついた様にしっかり顔を上げたソフィーは、ルースとフェルを交互に見て口を開いた。
「私、ずっと考えていた事があるの。ネージュには話してあるんだけど、ルース達にも許可をもらえないかなと思って…」
なかなか本題に入らないソフィーを焦らすことなく、ルースとフェルは次の言葉を待つ。
「私達もうすぐ、この町を離れるでしょう?だからここを発つ前に、私にできる事をして出発したいの…」
ルースは何となくソフィーの言いたい事が分かり始めて眉間にシワを作ったが、フェルはまだじっと話の続きを待っている。
「ソフィー…」
ルースが困惑した様に名前を呼べば、ソフィーはルースの言いたい事が分かっているらしく、柔らかな微笑みをルースへ向けた。
「ん?なんだ?」
続かない話にフェルが声を出せば、ソフィーはフェルの目を見て話し始めた。
「私、デュオーニさんのお父さんを治したいの」
「は?」
ソフィーの話に、フェルは一声上げて止まってしまった。
「ソフィー、それでは話が大きくなってしまいます…」
もうローレンスを先に治療しており、そろそろ彼の変わってきた動きに気付くものも出てくるかも知れないのだ。その上もう一人も治してしまっては、教会の者にソフィーはここにいたと足跡を残していくようなものだとルースは言う。
「そうなのよね。それは十分わかっているんだけど、自分を守る為に治せる人を見捨てるなんて、私は耐えられないのよ…」
何ともソフィーらしいと言えば良いのか、そんな言葉をソフィーは紡ぐ。
「俺はソフィーが大事だ。だからソフィーを護りたい」
フェルもソフィーの話にやっと理解が追い付いたのか、自分の気持ちを伝えてきた。
しかしその言葉はどちらの意味にも解釈できるもので、ソフィーは了承と解釈し嬉しそうにフェルに微笑んだ。
確かにフェルの言葉は、ソフィーの気持ちもソフィーの立場も護りたいと言っていたようで、両方を護りたいと言ったのであれば、ソフィーの意思に従うと言いたいのだろう。
その一方で、ルースは言葉を発する事が出来ずにいた。
ずっと考えていたとソフィーは言ったのだから、考えた末に出した答えなのだろう。それに“相談“という言い方をしてくれたので自分の意思を押し付けるのではなく、2人にも納得してもらった上で行動したいと言ってくれているのだ。
「ソフィーはその結果が、解っているのですね?」
ルースの問いに、ソフィーは真剣な目を向けて頷く。
『我とも散々話し合ってきたが、ソフィーの意思は揺るぎないものであった』
ネージュの念話は娘を嫁に出す父親の様でもあり、分かってはいるが心の隅では納得しきれていないのだと言っている様にも聴こえた。
この町で怪我人を治したところで、全ての人を治療し幸せに出来たとは言えないが、今自分の目の前で治せる怪我人がいるのであれば、それで自分に危険が及ぶと解っていても、ソフィーは見て見ぬ振りなどできない女性であったとルースは思い至った。
「わかりました。ソフィーの意思に従います」
「ありがとうフェル、ルース」
そう言ったソフィーは心の中が晴れたように、曇りひとつない笑顔を2人へ向けたのであった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
漸く次話より、少しずつお話が進み始めます。
第五章に入ってからここまで、筆者は泥に浸かった迷路の中を進むような感覚を味わっておりました。^^;
お読みくださる皆さまのお陰でモチベーションが保てましたこと、感謝申し上げます。<(_ _)>
これからも引き続きお付き合いの程、何卒よろしくお願い申し上げます。