【146】お帰り
ヤドニクス湖の湖畔を離れたフェルとデュオーニは、シュバルツを伴って森の道を歩いて行く。
フェルは何となく、隣にいたソフィーの雰囲気が緊張したものに変わった事で、何かをしようとしていると感じていたが、ここはそのまま2人に従った形をとった。
デュオーニの親が心配している事も分かっていたし、あの2人は、後からちゃんと説明してくれるはずだという信頼からくるものである。
「デュオーニはこれから家に戻ったら、心配されて色々言われると思うぞ?きちんとした話を考えておいた方が良いな」
はっきりとお説教されるとまでは言い切れないが、あの父親の顔ではすぐに許してもらえないだろうとデュオーニに忠告する。
「はい…。家族にはこれまでの事をちゃんと謝って、これからどうしたいかを話そうと思います」
シュンと沈んでいるデュオーニは、皆に迷惑をかけた事を自覚している。
その様子にフェルは周りの気配を気にしながらも、デュオーニに笑みを向けた。
「俺は、魔法が使えるんだ」
急に話が飛んで、フェルの自慢話のようにも聞こえる言葉を聞いたデュオーニは、魔法という単語にピクリと肩を揺らした。
「…そうですか」
何と答えれば良いのかもわからず、デュオーニはそう応える。
「俺はずっと、魔力が欲しかったんだ」
今魔法が使えると言ったばかりなのに、どういう意味かとデュオーニがフェルを見上げれば、フェルは前を向きずっと遠くを見つめていた。
「俺は騎士という職業が出た。じいちゃんが騎士で、それをずっと憧れてたんだ。でも俺はその上を目指したいと思うようになったんだが、俺には魔力が出なかった…」
その時の事を思い出しているのか、フェルは苦しそうに笑う。
「騎士の上位職は聖騎士だが、その聖騎士になる為には自分を鍛える事以外に、魔力がないと目指せないものだった」
「弓士で言うところの魔弓士みたいなものですね」
「ん?そうか、弓士にもそういうのがあるんだな。多分そんな感じだろう。そして魔力がないと諦めていた俺を、ルースは“諦めるな“と言ってくれた」
そう話すフェルの顔は、今度は幸せそうに微笑んでいる。
デュオーニはフェルの顔を見つめながら、良く表情が変わる人だとそんな風に感じていた。
「俺には聖騎士になる為の資格があるって、だからその希望を持っていても良いんだって、ずっと言い続けてくれたんだ。だから俺もルースの言葉を信じてやってきた。その結果、今は魔力を持つ事が出来るようになったんだ」
「そうですか…」
「そうだ。俺は友達を信じて諦めなかった」
フェルは松明の火に照らされて輝く瞳を、デュオーニに向けた。
「周りの人達を信じろ。デュオーニに冒険者を辞めろと言ってくるあいつは別だが、父さんやさっきの友達は、お前の事を心から心配して大切だと思ってくれている様だった。だから、諦めるなよ。本当は自分がどうしたいのかをちゃんと考えれば、きっと周りの人達は、デュオーニの事を応援してくれるはずだ」
フェルの言いたかったことが分かったデュオーニは、その言葉に下を向いた。
「でも僕は…」
「ん?何でそう言い切れる?デュオーニの父さんの話じゃ、デュオーニには魔力があったと言っていなかったか?」
フェルの言葉にピクリと肩を揺らしたデュオーニは、苦しそうな表情でフェルを見た。
「僕がもしまだ魔力があったとしても、それで又人を危険な目にあわせるのなら、それはない方が良いんです…」
後ろ向きな思考を手放さないデュオーニに、フェルは呆れた目を向ける。
「お前なぁ…そりゃあ魔力を使う練習をしなければ当然危ない事にもなるだろうが、ちゃんとそれを知って頑張って練習していけば、それは自分の力になるんだぞ?」
フェルは魔力を手に入れてから、面倒とは思いながらもルースのお陰で少しずつ魔法も使える様になった。だからこそ、その行動の意味を身をもって実感しているし、小言に聞こえるルースの言葉でさえその言葉を信頼し、大切な仲間の助言として受け入れているのだ。
「人は何でも、初めから上手くいくとは限らない。でも色んな人と出会って、その人達の事を大切に思えるようになれば、人は変われるって事だ」
良い事言ってるだろう?とフェルがシュバルツを見れば、シュバルツは我関せずとあらぬ方を向いていた。
「何だよシュバルツ…」
『ソレヨリモ,モウ町ダゾ』
あくまでもノーコメントを貫くシュバルツに、フェルはヤレヤレと首を振って笑った。
「この友達は、俺に冷たいなぁ…。さて、もう町に着くぞ。デュオーニはちゃんと謝る準備をしておけよ?」
「…はい」
そうして2人は町の門まで到着し、閉まっている門を開けてもらって中へと入っていった。
