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【131】手紙

 ルース達がメイフィールドの町に到着するより、遡ること約1年前。

 ウィルス王国の最北端に位置する村にも、やっと春と呼べる時期が訪れていた。

 春と言えば暦の上では3月からをさす言葉であるが、トリフィー村で春と呼ぶのは4月も過ぎ、雪が無くなった頃を意味している。


 こうして小さな村に春が訪れ、景色も白い物から鮮やかな緑へと変化を遂げた頃、村の入口に1台の馬車が到着した。

 そこには村人が総出で出迎え、その扉が開き降りてきた者に一斉に頭を下げた。


「ようこそトリフィー村にお越しくださいました、司祭様。長旅、お疲れ様でございました」


 村長が代表で挨拶をすれば、その馬車から降りてきた司祭と呼ばれた者は、小さなシワを作って笑みを見せる。


「皆さん、お出迎え下さりありがとうございます。私はこの国の中央の町、“ソロイゾ“の教会からやって参りました“ヨグルド“と申します。中央教会よりこの村の司祭として、その任を賜りました。これからどうぞ、よろしくお願いいたします」


 こうして新しい司祭が村に来てくれた事により、やっと普段の生活が送れることになると、温厚そうな司祭を見た村人達はホッと胸を撫でおろしたのだった。


 ただヨグルドとしては、今まで町という人の多い場所で10年以上司祭として過ごしてきた為、この様な小さな村に来ることになるのは少々戸惑っていたものの、人選としては最適な“温厚な者“、つまり野心のない者が選ばれているため、ヨグルドは一切不平不満を言う事なくその任を承ったのであった。

 それに出自も多少関係していると言えなくもないが、そこは平民出身者がとやかく言える事ではない。


 こうして新たな司祭が到着し、僅かな荷物と共に村の教会へと移り住めば、そこは素朴な教会ながら良く手入れされた建物で、この村の住人の心の在処を見たように感じた司祭は、案外悪くない村なのかもしれないと笑みを湛え、トリフィー村で穏やかな日々を送る事になったのだった。


 そんな日から数日も経ち、そろそろ村の子供達に勉強を教え始める頃となれば、当然ステータスの確認も必要になると、司祭はその旨を村長に相談する為に彼の自宅を訪れていた。


「遅くなってしまいましたが、子供たちにそろそろ勉強の場を提供したいと思いまして」

「旅のお疲れはもうよろしいのですか?」

「ええ。移動で少々体力を使ってしまったのでお休みを頂戴しておりましたが、もうすっかり体調も戻りましたので」

「それでは子供のいる家に、その旨知らせを出しておきましょう」


 そこへ村長の妻ガーネが3人分のお茶を用意しそれぞれの前に置くと、そのまま村長の隣に座った。

 その温かなお茶にお礼を言った司祭は、まだ肌寒い空気に湯気を立てるカップへと手を伸ばす。


「それで、子供たちのステータスを先に視た方が良いと思いまして。随分とお待たせしてしまったので、職業(ジョブ)の確認を待たされている子供達に、お詫びをと…」

「いいえ。その事でしたら問題はありませんぞ?司祭様が不在の間に訪れた旅人が、子供達だけ先にステータスの確認をさせてくれましたので」

「え?ステータスを視せたのですか?旅人が?」

「はい。その旅人は魔女の様に治癒魔法を使える方で、試しにステータス掲示板を起動させたらできた、と言っていました」


「………」


 それを聞いた司祭が黙り込んでしまった為、村長とガーネは顔を見合わせる。

「あの…それがどうかされましたかな?やはり勝手に起動させては、いけない物だったのでしょうか…」

「あぁいいえ、私が考えていたのはそこではなく…。治癒魔法だけを使える者では、あの魔導具は使えないはずなのです。私はそう教会から教えられておりますので…」


 司祭の話に、村長も考え込む。

 司祭がそう言うのであればそうなのかもしれないが、実際にステータス掲示板が動いたのも事実。

 しかし、あの旅人達には色々な事情もありそうな様子であった事から、村長は顔を上げてガーネに小さく頷いて見せた。

 そしてその合図を見たガーネも微笑んで頷けば、ガーネはあの娘を気に入っていた為、自分の考えに賛同してくれたのだと直感する。


「その旅人の事を、詳しく話してもらえませんか?もしかすると聖職者なのに、教会に属していない者の可能性もありますので」

「聖職者は、全て教会に属さないとならないのですか?」

 村長は基本的な事を質問する。


「そうなると思います。私が教会で学んだ話では、職業(ジョブ)が出た時に修道士・司祭・神官の職が出た者、そして騎士の上位職である聖騎士となった者は、教会に報告する義務があると聞いています。その上で教会がその者達を受け入れ、教会と共に学び人々を導いて行くのだと教えを受けました」


