【133】D級クエスト
受付に並んだルース達は、デュオーニを臨時のパーティメンバーとして受付を済ませると、そのまま冒険者ギルドの建物を出た。
受付からずっと黙り込んでいるデュオーニをそっとしておき、3人は今日のクエストの話をする。
ルース達が受けたクエストは、D級のスライム素材を目的とするクエストだった。
色は何でもよいが、出来れば緑と青。このスライムのクエストは常時貼り出されているものらしく、そのクエストには何度も貼り直された跡があった。
ルース達がスライムのクエストを得意としている事もある為、今日はこのクエストに決めたのである。
それには勿論シュバルツとネージュの協力も必要ではあるし、クエスト自体のポイント数は少ないが、その間に体も休ませることができ、更に薬草の採取も出来るというなかなか効率の良いクエストである。
こうして4人は、ヤドニクス湖の周辺を囲む木立ちの中に入っていった。
「デュオーニさん、今日はあちらに見える山の方に行きたいのですが、ご案内いただけますか?」
ルースは、森に入ってからも静かなデュオーニに話しかけた。
「…はい。それは勿論構いませんが…僕が居ても本当に良いんですか?」
まだデュオーニはルース達の迷惑になるのではと、心配してくれている様だ。
「今日のクエストの魔物は、割と向こうから近付いてくれるので楽なのですよ?」
そう言って笑みを作るルースに、キョトンとした顔でデュオーニは尋ねる。
「あの…今日はD級のクエストと聞きましたが、討伐する魔物って何ですか?」
どうやらデュオーニは、クエストの内容を見ていなかったらしい。
「ん?今日はスライムだぞ?」
「えっええ?…スライムですか?」
「そうよ?スライムなの」
フフっと笑ったソフィーは、走り回るフェルを思い出しているのだろう。
一度ソフィーの前でもフェルがスライムを追い掛け回したことがあり、その後地面に寝ころび「やっぱりこの方法はダメだな」と笑っていた事があったのだ。
結局それも途中でルースがスライムを凍らせた事で仕留めたのだが、跳ね回るスライムを追いかける姿は、何度見ても他人事であれば笑える光景であった。
「僕はスライムを見た事がありませんし、噂では弱い魔物という割に、難易度が高いクエストだと聞いていますが…」
ほとほと困り果てたように、デュオーニが肩を落とす。
話しに聞く難易度が高いクエストなど、自分が足手まといになるのは確定事項に思えるのだろう。
「大丈夫だ。コツがあるから、それさえわかれば簡単だ、よな?」
「ええ」
ルースもフェルに同意する。
それにもしかすると、これはデュオーニとの相性が良い魔物かも知れないなと、密かに考えていたルースだった。
「取り敢えずは、あの山の中で薬草が自生している所へ行きたいのですが」
「はい、わかりました。ではそちらへご案内します」
こうして3人を案内する事になったデュオーニは、内心は不安で一杯だった。
いつもパーティに入れてもらった時、初めの内は皆優しく対応してくれるのだが、何度かクエストを熟していく内に、いつもパーティの雰囲気がピリピリとしたものに変わっていくのだ。
それは自分のせいであると分かっているからこそ、どうにかして失敗を犯さぬように努力していても、いつもそれは報われずに、最終的にはデュオーニがパーティを抜けるという話をしなくてはならなくなる。そうして別れたパーティは何組にもなり、デュオーニが抜けたパーティはそれからC級になったところもある。
この目の前の優しい人達も、いつしか自分の事を侮蔑した目で見るようになるのかも知れないと、そんな事を考えて道案内をしていれば、小高い山の中腹にある薬草が自生する場所へと到着した。
「この辺りには、ヒルポ草という薬草が自生しているはずです」
「流石にお詳しいですね」
「はい。D級へ上がる前には、よくこの辺りにも薬草を採りに入りましたので…」
少々苦笑気味に話すデュオーニだが、再び言葉を続けた。
「でも今日は、薬草採取のクエストではなかったですよね?」
デュオーニがそこを疑問に思うのは当然で、なぜ薬草のある場所に案内してもらったのかを伝えていないのだ。
「あぁすみません、薬草は今日のクエストには直接関係がないのですが、待ち時間が暇なので、その間に薬草を摘む予定なのです」
「そうなんだ。いつもスライムのクエストを受ける時は、薬草を摘んでいるんだ」
フェルの補足で、余計意味が分からないとデュオーニの表情は言っている。
