【148】深夜の報告2
この日夜遅くまで、ルース達はその日にあった出来事を話していた。
ステータスの確認が終わった後もまだ話は続き、今度はデュオーニ達の事を報告し合ったのだった。
「デュオーニはまぁそんな感じだったから、怒られるより逆に堪えただろうな」
「そうよね。開口一番で怒られないだなんて、身構えていればそれで力が抜けるし、そこに心配してくれてたんだって想いが飛び込んできたら、怒られるよりうんと心に響くわよね」
「怒る事ばかりが、その人の為ではないという事ですね。本当に良いご両親です」
デュオーニの方は、これで少しは鎮まってくれるだろうと期待する。
デュオーニにしてみれば、今まで考えてもみなかった事実を思いがけず知ってしまい、動揺してしまうのもわかる。しかしあの親が見守ってくれるのなら、デュオーニも落ち着いて自分の事を考えられるようになるだろう。
デュオーニについては、そう結論を出した3人であった。
「それで、デュオーニを先に帰したのは、親が心配していたからってだけじゃないんだろう?」
フェルも薄々何かあると気付いてはいた様だが、そこはルース達を信頼してその場を離れてくれたらしい。
「ええ。本当はルースにも先に帰って欲しいと、ネージュがお願いしてくれたんだけどね」
「あの場にソフィーとローレンスさんだけを残すのは、私としては賛成しかねましたので」
「まぁ、そうだよなぁ」
『我がおったであろうに』
ネージュは不服を漏らすが、そこは対人なので諦めてもらう。
魔物等の危険を排除する意味ではネージュがいれば問題はないが、ソフィーがローレンスに何か思うところがあると勘違いされる訳にも行かないのだ。
「それで結局どうしたんだ?」
そこから先の話を聞きたがるフェルに、ソフィーは困ったような笑みを向けた。
「結論から言えば、ソフィーが足を治したという事ですね」
「はあ?ソフィーはそんな魔法も使えたのか?」
フェルがこういうのも分かるが、神官が出来る事であれば、当然聖女であるソフィーにもできると言い切れる事であった。
ネージュの話によれば、聖女とは教会でいうところの頂点に並ぶ存在と言えるのだとか。
勿論教会の組織としては枢機卿や教皇という立場の者もいるが、そこに並び、且つ教会の信仰を集める象徴として聖女がいるのだという。
その為神官が使える魔法は、その上位である枢機卿や教皇も使えるし、その中に聖女も入っているのである。
「ローレンスさんの話を聞いた時、以前ルースから教えてもらった魔法の中に“復元“というものがあったと思い出したの。今までは何に使うのか、どんな時につかうのかが分からなかったんだけど、こういう人の為にある魔法なんだと気付いたの」
ソフィーは、真摯な眼差しをフェルに向ける。その目は人々を助けるためにありたいのだと、そう訴えかけている様にも見えるものだった。
「そっか。ソフィーだもんな…」
「え?それってどういう意味で言ってるの?」
「ソフィーはソフィーだって事だよ」
フェルもどういう言葉で説明すれば良いのか、分かっていないようだ。
ソフィーは今までも人を害する事を嫌い、人の役に立てる人になりたいと常々考えていた女性だ。今回の事も、自分にできる事があれば力になりたいと思うような人であるとルースも分かっていたからこそ、あの場に残ったのだ。
フェルの言に、ソフィーは答えになっていないわよと拗ねているが、ただこの場にいる全ての者は、フェルの言葉はその通りだと感じていた為、ソフィーをフォローする者は誰もいなかったのである。
「それでソフィーが魔法をかける前に、他言無用のお願いをさせていただきました。少しの間、ご家族にも治っている事を伝えないで欲しいと、お願いしたのです」
「まぁあの場にいたのはデュオーニだけだったから、何かあったと思っても他言はしないと思うけど、あの夜急に動かなかった足が治ったなんて話が広まれば、いくら本人が何も言わなくても、周りにいる奴が誰がやったのかって、当日の動きを調べる可能性もあるからな」
「そうなのよね。実は私、そこまで気が回らなかったから、ルースが残ってくれてそこを言ってくれた事は、有難かったと思ってる」
「それにはローレンスさんも喜んで承諾してくださって、周りに黙っておいて冒険者に復帰してから皆を驚かせたいとまで言っていましたよ?」
クスリと笑ったルースとソフィーは、その時のローレンスの興奮した様子を思い出していた。
「そうだな。そういうのは俺も好きだからわかるわ。ビックリさせて喜びあえるって、考えただけで楽しそうだな」
フェルもニヤリと口角を上げて笑う。
「そういう事でしたので、これから私達はなるべく彼とは接触しない方向でいます。何か不都合があれば、いつでもここに来てくださいとは伝えてありますが」
「確かに辿られると面倒だし、俺達は何も知らない事にしておいた方が良いもんな。それでその復元って、すぐにバリバリ動けるようになる魔法なのか?」
「いいえ。その魔法だけでは落ちてしまった筋肉までは戻せなかったから、そこは自分の力で戻してもらう事になるみたいだったわ」
「…あぁそっか。ソフィーもその魔法を使ったのは、初めてだったっけ」
