【136】話題の提供者
ルース達は、受付の前まで進み出る。
「クエストの完了報告をお願いします」
「はい、お疲れ様です。それでは冒険者カードをお願いいたします」
ギルド職員に言われた4人がそれぞれカードを提出すれば、そこから魔導具を参照して今日のクエストを確認する職員。
「本日はスライムですね?素材をお願いいたします」
完了報告と伝えたため、ギルド職員はそう言ったのだ。
このクエストはスライムの素材を持ち帰ってくる事が、クエストの完了を意味している。
そう言われたフェルが3体のスライムを出せば、ギルド職員は少しホッとした顔をする。
一連の流れで出すと分かっていたはずが、なぜそんな顔をするのかとフェルが不思議がっていると、一緒に立っているデュオーニが小さな声を出した。
「僕がいるからだと思います」
苦笑しているデュオーニは、自分がいつもクエストを失敗しているせいだと言う。
フェルはなるほどとは思っただろうが、複雑そうな顔をした。
「はい。確認いたしました。グリーンスライム2体とブルースライムが1体ですね。状態も良い物ですので依頼主にも喜ばれると思いますよ」
受付からそんな言葉をかけられれば、またルース達に視線が集まっているのを感じる。
他人の事など気にしなくても良いだろうにと思うが、それには気付かぬふりをするルース達である。
「それで、今回はデュオーニさんと臨時のパーティを組んでいますが、ブルースライムはデュオーニさんの方へご入金いただけますか?」
ギルド職員へルースは青いスライムを指さし、そうお願いする。
「え?いいえ、これは皆さんにご指導していただきながらやった事なので、僕はクエストの報酬だけで…」
デュオーニはそう言って遠慮しようとするが、ルースは首を振った。
「これは貴方が仕留めたものです。貴方の狩った素材ですから、遠慮はしないでくださいね。すみませんが、それでお願いできますか?」
デュオーニからギルド職員へと視線を巡らせルースが伝えれば、隣の受付で聞いていた者達はあからさまにこちらを振り返っている。
「あいつが仕留めたんだってよ」
「嘘じゃないんだな?」
そんな声があちらこちらから囁かれているが、こちらにも丸聞こえである。
そしてルースの話を聞いたギルド職員は、にっこりと笑みを湛えて「はい」と処理を始めてくれた。
「それにしても、良く1日で3体も獲れましたね」
あの森では人の気配が多くスライムとの遭遇率が低いので、今の職員の言い方では、他の者達は1日に1体遭遇すれば良い方なのだろうと想像できる。
「今日はたまたま、運が良かったようですね」
にっこりと微笑んだルースは、他の冒険者にも聞こえるように“たまたまだ“と答えた。
スライムとの遭遇方法や仕留めるコツを、他の冒険者に教えるつもりは毛頭ない。それが知れ渡れば、乱獲される事にもなり兼ねず、薬草も取り尽くされてしまうだろう。
一方フェルはルースの答えに、ソフィーとデュオーニと視線を合わせて肩をすくめてみせる。それを見たソフィーとデュオーニも、クスリと笑みを浮かべた。
「それではグリーンスライムとブルースライムは、それぞれ1体8,500ルピルの買取りになります。後程ご入金させていただきますので、後日ご確認をよろしくお願いいたします」
「分かりました、ありがとうございます」
スライムの買い取りは相場が安定しているらしく、サンボラの町でも8,000ルピルであったと記憶しているので、然程違いはないと感じる。
「それと、薬草を集めてきたのですが、買い取りは隣のカウンターの方がよろしいですか?」
ルースはクエストとは関係のない物であるため、買い取りカウンターへ行けばよいのかと尋ねた。
「薬草ですか?少量でしたらこちらでも結構ですが、量があるようでしたら、買い取りカウンターへお出しいただけると助かります」
話しながらルース達の後方を見たギルド職員に、ルース達も後ろを振り返れば、後から戻ってきていた冒険者達が集まってきていたようで、受付の列は結構な長さになっていた。
「じゃあ、隣に行こう」
フェルも忙しそうだと気付いたため、ソフィーとデュオーニを促した。
「それでは、お隣に提出させていただきます」
「お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願いいたします。それではカードをお返しいたしますね」
そうして受付を離れ、ルース達は何人か並んでいる買い取りカウンターへ並び直した。こちらの列はさほど長くなっていない為、すぐに順番がくるだろう。
しかしまだ、ルース達をチラチラと見ている者たちも居るようだった。
「すみません…」
何がとは言わずも、デュオーニは皆に謝った。デュオーニも、まだチラチラと視線が向けられている事に気付いたようだ。
「デュオーニが謝る必要はないだろう?何も悪い事はしていないんだし」
「ええ、フェルの言う通りですよ。私達は気にも留めていませんので、問題はありません」
ソフィーも頷いてデュオーニに伝える。
「それに、多分ソフィーを見ているんだと思うぞ?」
「え?私なの?」
キョトンとしているソフィーは17歳になった今、随分と大人っぽくなっている。元々可愛い顔立ちに銀の髪が人目を引く事もあるが、その見目は清楚と言う言葉が似あう程、自然に人目を引くものへと成長を遂げていた。
