【140】そこにみえたもの
念願のマジックバッグをやっと手に入れたルース達は、今日は町の散策を兼ねているため食料品店なども見て回りながら昼食を摂った。
先ほど金貨20枚という大金を支払ってはいるが、ルース達の懐にはまだ余裕がある。
それは以前、デイラングの町の為にと買い取りに出した魔石のお陰だった。デイラングを発った後、しばらくして入金されたお金は、あの魔石1つで金貨50枚という金額が振り込まれていたのだ。
ギルドマスターのハリオットが言っていた“選んでいる“と言った言葉は、高く買い取ってくれる所を選んでくれていたという意味であったらしい。
魔石の相場はルース達には分からないが、あの魔石はあまり流通される大きさではなかった様で、あれ以降もあの大きさの魔石をルース達は見た事がない。
いったい誰が買い取ってくれたのかは分からないが、そのパーティ名義で入金されたお金をソフィーの金だと渡そうとすれば、それはそのままパーティのお金にして欲しいとソフィーにお願いされたのだ。
その様な経緯で、月光の雫パーティにはまだ資金に余裕があった。
その為今日は、必要な物を揃えてしまおうという話になっており、体の成長速度も安定してきたことも踏まえて、フェルの希望もあり防具などもこの町で買い替える事を予定している。
そんな事で次は防具屋に寄るために、昼食後は冒険者ギルドがある西側へと戻る通りを進んでいく。
この町にも冒険者ギルドの近くには、武器屋・防具屋・魔術具店などがある。
この魔術具店とは魔法使いの専門店の様なもので、武器や防具、魔導書など魔法使いが使うものだけを専門に集めた店という事らしい。確かに杖ひとつとっても様々な種類があるし、ローブもまた然り。
その為この町には魔法使いが多いのかと思えばその逆で、普通の武器屋や防具屋の狭い店内に狩人や冒険者用の武器や防具を多く在庫しているために、魔術関連の物をわざわざ別に分けたのだと防具屋から教えてもらったのだった。
確かに狩人が多くいるこの町では、彼らが購入する類のものを多く在庫しておかねばならず、限られた店内では限界もあり、いつしか魔法使いの専門店という形で魔術具店が出来たのだという。
そんな珍しい話を聞きながらフェルとソフィーの防具を選んでいけば、フェルは腕に着ける小型の盾をやめ、もう少し大きなものに変えるというので、今までの盾を下取りに出し…といっても大分使い込まれているので二束三文ではあったが、新しく中型の盾を見ている。今後は手荷物もなくなるからと言って、腕に着ける物ではなく一回り大きくした60cmの円盾にするらしい。
今までも円盾を使っていた為それに慣れているという事もあるが、また円にするのは視界の確保がし易い為だとフェルは言っていた。ルースはその辺りの知識がない為、そうなのかと素直に納得したのだった。
そしてフェルの胸当ては、次も機動性を重視した物と考えて胸部のみの物にするようだ。それでも素材の強度や大きくしたサイズの事もあり今までよりは重くなったと言っていたが、動きにその重さを感じさせないところは流石に筋骨隆々になったフェルであると言えた。
そしてソフィーの防具は悩んだ挙句、こちらは軽さ重視という意味で革製の胸当てにした様だった。その為この際にと、防御魔法の施されている上衣を3人分購入することにした。
ソフィーは防御魔法も使えるが、これは不意打ちなどのもしもの時に備えた物であるといえる。そしてソフィーの防御魔法は服などに付与できない為、ここは商品を購入することにしたのである。
そして武器や防具の支払いは、パーティ資金からの支払いにした。
いつもクエストなどの収入は、その殆どをパーティの資金としている事もあるし、どうせ個人のお金を使うのならば、必需品を買う時ではなく好きな物を買う時に使って欲しいというのがルースの言である。
結局この防具屋での買い物は結構な金額になったが、まとめて買ってくれたからと店主が値引きしてくれたこともあり、出費も嵩んだが納得した買い物が出来たので皆に不満はない。
こうして必要な物を買い揃えたルース達だが、まだ陽も高いという事でもう一度食料品店の並ぶ通りまで出た。
今日はそんな穏やかな日を過ごしつつ、果物屋の店先を覗く。
「いらっしゃい。どれも甘くて美味しいよ」
女将さんが花柄のエプロンをなびかせて来店客の対応をしている横で、色とりどりの果物を真剣に見ている3人である。
「ん~どれにしようかしら?」
「おっあれなんてどうだ?」
フェルが指さした物は、淡い緑色をした玉のような果物だ。
しかも一見同じものが並べてあるように見える緑の玉は、良く見ると柄や大きさが少し違うのだと気付く。
「それは“ロメン“だよ。大きさや柄が少し違ってるでしょう?それは取れた場所が違うから、同じロメンでも少し味が違うんだよ」
女将さんがルース達の見ている物を、接客しながらも教えてくれる。
「へぇ~、同じなのに違うのか…」
