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【142】窓

 しばしの沈黙の後、ルースはそっと口を開いた。

「お怪我をされた時、ご自身にもポーションを使われなかったのですか?」


 その問いかけに、トーマスは苦笑を浮かべた。

「その時あったポーションは1本だけだった。だから迷わず息子に使ったんだよ」

 その言葉でしんみりと又沈黙が落ちれば、ネージュの耳だけがピクリと動く。


 それ以上の対処が出来なかったのかと聞きたいが、ポーションは高価なものであるし、治癒魔法もデュオーニが言っていたように更に高額なうえ、その回復魔法でさえ、時間が経ってしまえば既に固まってしまった骨折や切れた筋などは、元に戻す事はできなくなってしまうのだ。

 その様な繊細な部分に口を出す事は失礼に当たる為、ルースもこれ以上は尋ねる事はできない。


「そうでしたか…」

「でもこの腕の事は、今も後悔はしていないんだよ。あの時、俺に魔力をぶつけた事で息子の命が助かったんだ。この腕1本で息子の命が救えたのなら、俺はこの腕さえも愛おしく見えるんだ」

 そう言って腕をさすりながら、トーマスは柔らかな表情を浮かべた。



「ああ、もうこんな時間か。引き留めてしまって悪かったね」

 外が茜色に色付きはじめてきた事に気付いたトーマスは、静まり返った室内の雰囲気を切り替えるように、笑みを見せて席を立った。

 そう言われてルースも、夕食の食材を買い出ししていたであろうトーマスのお邪魔になると、フェルとソフィーに頷いて3人も席を立つ。

 それから家の前まで見送ってくれたトーマスに「お邪魔いたしました」と言えば、トーマスは柔らかな笑みを浮かべて3人を見た。


「君達は旅をしている冒険者だと聞いているが、この町にいる間だけでも、デュオーニの事をよろしく頼むよ」

 息子と親しくなった冒険者に、そう言ってせめてもの願いを申し出る。

「デュオーニが真面目に弓士として頑張っている事を、俺が一番良くわかっているんだが、そんなデュオーニも冒険者ギルドでは色々あるようでね…」


 多くは語らないが、トーマスもデュオーニの立場を知っているらしく、寂しそうに微笑んで口を閉じた。

「はい。私達がこの町にいる間は、少しでもデュオーニさんのお手伝いが出来ればと考えています」

「デュオーニは…デュオーニ君は、親切で素晴らしい人物だと思っています。俺はそんな彼と仲良くなれれば嬉しいです」

 ソフィーもフェルの言葉に頷けば、トーマスは「ありがとう」と言って、帰っていく3人を見送った。


「さて夕食を作らないと、デュオーニが腹を空かせて帰ってきてしまうな」

 今日の不思議な出会いに軽く笑みを湛え、トーマスは気持ちを切り替えるように家の中へと戻っていったのだった。



 -----



 先程ルース達がトーマスと道で出会った頃、今日のクエスト報告で冒険者ギルドにいたデュオーニは、一人受付の列に並んでいた。


 2日連続で見かけたあのパーティは、今日クエストを受けなかったのか、朝も今も冒険者ギルドでその姿を見掛けなかった事に、今日も会えるかもしれないと期待していたデュオーニは少々残念に思っていた。

 しかし考えてみれば彼らはこの町に着たばかりであり、休息も必要なのだろうと思って納得する。

 そして今日はいつもの様に一人でクエストを受け、そうして今しがた、やっと冒険者ギルドへ戻ってきた所だった。


 デュオーニが並んでいた前の冒険者が終わり、やっとデュオーニの番が来た。

 今日もチラチラと視線を感じるが、今まで時々感じた様な刺さる視線ではなく、今は興味を持った視線が向けられているとデュオーニは感じていた。


 そうして受付の前に進み出て冒険者カードを出せば、ギルド職員は何を言われずともそのカードを参照して、これから行う事を確認する。

「今日はスライムのクエストでしたね?素材はお持ちですか?」

 淡々としたやり取りに「はい」とだけ返事をしたデュオーニは、いつもの大きな袋から1つ緑色の物と、薬草もお願いしますとそちらも取り出した。


 今日デュオーニは、昨日教えてもらったスライムのクエストを一人で受けてみようと、森に入ったのだった。

 その通いなれた森で、デュオーニは余り狩人が行かない場所を探し、そこで薬草を見つけると、教えられた通り静かに一人で薬草を摘んだ。

 しかし昨日は30分程で気配を察したルース達であったが、デュオーニにはその気配を掴むことが出来ず、1時間たってもそこではスライムを見つける事ができなかった。

 そうして又場所を変え、1時間ずつのんびりと薬草を摘んでいれば、ようやく昼を過ぎた頃、間近に近付いてきていたスライムの気配をとらえ、静かに矢を番えてそれを捕まえる事が出来たのだった。

