【145】元冒険者
デュオーニが呼んだ名前に反応したのか一度肩で息をすると、薄茶色の髪を前後に揺らしながら脇に挟んだ杖を鳴らし、その人物は更に焚火の方へと近付いてきた。
少し息が切れているのか、それとも安堵のため息か。再度大きく息を吐いたローレンスは、そのままじっとデュオーニに視線を向けて立ち止まる。
「お父さんが、町中を探してたぞ?」
そして彼の開いた口からは、デュオーニの父親の事を告げていたのだった。
「ローレンスがどうして…」
「僕の家までデュオを探しに来たんだ。僕の家に来ていないかってね」
それを聞いて必死になって探してくれている父親を想像したのか、デュオーニはギュッと目を瞑った。
「それで貴方まで探しに来てくれたの?」
ソフィーはこの彼が原因でガイスが絡んで来る事を知ったが、この彼の様子がガイスと違うものであった為、声を掛けた様だった。
「はい、多分ここじゃないかって。デュオは何かあると、いつもここに来てるって聞いていたので」
彼もデュオーニを心配してこの暗闇の中を、不自由な足でここまで探しに来てくれたようだ。
そう考えればガイスがいつも絡んできていたのは、ローレンスが何か言ったからという事ではなさそうで、それにローレンスがデュオーニを愛称で呼んでいるところをみれば、彼はまだデュオーニを友達だと思っているのだともうかがえた。
「心配したけど、怪我はなさそうだな。それで、この人達は?」
デュオーニと焚火を囲んでいるルース達を不思議に思ったのか、ローレンスはデュオーニに聞いた。
「申し遅れました。私達はデュオーニさんの知り合いで、月光の雫という冒険者です。私がルース、彼はフェル、彼女はソフィアと申します。私達も先程お父様とお会いして、ここへデュオーニさんを探しに来たのです」
ルースはデュオーニに聞かれた問いに、自己紹介という形でローレンスへ説明した。
「そうでしたか。僕はローレンスと言います。以前デュオーニとはパーティを組んでいたんですが、僕が怪我をしてしまって今は冒険者ではありませんが、今もデュオーニの友達です」
はっきりと言い切ったローレンスに、デュオーニは閉じていた目を開き、唖然とした表情を向けた。
「ローレンス…」
「だろう?デュオ」
ニカッと笑った彼は、愁いが一切ない目をデュオーニへ向けていた。
「ローレンスさんも、こちらで火に当たりませんか?」
ルースは腰を上げ、ローレンスの傍へ近付く。
「でも…」
と彼が言ったところで、もう少しだけ休んで帰りましょうと話す。
「お父様には既に連絡を出してありますし、貴方もお疲れの様ですし、ね?」
そうルースが言葉を掛ければ、ルースの気遣いに申し訳なさそうな顔をしてローレンスは頷く。そしてルースと共に焚火へ近付き、デュオーニの隣にゆっくりと腰を下ろしていく。
それにデュオーニも慌てて手伝い、彼は左足を伸ばしたままの状態で地面に座り込むと、後ろに杖を置いた。
そして皆が座ったところで、ローレンスは隣のデュオーニを訝し気に見た。
「それで、デュオはさっき冒険者を辞めるって言ってなかったか?」
「うん…」
「何でだよ。せっかく今まで頑張ってきたのに、勿体ないじゃないか」
ローレンスも、デュオーニが冒険者を辞めようとしている事を止めたいようだ。
「折角ローレンスが庇ってくれたけど、僕がいると皆を危険な目にあわせるって気付いたんだよ…」
「は?僕の事を言ってるのか?それって自意識過剰って言うんだぞ?僕は自分の失敗で怪我をしたのであって、これはデュオーニのせいじゃないっ」
そして話を聞けば、ローレンスがデュオーニを庇って魔物の前に出た為、デュオーニを襲おうとしていた魔物に、足を噛みつかれてしまったという事らしかった。
「すぐにポーションは使わなかったのか?」
その話に、フェルが疑問を口にする。
ポーションがいくら高額でも、パーティであれば喩え1本でも用意しているのが普通だ。冒険者はいつも危険に晒される事を自覚しているため傷薬などもそうだが、ポーションは金を出し合ってでも持つべき必需品で、それを踏まえた上でのフェルの問いかけだった。
「いえ、ポーションをすぐに使ったんです…」
デュオーニがそれに答えるも、更に疑問を募らせたフェルが再び口を開こうとすれば、先にローレンスが話し出す。
「ポーションを掛けてすぐに傷は塞がりました。でもその処置が間違えていたんです…」
ローレンスは、苦笑を浮かべて自分の足を見つめた。
「間違えてた…?」
「ええ。ポーションを掛けた事で、中に入ってしまった魔物の牙が、残ったままになってしまったんです」
ポーションはソフィーが使う治癒魔法とは違い、傷を治す事を目的としている薬だ。その為、骨折や裂傷は治せても異物を排除する事は出来ないのだった。
「膝の間に刺さるように牙が食い込んでいたらしく、それで足が思うように曲がらなくなりました」