哲学的にも聞こえるフェルの言葉はそのままに、ルースはその内のひとつを手に取ってみる。
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名称:ロメン
種別:果実
産地:ウィルス王国北部地方
状態:未熟
糖度:10
種核:あり
特記:―
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ルースはそれを戻し、再び隣の一回り大きなものを手に取る。
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名称:ロメン
種別:果実
産地:ウィルス王国西部地方
状態:完熟・食べ頃
糖度:19
種核:あり
特記:―
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今手にしているロメンは完熟しているらしいなと、再び店先に戻した。
ルースの今の情報は、今日から急に見えるようになった物だった。その発端と言えるのは、道具屋の1件目で、フェルから渡されたマジックバッグを手に持った時だった。
なぜか視界の中に、手にしたバッグの情報が文字として浮かんできたのだ。
その時ルースは、自分に不具合でも起きているのではないかと考えてみたのだが、その後も詳細を知りたいと思う物を手に持つと、なぜか文字が見えてくるのだった。
そして何度か検証をした結果、自分は触った物の情報を見ているのだと結論付けた。
ただフェル達に突然この様な話をしてもこの情報を見せる事は出来ない為、どのようにして話そうかと今日ルースはずっとそれを考えていたのである。
そしてついでにこの果物屋でもその情報を検証しつつ、出来るだけ甘い果物を購入しようとこっそり思っているルースだった。
そうして次に持った3つ目のロメンは、完熟しすぎて腐りかけている物だと知る。
ルースは果物の専門知識がない為この外見からでは全く分からないが、文字の情報ではそうなっているのである。
「女将さん、この果物は少々熟しすぎているかも知れません…」
「え?何だってそりゃあ大変だわ」
ルースの声に慌てて近寄ってきた女将さんは、ルースが手に持っているロメンを受け取ると、グルリと見回してから頷いた。
「確かにこれは、売り物にしたら駄目なやつだわ。教えてくれてありがとね。もしこれをお客さんに売ってしまったら、苦情が来るところだったよ」
そう話した女将さんは、そのロメンをもって店の奥に引っ込んで行った。
「ルース、良くわかったな」
「この果物の事、良く知ってるのね」
フェルもソフィーも感心している様だが、これも後でちゃんと説明しなくてはと、この場は苦笑するにとどめたルースであった。
結局この果物屋ではロメンを2つ購入したのだが、助かったからと言って“グレイプ“という房の果物を2房オマケしてくれた。こちらは深紫の大振りの粒が輝いており、ルースにも一目で完熟された甘い物であるなと、情報を視なくても分かるものであった。
女将さんの笑顔に見送られ、3人が再び町中を歩き出して行けば、ルース達の少し前を歩いていた人が誰かとぶつかった様で、盛大に荷物を落としてしまったのだった。
それにも関わらず、ぶつかったであろう人は「悪い、急いでるんでゴメン!」とルース達の横を走り去っていってしまったのだ。
「何だよ、あの人の荷物を拾うの手伝えって…」
フェルが文句を言いながらルース達はその人の傍に走りよると、散らばった荷物を一人拾っている人物を手伝うべく声を掛けた。
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
ソフィーがその男性に声を掛けている間に、ルースとフェルが散らばった野菜や果物を拾い集めていく。
「ありがとうございます。すみません、私は大丈夫です」
その声を聞いて、再び買い物袋に入れ直した物をルースが差し出す。
「崩れたものは無さそうでしたよ」
ルースが食材の無事を伝えれば、「ありがとうございます」と左手を出して荷物を受け取ろうとする。
「もしかして、お怪我をされたのですか?」
普通は両手で受け取るほどの荷物を片手で受け取ろうとする人物の右腕は、先程から一度も動かしていないと気付いたルースが言葉を掛けた。
それに気付いた男性は、ああと困った顔で返事をする。
「これは前からなので、先程の事で怪我はありませんから」
「そうでしたか、大変失礼を申し上げました」
「いいえ、気にしていませんので謝罪は不要ですよ」
そう言って微笑んだ男性は、赤い髪で緋色の目尻にシワを作った40代位の人物だった。
「もう買い物は終わったんですか?」
急に切り替わったフェルの話で咄嗟に「ええ」と答えた男性に、フェルはニッコリと人好きのする笑みを向ける。
「じゃあ、俺が荷物を家まで運びますね」
そう言ってルースから彼の荷物を受け取り、半ば強引に先を促したフェルなのであった。