「ええ。だから魔法をかけた後に確認させてもらったんだけど、細くなってしまっている筋肉までは復元できていなくて、そこはこの魔法にもう少し頑張って欲しかったなって思ってしまったわ」
眉尻を下げてソフィーが話せば、そこまで万能なら完ぺきな魔法であったと確かに思う。
この様子では欠損などを修復しても、すぐにパッと動けるようになるのではなく筋肉をつけ体感を戻したり、バランス感覚を鍛えたりと、本人にも意識的に回復していく過程が必要であるようだと結論付けるルース達であった。
「そういう事があったんだな…」
「はい。フェルには先に戻っていただいて、すみませんでした」
「そこは気にすんなって。俺は後でちゃんと理由と結果を聞けてるんだし、多少は見てみたかったってところはあるけど、別に拘ってないからいいよ」
フェルは本当に気にするなというように、愁いのない笑みを2人へ向ける。
この人達と出逢いパーティを組めて本当に良かったと、目の前で微笑み合う2人見ながら、この時ルースはそんな事を考えていたのであった。
こうして暫く話をしていれば、深夜も過ぎてあと少しで日も出てくる頃となっていた。
「では遅くなりましたので、今日のところはこれ位にしましょう」
余りにも内容の濃い話をしていた為、まだ眠そうな者は一人もいないが、そろそろ体を休めなければ体調を崩してしまうかもしれない。
「ああ、そうだな。流石にそろそろ寝ないと拙いだろう」
「ええ、そうね。あ、明日の朝食は何時頃にする?」
「明日はゆっくりでも良いでしょう。ソフィーも大変でしょうし、昼食と一緒で構いません」
「俺も良いぞ?」
「フェルはのんびりし過ぎないでくださいね。食事の前には剣の練習がありますので」
「…明日もだな…」
ガックリするフェルに笑って、ソフィーは「お休みなさい」とネージュを連れて部屋に戻っていき、そしてルースとフェルも、軽く体を拭いた後にベッドへ入った。
「流石に今日は疲れたな」
体力はさほど使わなかったが、気持ち的にとフェルは言いたいようだ。
「そうですね。色々とあった一日でしたから」
ルース達はこの町に着いて、まだ2日目だ。
それなのに休む間もなく色々な事が起こったのだから、疲れるのも無理はない。
「それでソフィーの復元って、どうだったんだ?」
フェルは見ていなかった時の事を、ルースに聞いてきたのだった。
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あの後ローレンスの隣に来たソフィーは、彼の左膝に手を添えるようにして目を瞑った。
そして回復魔法よりも更に眩い光に包まれたかと思えば、ローレンスが一早く体の感覚の違いに気付いた様で、大きく目を見開いた。
「膝が軽い…」
恐る恐るというようにソフィーが離した膝に手を乗せたローレンスは、触った事でも違いに気付いたようで、すぐに立ち上がろうとして失敗し、ふらついて右膝をついたのだった。
「大丈夫ですか?」
転びそうになったローレンスを助け、再び座らせる。
すぐに立てると思っていたらしいローレンスは、少々戸惑いを見せた表情を浮かべていた。
「ごめんなさい、何か間違えたのかしら…。膝を見せてもらっても良い?」
「あ、はい」
患部だった左膝をズボンのすそをめくって出せば、そこから何かが落ち、そして彼の左足の細さを見てルースは眉尻を下げた。
ソフィーは再び膝に手を置くが、困惑した表情を浮かべている。
「治っている…はずね…」
そう言って足元に落ちた何かを拾い上げれば、それを見たローレンスは驚いた様にそれを見つめた。
「牙…?」
その象牙色の物は、2cmの長さで直径が1cm程の円錐だった。
「短いので、折れた牙の先…のようですね」
ルースもそれを見て、同じ意見だと告げる。
「じゃあ、これが僕の膝に入ってた物…」
ローレンスはソフィーの手からそれを受け取ると、摘まみ上げてからソフィーに視線を向けた。
「もらっても良いですか?」
「ええ。好きにしてもらっていいわよ?」
ありがとうございますとお礼を言った彼は、それを大事そうに右手で握り込んだ。
「それで、私が拝見してもその足は治っていると思いますが、ローレンスさんの足の筋力が低下しているため、思うように動けないのではと考えられます」
ルースの話にソフィーもローレンスも、そういう事かと納得した様だ。
治ったと分かれば人はすぐに元通りになったと考えてしまうが、この魔法は患部を元に戻しはしても、機能までは復元してくれないという事であったようだ。
「分かりました。じゃぁ、皆にはちゃんと動けるようになってから、驚いてもらう事にしますね」
そういって嬉し気に笑ったローレンスは、今日一番の笑みを浮かべたのだった。
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「へぇ…」
「ただその後、今度は立ち上がろうとしたソフィーがふらついてしまったのです」
「え?」
「どうもあの復元という魔法は魔力を多く使う魔法であったらしく、ネージュが言うには、ソフィーの魔力が少なくなっていた為にふらついたのだという事でした」
「帰りは大丈夫だったのか?」
「はい。すぐに、魔力ポーションを飲んでもらいましたので」
ルースがそう伝えれば、フェルはホッとした様にひとつ息を吐きだしたのだった。