寂しそうに眉尻を下げて言うローレンスは、まだまだ冒険者を続けていたかったのだろうとルースは思う。
「そうだったの…」
ソフィーは自分がその場にいなかった事を悔やむように、苦しそうに言葉を落とした。
ソフィーは数少ない治癒魔法の使い手だが、ソフィーのいない所ではその怪我を治す事は出来ないのだ。今更どうしようもないと分かっていても、ソフィーは彼らを思って心を痛めていた。
「帰ってから、町の治療院には診てもらわなかったのか?」
「診てもらいました。でもそこでは、膝に刺さった牙を抜く事はもう難しいと。人力で取り出すには、本格的な医療施設に行かないと無理だと言われたんです。それか大きな教会に行って、神官様に復元の治癒を掛けてもらうしかないと」
「復元の治癒?」
フェルはそう聞き直してルースへ視線を向けたのだが、ローレンスはそれも自分への問いだと思った様で、そのまま言葉を続けた。
「はい。何でも神官様は普通の治癒魔法とは別の魔法も使えるらしく、体の欠損さえも戻してくれる魔法が使えるのだそうです。その魔法であれば、僕の中に入ってしまった牙も取る事が出来て、体への負担もなく元の状態に戻してくれるそうです」
そう言ったローレンスはそこで言葉を止めると、諦めたように笑う。
「でもその医療施設も教会も、遠い王都にあると言われました。そして神官様への治療費は金貨100枚程かかると聞いて…。だからもういいんです」
ローレンスの話にルース達3人は言葉を失う。人々を助けるためにあると思っていた教会が、怪我人からそんな大金を取っていたとはルース達には思いもよらぬ話であり、それは増々教会に不信感を抱かせる話となったのである。
「そんな大金、後何年冒険者をやっても僕では作れない…」
デュオーニは悔しそうに言葉を紡ぐ。
「気にするなってデュオ。これは僕の失敗だし、後悔もしていない。デュオがそうやって責任を感じる事もないよ」
ローレンスは肩を落として額に手を当てているデュオーニの肩を叩いた。
そのやり取りにルースはフェルとソフィーに視線を巡らせれば、ソフィーは思いつめたようにネージュを見つめている。
「だからデュオの責任でもないし、冒険者を辞める必要もない。まだまだ僕の分まで頑張って、S級冒険者になってくれよ?」
冗談を言ったようにニヤリと笑みを浮かべるローレンス。
「でも僕は…」
言い淀むデュオーニは、父親まで怪我をさせてしまったと知ってしまった。そしてデュオーニがその事を今まで知らなかったのなら、当然ローレンスもその事を知らないのだろう。
「デュオーニさん。今後の事を考えるのであれば、家に戻ってからでもできます。ご家族が心配していましたので、そろそろ戻った方が良いでしょう」
ルースの言葉にデュオーニは顔を上げ、諦めたように頷いた。
彼も少しは落ち着いてきたらしく、素直に帰る事にしてくれた様だった。
そしてソフィーは思いつめた顔をして、ルースを見つめてきた。
『ソフィアとその者はまだここに残る。おぬし達はそやつを連れて先に帰っておると良い』
ネージュの視線がルースに向けられているところをみれば、ネージュはルースにだけ念話を送っているのだと感じた。
それに頷いたルースは、隣に座ったローレンスが腰を浮かせようとしているところを止める。
「ローレンスさん、貴方はまだお疲れの様ですから、もう少し休んで帰りましょう。フェル、申し訳ありませんが、デュオーニさんを連れて先に戻っていただけますか?」
「ルース…」
ソフィーがそう言ったルースに困惑した顔をした。
ソフィーが何かを考えている様だが、いくらネージュがいるとは言え、ここにローレンスとソフィーだけを残しておくことは出来ないとルースはそう結論を出したのだった。
「私も少し疲れているので、もう少し休憩したいのです。お願いできますか?フェル」
そう言われてしまえば、フェルも承知したと頷く。
「シュバルツが帰ってきましたので、シュバルツもフェルに同行してもらいましょう。よろしいですね?シュバルツ」
『承知シタ』
その念話と共に降りてきたシュバルツは、ふわりとフェルの肩に留まる。
「こちらはシュバルツといって、私達の友達です。彼がいれば夜道も安心できるのですよ?」
冗談の様に言うルースの言葉に、ローレンスは笑った。
「じゃあ彼に護ってもらって先に帰っててくれ、デュオ。お父さんが凄く心配していたしな」
それにデュオーニが神妙に頷き返せば、フェルは焚火から太めの枝を取り出し松明にすると、ルースとソフィーに手を上げて、デュオーニと共に一足先に町へと戻っていったのだった。
いつも拙作にお付き合い下さり、ありがとうございます。
明日は予約投稿となりますので、20時20分頃の更新予定です。
引き続き、ルース達をよろしくお願いいたします。