【139】1万ですか?!
早速、足に印を着けてもらったシュバルツは、嬉しそうに空へと飛んで行ってしまった。そんなに外に出るのを我慢していたのかと思える程、その姿は嬉し気であった。
「気を付けてね」
とソフィーは手を振りながら声を掛け、それには『善処スル』という飄々とした返事が返ってきて、皆の笑いを誘っていた。
こうして再び町中を歩き出した3人は、次はマジックバッグを探しに道具屋へ行ってみる事にする。
道具屋は、中央の通りを少し奥へ進んだ先を西側に入った所にあった。
こちらの通りは道具屋や木工屋、馬具・馬車などの備品を扱う店など、割と専門色のある物を取り扱う店が並んでいる通りだった。この道も中央通りとまではいかないまでも、人通りが多い。
「道具屋は何軒くらいあるのかしら?」
「どうでしょうね」
「スティーブリーでは何軒あったっけ?」
「3軒ね」
「じゃあ、ここもそれ位あるかもな」
ルースとフェルは、初めてマジックバッグを買った店の店主の話を、肝に銘じている。値段を吊り上げている店、粗悪品や劣化品などもあるらしいので、やはり町の人から店の噂や評価を聞いておくべきだったと考えていた。
「デュオーニさんに?」
「ええ。稀に正規品ではない物も出回っているようですし」
「そんなのもあるのね…」
「そんな物に大金を出したんじゃ、目も当てられないだろう?」
「そうね…品物はちゃんとしたものが欲しいわね。特にマジックバッグだと、入れたものが取り出せないのでは大変な事になるものね」
そんな事を話しながらルース達は、最初に目についた道具屋に入ってみることにした。
ここの店は余り大きな店ではないが、中央通りに近いし、ある程度は大丈夫だろうと思って入店する。
3人が店内に入れば、店員がすぐに気付き「いらっしゃい」と声を掛けた。
「少し見させてください」
「ごゆっくり」
と簡単なやり取りをして3人は店内を見回っていき、そうしてマジックバッグの売り場に来た3人は、そこで足を止めた。
その売り場には、大きなサイズの物から小さなショルダーバッグまで、色々な種類の物が取り揃えてあった。
店の大きさに比べ、マジックバッグの種類は豊富な様である。
「結構な種類が置いてあるな」
「本当、大きめの物が多いけど、種類的には多いわね」
ルースは値段の見えている物をチラリと見る。
小型のショルダータイプで新しい品のようだが、ルースが思う金額よりも2割ほど安い気がする。
「ここは安いな」
フェルも値段が安いと気付いたようで、嬉し気に小さな声を落とした。
スティーブリー以降に覗いた店では、その物の流通量自体が少なかったために割高な値段設定となっていたのだ。その為、それを見た後では余計に安いと感じてしまうのかも知れないと、ルースは考えていた。
「これなら大容量の物でも気軽に買えそうだな?」
「そうね」
フェルとソフィーはそう言って、楽しそうにどれが良いかと物色している。
それからフェルが、「これなんかどうだ?」と中型のショルダーをルースへ見せる。
「新品みたいに綺麗で、30万ルピルだってさ。きっと1,000倍入るんじゃないか?」
確かに新品に見えるものが、その価格ではかなりお買い得と言える。
ルースはそれを良く見ようとフェルからバッグ受け取るも、そのまま動きを止めてそれを見つめた。
「ん?どうした?」
ルースの眉間にしわが寄っているのを見てフェルが心配げに尋ねると、ルースはそのバッグを棚に戻して「一旦出ましょう」と2人を外へ促した。
フェルとソフィーは、そのまま店の外に歩いて行ってしまったルースを見て顔を見合わせるも、首を振り合って取り敢えずルースの後を追って、店を出て行った。
追いついた先にいたルースは、まだ眉間にシワを寄せて考え込んでいたらしい。
「どうしたんだ?あれじゃ気に入らなかったのか?」
フェルがそう言って声をかける。
「――少し歩きましょう」
まだ道具屋の店先にいたルースは、そう言って2人を促して歩いて行く。
それに黙って付いて行けば、店からある程度離れたところでルースが足を止めて2人を振り返った。
「フェル、あの店では買い物をしない方が良いと思います」
「え?そうなのか?」
『我も漠然とじゃが、そう感じたのぅ』
ネージュもそこで口を挟む。
「え?ネージュもそう思ったの?」
首を縦に振ったネージュを見て、フェルとソフィーはルースへ視線を戻した。
「あのバッグは、正規品ではありません」
「はぁ?何だって!?」
フェルは口を開き、ソフィーは目を見開いた。
「まだ確証はありませんが、多分そうだと思います」
「確証はないって…」