それからフェルは何も言わずにデュオーニを家まで送っていく。
流石のフェルももう何も言わず、デュオーニが考える時間を作ってあげているのだった。
そして家の前まで来れば、家の窓から光が漏れ、まだ家族がデュオーニの帰りを待っていてくれているのだと分かる。
家の前で立ち止まってしまったデュオーニは、まだ中に入る事を躊躇している様だ。
しかし人の気配に気付いたのか、先に家の扉が開き、トーマスと母親らしき女性が出てきてデュオーニに抱き着いた。
「「デュオーニ!!」」
「デュオーニ…デュオーニ…」
固まったままのデュオーニは名前を呼ばれて目を瞑るも、ただただ名前を呼ぶだけの両親へ、耐えきれなくなったように言葉を返した。
「ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい…」
何に対する謝罪とは聞かぬまでも、その答えは明白だ。
「ごめんなさい」
そう繰り返すデュオーニに、両親は両脇から抱き着いたまま首を振っているだけだった。
フェルは少し離れてそれを見ていたが指で鼻の下を擦ると、静かに踵を返した。その動きに気付いたトーマスは、フェルに顔を向け「ありがとう」と感謝を伝え、それに頷いたフェルは静かに再び来た道を戻っていった。
「俺も遅くまで外にいた時は、心配させたのかなぁ」
そうぽつりと自分の両親の事を考えフェルが呟けば、シュバルツは『ドウダカナ』という念話を送った。
「どうだかなって何だよ…」
『我ハ,オ前ノ親デハナイカラ,知ラヌトイウ意味だ』
「そうだけど、それにしてももっと言い方ってもんがあるだろう?」
こうしていつもの会話を続けて歩いて行けば、暗い夜道の中フェルとシュバルツの周りだけが、なぜか明るい光が当たっているような雰囲気となっていたのだった。
フェルがそれからギルドの宿に戻った後、暫くしてルースとソフィーも戻ってきた。
随分と時間がかかったが、あのローレンスという青年は歩きもゆっくりだった為だろうと、フェルは納得していた。
「「ただいま」」
「おう、お帰り」
こうしてやっと3人が宿にそろったのは、もうすぐ日付も変わろうかという頃だった。
「ローレンスさんを家まで送り届けてきました。遅くなってすみません」
「そうか、まぁ皆が無事で良かったな。デュオーニも今頃は家族に怒られ終わってる頃だろう」
そんなフェルの言い方に、ルースとソフィーはクスリと笑う。
「ん?何だ?」
「いえ、だって“怒られ終わってる“って言い方が…フェルらしいなと思ったの」
「おかしいか?」
「いいえ、フェルらしいなってだけよ」
3人もやっとのんびりした時間になるが、今日はまだ色々と話さなければならない事が沢山あるのだ。
「お二人はもう休みたいですか?」
ルースの言い方に含みがあると気付いたフェルとソフィーは、多少の疲れはあるが、今日はクエストも受けていない為、まだ体力に余裕がある旨を伝える。
「俺はまだ平気だぞ?」
「私も大丈夫よ?」
こうして2人の了承を得て、3人はベッドの間にある床に腰を下ろす。
「お茶を出すわね」
ソフィーは手元の巾着から暖かいお茶を出して、ルースとフェルの前に置く。
「ありがと。ちょっと動いたから腹も減ってきたな…」
「では、今日頂いてきた果物でも食べましょうか」
「賛成~」
「糖分も取れるし良いわね。今出すわ」
ソフィーは巾着から、今日果物屋の女将さんがくれグレイプを取り出し、一皿ずつにひと房をおいて2つを3人の前に並べていく。これならば切り分ける手間もない為、手軽に食べる事が出来る。
そして早速手を出そうとしていたフェルを、ルースが止めた。
「ん?出したのに食べちゃ駄目なのか?」
「少しだけ待ってくださいね」
そう言ってルースは、一皿ずつに乗ったグレイプに軽く触れていく。
「何してんだ?」
「これからお話しします」
「何かあるって事ね?」
ソフィーはフフっと笑って、ルースの動きを見つめた。
そうしてルースが2つのお皿を順番に指さしながら話す。
「こちらの方は種がありますから、気をつけてください。こちらには種がありませんので、気にせずに食べてください」
「は?何言ってんだルース、見ただけじゃ分かんないぞ?」
ソフィーは昼間の答え合わせだと直ぐに気付いた様で、種のないグレイプを一つ摘まんで口に入れた。
「うん、種はないわね。美味しい」
それを見ていたフェルは、今度は隣の皿のグレイプを口に放り込む。
―ガリッ―
「うっ」
「種ね?」
2人がルースの顔へ視線を向けると、ルースは「当たりましたね」とニッコリ笑った。