「スライムクエストのコツはただひたすら待つだけで、その間じっとしていた方が遭遇率も上がるのです。その待ち時間を利用して、いつも薬草を摘んでいるという事ですね」
「そうそう。それに、薬草が生えている近くによく現れるような気もするんだよなぁ…まぁ気のせいかも知れないけどな」
ルースもそれは感じていた事で、薬草が生えている場所にはグリーンスライムが近付いてくる気がしていたのだ。フェルがそれに気が付いていたとは、嬉しい誤算である。
「そのような意味もあり、私達はこれから薬草を摘んで行きたいと思います」
「はぁ…」
デュオーニの肩の力が抜け、ホッとしたような気の抜けた顔になった。
「途中でスライムの気配を感知したら、音を立てずに合図してください。シュバルツもご協力お願いしますね?」
『承知シタ』
念話を送りつつ、ルースの肩に舞い降りてきたシュバルツを始めて見たデュオーニは、大きく目を見開いて固まってしまっていた。
「驚かせてすみません。紹介します、こちらは私達の友達でシュバルツと申します」
そう紹介したシュバルツは、デュオーニと念話で対話が出来ないと理解しているため「カー」と一声鳴いて挨拶をした。
それに瞬きをしてから表情を戻したデュオーニは、シュバルツとルースの顔を交互に見る。
「友達…ですか。随分と慣れている鳥…ですね」
「彼はフギンというれっきとした魔物なのです。頭も良いですし…彼が色々と協力してくれるので、私達も助かっています」
ルースの話に「カー」と再び鳴いてみせたシュバルツに、ソフィーとフェルは声を立てて笑った。
実はルースが話している間、念話で『我ハ利口ナンダゾ』とか『ソウナノダ』など、合いの手の様に念話が送られてきていた為、ソフィーとフェルが笑っていたのだ。ルースはルースで、笑いをずっと堪えていたらしい。
それを知らないデュオーニも、楽しそうに笑う彼らを見て顔をほころばせる。彼らの姿は、デュオーニがずっと憧れているパーティとしての姿そのものの様に見えていたのだった。
「ではシュバルツも、よろしくお願いしますね?」
「カァ」
一声鳴いてルースの肩から飛び立ったシュバルツは、近くの木に留まって周辺を見下ろしている。
これでシュバルツの紹介も済み、後はクエストの魔物を待つばかりである。
それから薬草のある場所周辺に散らばった者達は、しゃがみこんで黙々と薬草を摘んで行った。そうして30分もすれば、ソフィーの傍で寝ころんでいたネージュの耳がピクリと動く。
『小サイ気配,近付イテ来タ』
シュバルツからの念話が届く。
ルースはシュバルツがいる方を見上げ、方角を確認する。
『るーすノ後ロダ』
シュバルツに言われて周辺を見れば、今はルースとフェルが5m程離れてしゃがみ、そこから更に10m程離れてソフィーとネージュが、その三人からそれぞれ少し離れた場所にデュオーニがしゃがみ込んでいる。
ルースは皆の方を向いた姿勢から、ゆっくりと後ろに体ごと振り返る。
その動きに気付いたデュオーニがルースを見れば、フェルが口元に指を当てて“静かに“と合図を送る。
そうして皆が静止してから数分にも感じる時間を待機していると、カサカサと草が擦れる音が聞こえてくる。
ルースとフェルは顔を見合わせて合図を送る。これはいつもの方法でという意味だった。
そのまま再び待っていれば、ルースの5m程先の低木の根元から緑の玉が顔を出した。様子をうかがっていれば、それはゆっくりと下草の上をすべるように薬草が茂る方へと横に移動していく。
目標物の姿を完全にとらえたルースがそっと片手を持ち上げ、小さな声で「“氷結“」と唱えれば、その緑の玉は見る見るうちに氷の塊へと姿を変えたのだった。
「「はぁー」」
ルースとフェルが同時に止めていた息を吐きだしたことで、ソフィーとネージュが立ち上がり2人の下へと近付いてくる。そのソフィーは歩きながら「もう動いても大丈夫ですよ」とデュオーニへ声を掛けた。
そうして4人が集まった前にある氷の塊は、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
「これがスライムですか?」
初めて見るスライムに、デュオーニは良くわからないという顔をする。
「おう。今は凍ってるから動かないが、こいつに先に気付かれると球のように跳ね回って逃げられるんだ」
「この状態ではまだ討伐は出来ていませんので、これからフェルに止めを刺してもらいます。デュオーニさんは、良く見ていてくださいね」
「はい、分かりました」
そう返事をしたデュオーニは、表情を引き締め大きく頷いたのであった。