 その後も場所を変え粘ってはみたものの、結局はその1匹しか捕まえる事が出来なかった。

 昨日は簡単そうにスライムを捕まえていた彼らだったが、それは彼らであったからできた事だと、デュオーニは今日身をもって感じたのであった。


 それでもしっかりと1匹を捕まえてこうしてギルドに出したデュオーニは、自分なりに頑張ったと納得し、胸を張ってスライムをそこへ置いたのであった。

「はい。確かにグリーンスライムですね。こちらは1体8,500ルピル、薬草は400ルピルとなりますので、後日入金の確認をお願いします」

「はい。ありがとうございます」


 こうして無事に今日のクエストを終えたデュオーニは、今日はガイスにも会わなかった事にホッとして、良い一日だったと父親に伝える為に急いで家に帰っていったのだった。



 そして家の前に到着し何となく視線を窓へ向ければ、最近建付けの悪くなっている窓が少し開いている事に気付いて、片腕で生活している父親に不便がないようにそろそろ修理が必要だなと、その具合を確かめるべくその窓へと近付いて行った。

 するとその窓から話し声が聞こえる事に気付いたデュオーニは、お客さんかな?と思いながら静かに近付いて行く。そうして近付いた窓からカタリという音が聞こえ、それと共に家の中で気配が動く。


 どうかしたのだろうかとデュオーニが耳を澄ませば、父親が何かを倒してしまった様で謝罪する声が聞こえる。右腕が動かない父親は、気をつけていても時々物を倒してしまう事があるのだ。それに思い当たったデュオーニは、父親の声の様子から怪我はなさそうで良かったと笑みを浮かべた。

 それに続けて聞き覚えのある声が室内から聞こえてきて、その声に、今日冒険者ギルドで見かけなかった人達がなぜうちにいるのかと首をかしげた。

 彼らに何の話をしているのか。父親がデュオーニを心配してルース達に何かお願いしているのでなければ良いなと、盗み聞きになる事に躊躇するも、そっと窓の横に立って室内の声を拾う。


「―――これはもう、14年前からなんだ。それまでは私も狩人をしていたんだよ」

 その声に、動かない腕の説明をしているようだと察する。

「これは仕事中の怪我ではないんだよ。それを知っているのは私と妻だけなんだ。だからデュオーニには言わないで欲しい」

 父さんはいったい何を言うつもりなのかと、デュオーニは眉間にシワを寄せた。


「まだ、あの子が小さかった時だ。3歳になったばかりの頃、息子には魔力があると気付いた」

 父親の声に、デュオーニは大きく目を開く。

 そんな話は今まで一度もされた事はないし、ましてや自分に魔力があるなどとは知らなかったのだ。教会でのステータス確認でも、魔力の数値は出ていなかったのだから。


「その時息子にちゃんとした教えを受けさせていれば、あんな事にはならなかったと…。俺と妻には魔力がないから、そこまで頭が回らなかったんだ」

 父親は更に何を言おうとしているのか…。

 デュオーニが聞いた事もない悔しそうな声色で、トーマスは話を続けていた。


「それから暫くして、デュオーニの魔力が暴発を起こしてしまった。俺は丁度近くにいてそれを目撃し、泣き声をあげながら自分の放つ魔法でズタズタになっていく息子に、咄嗟にこの手を伸ばす事しか思いつかなかった。…そしてやっと魔力が切れたのかそれが収まった時、俺の腕の中で息子は気を失っていた」

(…え?!)

「その後すぐに家にあったポーションで息子の引き裂かれた傷を治したが、それから3日間高熱を出して眠ったままで、次に目覚めた時にはその時の記憶も魔力もなくなっていたようだった…」


 デュオーニは息を止めたまま、父親の話を聞いていた。

 しかし余りの衝撃に、理解が追い付かない。

(魔力暴発?父さんは…そのせいで?―父さんの腕は僕がやったのか?!―)

 混乱する頭で、デュオーニは唖然と空を見上げた。もう何が何だか分からず、何を考えてよいのかも分からない。

「その時あったポーションは1本だけだった。だから迷わず息子に使ったんだよ」


 デュオーニにはもう、その声を受け入れる余裕はなかった。

 これ以上それを聞かなくて済むように、気付けばデュオーニはそこから駆け出していたのだった。


いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。

重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>

今後も引き続き、お付き合いの程よろしくお願いいたします。

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