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【135】胸中

 シュバルツを抱えて戻ってきたフェルは、魔力を膨らませているルースの肩を叩く。

「大丈夫だ、きっとな」

 それだけ言うとソフィーの前に行き、フェルはシュバルツを地におろした。


「ソフィー頼む…」

 フェルの言葉にしっかりと頷いたソフィーは、すぐさま膝をつきシュバルツに触れる。

「急所ははずれている様だし、まだ息はあるわ。すぐ治してあげるわね、シュバルツ」

 そうささやくとソフィーは温かい光を溢れさせ、シュバルツを包んでいく。

 するとシュバルツに刺さっていた矢が体から滑るように抜け、カタンと地に落ちた。


 治癒魔法は毒などの浸透物は除き、体に入った異物を排除して元の状態へと回復してくれるのだ。その為傷口を開いて矢を引き抜かずとも、それは異物として体外へと排出してくれるのである。


 そうして温かな光が収まれば、それはパチリと黒い目を開く。

『マタ助ケラレタナ』

 悪びれぬシュバルツの言いように、フェルとソフィーは笑みをこぼす。

 そしてシュバルツの声を拾ったルースはそこでやっと息を吐きだすと、自身を落ち着かせるように目を瞑った。


 ルースはシュバルツが倒れている姿を目に入れた瞬間、怒りに飲み込まれそうになっていた。そして無意識に魔力を膨らませ、冷静に考えればいったい何をしようとしていたのか自分でもわからぬ程、怒りに身を委ねてしまっていたのだった。

 もしフェルが動かずルースに声も掛けなければ、あの狩人達がいくら許しを請おうとも、同等の痛みを与えてやろうとまで考えていた事を思い出す。


『怒りに飲まれるでないぞ。その怒りは、身を滅ぼす事にもなり兼ねぬゆえに』


 ルースの近くに寄ってきたネージュが、一人心を静めているルースに念話を送る。その念話はルースにだけ聴こえている様で、フェルとソフィーはシュバルツのそばで笑っていた。

 ネージュにはルースの纏った魔力がいつも以上に放出されていた事に気付いており、しかもそれを無意識に出してしまっていた様子に、わざわざ忠告しに来てくれたようだった。

 ネージュの言葉に目を開いたルースは、ネージュに頷いて返し、その忠告を有難く心に刻んだ。


『助カッタゾ,そふぃあ』

 そこへシュバルツの悪びれない念話を耳にしたルースは、シュバルツへと視線を巡らせた。

「心配させないでくださいね…シュバルツ」

 そのシュバルツは、既に起き上がって翼を広げて具合を確認しており、バサリと広がった黒い翼は艶々と陽の光に輝いていた。


『油断ヲシテイタナ,悪カッタ』

 殊勝な言葉がシュバルツから聞こえれば、フェルは目を見開いてポカリと口を開けた。

『何ダ,ソノ目ハ…』

 シュバルツは、フェルの唖然とした顔を見て異議を唱える。

「シュバルツが素直だ…」

『当リ前ダ,我ハ悪イト思エバ素直ニ言葉ニスルシ,イツモ素直ナ対応ヲ,心掛ケテイル』

「はあ?」

「…もう、フェルもそこで続けないで。シュバルツは怪我をしていたんだから、安静にしないと駄目なんだからね?」


 いち早く又言い合いになりそうなところでソフィーが言えば、ルースは笑みを浮かべてそれを見つめた。


 そのやり取りを黙ってみていたデュオーニには、勿論シュバルツの声は聴こえているはずもなく、しかし楽しそうにシュバルツへ話しかけている者達を見て、グッと奥歯を嚙みしめていたのだった。


 治癒魔法というものを初めて目にしたデュオーニは、ただ目を見開いてそれを見つめていた。

 刺さっていた矢は抜けて(みる)がうちに傷が治っていく様子に、あの時こんな力があればと握っていた拳に力を入れきつく目を瞑った。


 デュオーニも、治癒魔法を使える者がいる事は知っていた。

 それは魔女と呼ばれる薬師と、教会の中でも大きな教会にいる神官だ。その人達に頼めばその治癒魔法を施してもらえるが、それには高額な治療費がかかると言われていた。

 その為冒険者などで怪我をした者は、傷の治療として傷薬やポーションを使うが、ポーションでも対応しきれない重傷者は町の治療院に運び込まれ、そこで手当てを受ける事になる。しかしそこにも魔女はいるが、回復魔法をかける前に傷が悪化してしまい手遅れになる者が多いのだった。