『それはあるじゃろうのぅ。ソフィアは麗しいゆえに』
ネージュの声が聴こえたのは3人だけなので、反論したくでも声を出せないソフィーが顔を赤くしてネージュを軽く叩いた。
ルースもそれはあると頷けば、デュオーニも意味が分かったように頷いた。
多分こちらをチラチラと見ている者の半分がデュオーニの動向を気にしており、あと半分はソフィーを見ているのだろうと思ったルースである。
それでも居心地が悪そうなデュオーニを促して、買い取りカウンターへ進み出れば、4人で摘んだ薬草は出してみれば結構な量になっていた。一応種類ごとに纏めてあるため、確認はし易いはずである。
「今日は薬草を採りにお出掛けだったのですか?」
ギルド職員にそう聞かれてしまうが、待ち時間もあった為、確かに薬草が目的になったような感じになってしまっている。
否定しながら苦笑しつつ、薬草の買い取りをしてもらう。こちらは人数分で報酬を分けてもらう事にして、総額は4,000ルピルになった。一人あたりは1,000ルピルで、お小遣い程度にはなったようだ。
これで今日のクエストは全て処理した事になる為、ルース達がギルドを出ようと扉へ向かって歩いて行けば、先に扉を開けて外から入ってきた者達と鉢合わせた。
それは、今朝見たガイスと呼ばれていた者であると直ぐに気が付いたルース達は、最悪のタイミングに肩を落とす。
「ガイス…」
小さな声でデュオーニが呟けば、ガイスもデュオーニを視界に入れて渋い顔になった。
そしてデュオーニが困った表情になっているのを見て取ると口角を上げてガイスが鼻を鳴らした。
「どうせ失敗して帰ってきたんだろう?だから俺の言う事を聞いておけば良かったんだ」
そう言って通り過ぎようとするガイスの後ろから、パーティメンバーらしき2人が続けて入ってきた。
ルースがその彼らを見れば、ガイスは剣を、後ろの2人は杖を持った者と斧を持った者が続いていた。
その内、斧を持った者が大きな袋を一つ担いでいるので、何かのクエストで仕留めた魔物でも入っているのだろうと、すれ違いざまにそこまでを確認する。
そうして杖を持った者がガイスの肩を叩き「行こう」と促す。この人物はデュオーニに対し、関わり合いたくないと思っている事が透けて見えている。
「別に失敗はしてないぞ?」
そこでフェルが、言われたままでは我慢ならないと口を出した。
フェルからは又少し、圧が出ているのは気のせいであろうか。
「フェルもういいでしょう、行きますよ」
とルースが言葉をかけるも、ガイスもフェルの言葉に反応して後ろを振り返った。
「嘘を言うな。こいつがいて、成功するもんかよ」
フェルの一言で、この場は剣呑な雰囲気になっていく。
「ガイス…」
デュオーニはただ彼の名を言う。
「嘘じゃないぞ?今日デュオーニは、スライムを捕まえてきたんだ。矢を放って一発で仕留めたんだ、凄かったぞ?」
そう言われると、逃げ回るスライムに矢を当てたように聞こえなくもないが、そこはわざとそんな言い方をしたフェルである。
ルースは困ったように表情を崩すだけで、ここでは口を出さないつもりだった。今はフェルが仕掛けてしまった事を、どうやって回収しようかと考えているルースである。
「何だって?スライムを仕留めた?こいつが?」
どうやらガイスもスライムを見た事がある様で、逃げ回るスライムを想像したような反応を返す。
「フェルさん、その言い方では…」
「何でだ?俺は嘘を吐いていないだろう?デュオーニがスライムを一発で仕留めたのは事実だ。俺は失敗したのかと聞かれたから、そう言ったまでだ」
ああ…フェルが煽っているなと、ルースは額に手を当てた。
ソフィーも困った者達を見るように、呆れた顔をしている。
そして気付けば人の多い場所でありながら、囁き声しか聞こえないほど室内が静かになっていると気付く。
ある意味この2人は、ここのギルドの話のネタになっているらしい。
フェルの返答に、ガイスはデュオーニを睨み付けた。
「俺達の時だけ手を抜いたって事か?何でそんな事するんだよっ」
怒りを抑えるように話すガイスを見たルースは、先程デュオーニから聞いていた話で彼の心の葛藤も見えているが、フェルはまだその話を知らない為また突っかかってきたと感じている様だ。
それに気付いたルースは、フェルが口を開く前に慌てて言葉を送りだす。
「ガイスさん、でしたね?デュオーニさんが手を抜く人ではないと、貴方なら分かっているのではないのですか?その言葉は、ただの八つ当たりにしか聞こえません。それではデュオーニさんが何か言いたくても、言葉が出なくなってしまいますよ?」
ルースの諫める言葉にフンと鼻を鳴らしたガイスだが、隣にいたメンバーが再び肩を叩いて「行こう」と促している。
それに頷いたガイスは渋々というように踵を返して、3人は受付の方へと歩いて行った。
「私達も出ましょう」
まだ注目を集めているこの場から逃れるように、こうして4人とネージュは冒険者ギルドの扉を抜け、その場を後にしたのであった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
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