「ええ。もう少ししたら全てお話ししますが、今は確証がないとだけお伝えしておきます。でも、あの店は良くありません」
確証がないと言う割に、ルースは良くない店だと言う。
ソフィーとフェルは顔を見合わせるも、ルースが嘘を言う人ではないと分かっているため、取り敢えずはそこで納得する。
「わかった。でも後でちゃんと話してくれよ?」
「勿論です。それでは、他の道具屋にも行ってみましょう」
そう話し合った3人は、こうして次々に道具屋を覗いて行く。
まずは何も買わずに見るだけにして、その中で気に入ったものがあれば、再度来店しようと決めたのである。そうしてこの町にある4軒の道具屋を巡り、一旦はそこで近くの果実水屋を見つけて店先の椅子に座り休憩する。
「どの店が良かったですか?」
「俺は、最後の店の大きなリュック型の物が良いかなと思った。値段も手頃だったし」
ルースはそれに頷いただけで、今度はソフィーに尋ねる。
「私はその前のお店が良いと思ったわ。お店も明るかったし、店内も綺麗だった。マジックバッグは小さい物が多かったけど、スティーブリーで見た時より少し安いかなという値段だったし」
2人の意見を先に聞いたところで、ルースはフェルを見た。
「フェルの言った最後のお店は、やめた方が良いと思いました。フェルが言っていたリュックも見せてもらいましたが、あれはそろそろ壊れそうな品物のようですし、他の物も状態の悪い物が多そうでした」
「げっ…そんな物を高い値段で売りつけようとしているのか…」
ルースはフェルの言葉に頷いて、ソフィーへと視線を向けた。
「ソフィーの言ったお店は、私も良いと思いました。それに小さいバッグの方が邪魔になりませんし、あの店の物の値段も相場と同等と感じましたので、良心的なお店であろうと判断しました」
「ぐぐ…」
フェルは、自分が言った店がはずれであったのかと声を漏らす。
「俺もまだまだだな」
と言っているところは、素直なフェルらしいと言える。
「それにしても良くわかったわね、状態が悪いって」
「ええ…でもまだ確証は持てませんので、それは後程お話ししますね」
「楽しみにしてるわね」
ソフィーは、答え合わせを期待するように笑みを浮かべた。
「それでは、ソフィーの言ったお店に戻りましょう」
「そうね」
「了解だ」
こうして3人とネージュは再び先程きた道具屋に入り、店主の話を聞きながらマジックバッグを1つ購入して店を後にしたのだった。
フェルは、それからニッコニコだ。先程までは気にも止めていない物だったはずが、余程そのバッグを購入した事が嬉しかったらしい。
そこの道具屋に入りマジックバッグの事を店主にしっかりと聞けば、熱心に聞いてくるルース達に気を良くしたのか、バッグ自体が小さくても良いならばと、店の奥から1つの巾着を出してきてくれたのだった。
それは今までフェルが持っていた物と同型だが、値段が高い為に店には出していなかったと言っていた。
その前振りに、ゴクリと唾を飲み込んで話を聞けば、これは1万倍入るものだと言われ値段は金貨20枚(200,000,000ルピル)との事である。これは市場には殆ど出回らない物らしく、魔導具師が腕試しの為に作る物なのか、稀に出てくるものだという。
「しかもこれは新品で、お値打ち価格だよ」
と、更にそんな事を言われてしまえば、フェルの目が輝くのも無理はない。
確かに通常、流通している物の収容量は100~1,000倍が主流で、それが1万とは聞いた事もない珍しい物だとわかる。
そうしてルースに手渡された巾着は、フェルとソフィーも隣から覗き込んで見ている。
ルースは納得だと頷いてそれをフェルに手渡すと、フェルは間口を開いて見えない中を覗き込んでいた。
「私は良い物だと思いますよ。袋の大きさも手頃ですし1万倍入るのであれば、今まで別に持っていた荷物をそれぞれの巾着に全て入れられます」
「じゃぁ手ぶらになるんだな?」
「それは嬉しいわね」
今まで服などの日用品を別に持ち歩いていた為、移動時にはそれなりに荷物になっていたのだ。
フェルとソフィーの嬉しそうな顔を見て、ルースはこのマジックバッグを購入する事に決めたのであった。
今回のマジックバッグは、15cm四方の箱が1万個入るものでした。
大きさのイメージで言うと、底辺が18m×18mで高さも18m位(数字的には1辺が19m弱)の物になります。
もうこうなると何でも入るぜっというサイズになっていますので、フェルは大喜びしていました。それを考えると、お買い得品のマジックバッグですね。笑
2024.6.10
作中、マジックバッグの収容量「800~」との記載が誤記の為、「100~」と修正いたしました。