 その光景を目にして、デュオーニの思考が黒い染みで塗りつぶされそうになった時、ルースの声によってそれは四散した。

「お騒がせいたしました。もう大丈夫ですので、そろそろ町に戻りましょう」

 それで目を開いたデュオーニは、はーと小さく息を吐きだすとコクリと頷いた。



 こうしてシュバルツを無事に救出したルース達は、再び町への帰路につく。

 今度はシュバルツも大人しくフェルの肩に留まり、一緒に町へと戻ることにした。この森には狩人も多くいるようであるし、シュバルツも少々警戒したようだった。


 その帰路の途中、ルースは3人の後ろを言葉もなく付いてくるデュオーニを振り返り、小さく声を掛けた。

「デュオーニさん、お願いがあるのですが、聞いていただけますか?」

 ルースの声に視線を上げてルースを見たデュオーニは、「なんでしょうか」と声を絞り出すように言う。

「先程の件は、ご内密にしていただけると助かります。別にデュオーニさんが言いふらすとは思っていませんが、治癒魔法はなるべく人前では…特に冒険者達がいる前では使わない様にしてきました。周知されてしまえば、ソフィーをパーティに入れたがる者や手元に置きたがる人達も出てくるでしょう。そうなればソフィーの身が危険にさらされてしまうのです」


 ルースの話にデュオーニは“分かっています“と頷いた。

「僕も治癒魔法は初めてみました。と言っても治療院や薬師に頼めば、治癒魔法を使ってくれると思いますが…ポーションよりも何倍も高い値段だと聞いているので、それを利用した事はまだないんです。そんな治癒魔法が使える人が冒険者にいると分かれば、騒がれる事になるのは、無知な僕でもわかりますので…」

「そうですか。我儘を聞いて下さりありがとうございます」

 そう言ってルースは微笑みを浮かべた。


 そして少しの間をおいてから、ルースは再び口を開いた。

「それで、どうかなさったのですか?」

 ルースは沈んだ様子のデュオーニに尋ねた。

 ルースとデュオーニはフェル達の後ろをゆっくりと歩いている為、前にいる2人に聞かれることはないだろう。そう思って尋ねてみれば、デュオーニは少しの間考えてからゆっくりとルースへ視線を合わせた。


「僕は…以前一緒にパーティを組んでいた人に怪我をさせてしまった事があって…。もしその時にソフィアさんの様な人が傍にいてくれていれば、と考えてしまいました。今更どうしようもないと分かっているんですけど…」

「そうだったのですか…確かに治癒魔法を使える人は少ないですし、ましてや怪我をしたときにすぐに対応してもらえる事はまずないでしょう。私達もソフィーに会うまでは傷薬で処置していたので、暫くは傷の痛みでクエストを熟せない時もありました」

「そうなんです…。それで、その傷を負わせてしまった人は…それから冒険者を続けられなくなってしまったんです」

「…そんな事が…」

 デュオーニの話に、流石にそこまで大怪我だとは思っていなかったルースも口を閉ざした。


「それが最後のパーティで…ガイスがいるパーティでした」

 ルースはそれであのガイスという冒険者が、執拗にデュオーニに絡んで来ていたのかと、ある意味では納得した。

「僕があの時魔物からもっと離れていれば、彼は僕を庇って魔物の前に出てくることはなかった…」

 デュオーニはその時の事を思い出しているらしく、まるで自分が傷を付けられたかのように苦し気な表情を浮かべていた。

「…その彼は、ガイスの幼馴染みなんです」

 デュオーニの告白に、ルースは沈黙する。


 そのような事情があって、彼らは互いに行き場のない思いに潰されそうになっていたのかと、ガイスの態度を肯定するわけではないが、それをデュオーニに向ける事で何とか自分を保ってきていたのだろうと思い至る。

 それを受けて止めているデュオーニは、それを解っているからこそ言い返す事もせず受け止めていたのかと。


 弓士として職業(ジョブ)を賜ったのにその腕は一向に上がらず、その上パーティのメンバーまで自分を庇った事で怪我をさせてしまったのだ。

 それでもデュオーニは弓を引く事を諦めてはおらず、それはデュオーニが弓士として立派に成長する事で、その彼に報いたいと考えているのではないかとルースは思い、歩いて行った。



 そんな時間を経て冒険者ギルドへと到着した4人が中に入れば、もうクエストから戻ってきた冒険者たちも集まり始めていた。

 ルース達がその中を歩いて受付の列に並べば、この4人へ冒険者の視線が向けられているのだと気付く。シュバルツは流石に中には入ってきておらず、先に宿棟の方へ行っていると言って離れている為、他に目立つ要素はないはずなのだ。


「見られてるな」

 フェルがルースの耳元で囁けば、ルースは一つ頷いた。

 きっと朝の出来事を見ていた者達が、今日のクエストの結果を気にしているのだろうと思われた。

「朝にも居合わせた人達でしょう」

 ルースが思い当たる節を伝えれば、それが聞こえた3人は何とも言えない顔で互いに顔を見合わせて苦笑するのであった。


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