「ほう…そのように全ては教会へと報告されるのですな?しかし言われれば、ステータスは教会でしか視る事が出来ませんからなぁ。その時にその職業(ジョブ)が出た者を教会の者として受け入れている…という事なのでしょうなぁ」

「ええ、言ってしまえばそう言う事です。かくいう私も、15歳から教会に入っていますからね。…しかし教会に知られぬ者がいるとは…ステータスの確認をしていなかった者か…さて…」

 そうつぶやいて、司祭は両手で囲うカップに視線を落とした。


「まぁ、考えたところで私には解明できぬことのようですから、中央教会に報告して後は任せる事にいたしましょう。それで、その方はいつ頃いらっしゃったのです?男性ですか?女性ですか?お一人で旅をされている方ですか?」

 と、司祭は矢継ぎ早に質問を始め、それに村長は答えるものの、しかし質問された事以外は話さない様に注意していた。


 先ほど村長とガーネが送った合図には、彼らを守りたいとの思いが込められていたのだった。


 ただ、年齢は聞いていないと誤魔化せても、名前や性別などはどうしても話す事になるし、司祭が村の子供たちに彼女の特徴を聞いてしまえば、それはそのまま話してしまうだろう。

 それを踏まえれば、同伴者がいた事と獣を連れていた事は話さねばならず、そこは申し訳ないと思いつつ司祭へと伝えた。ここで露骨に庇ってしまえば、変に気を引く事にもなってしまうためだ。


 村長にできる事は少ないが、出来る限り村の恩人を守りたいと思うのは悪い事ではないはずだと、司祭様には悪いが最低限の情報だけを伝えた村長だった。



 村長からその人物の話を聞いた司祭は、その後中央教会に報告する為、村長から聞いた話を手紙にしたため、村人に運んでもらうことにした。

 今は雪も融け荷馬車も出せるようになり、隣町まで買い付けなどで出かける者もいて、そこから各教会を辿って数か月を経たのち、その手紙は中央教会まで届く事になった。


 そうして少しくたびれた封筒の中の更に封筒に包まれていた手紙は、中央教会の地方を統轄する部署の担当者の手に渡る。


 そこの部署には毎日のように地方に就労している司祭などから、陳情や要請、または珍しい話などが書かれた手紙が届き、その担当者はひとつひとつの手紙に目を通し問題があれば上に報告をしたりと、いわゆる相談窓口の様な役割として機能している所だった。


 そこでヨグルドから届いた手紙も開封され、着任早々に出されたであろう手紙には、きっと改善や不自由さを書いた愚痴の様なものだと思い読み進めていけば、目を通していた者はその内容に驚きをもって言葉を落とした。


「は?野良の聖職者だって?」

 そう口にした者の近くに居た同じ部署の者達は、何事かと一斉にその者へと視線を向けた。


「どうしたんだ?野良の聖職者って何だ?」

「いや、このトリフィー村に新しく就任した者からの手紙に、教会の者が不在の間に訪れた旅人が、治癒魔法しか使えないのにステータス掲示板を起動させたらしいと書いてあるんだ。それでこの就任したヨグルドという者が、聖職者の把握漏れだろうと言ってきている」

「ああ、それで“野良“か…」


「…なぁ、それってもしかして聖女だったりしないのか?」

「それは、何を根拠に言っているのですか?」

「だって今世の聖女は、まだ現れていないんだろう?前の聖女が亡くなって、もう17年にもなる。そろそろステータス確認で教会に来る子供の中に聖女がいるはずだと、今血眼になって本部が探しているんだろう?」

「そう言えば、その様な話もありましたね…」


 手紙を読んでいた者は周りで話す同僚の話に、再び手紙に視線を落とした。

 確かにそういう話が出ている事は知っているが、まさか…とは思いつつも、自分達だけで話を進めて良い内容ではないと判断して顔を上げた。


「この手紙は上に報告しないとまずそうだから、僕はちょっと先輩の所に相談に行ってくるよ」

「そうだな。野良の聖職者であっても、その方が良さそうだ」

「とんでもない手紙だな。たまにはそんな手紙も混ざっているって事か…真面目に読まなきゃ駄目だな」

「当たり前ですよ。一人一人別の人が出してくれた手紙ですから、その人達に対しては真摯に対応しないとなりません」

「お前はいつも、真面目だなぁ…」


 そんな同僚達を残して部屋を出て行った者が持った手紙は、こうして王都にある中央教会の中枢まで届く事となる。


 そしてやはりそこでも聖女の出現ではないかとの結論に至り、にわかに慌ただしくなった者達によって、このウィルス王国で秘密裏に聖女の捜索が始められる事になったのは、空からチラチラと白い物が舞い落ちる冬の始まりの頃であった。


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