【130】湖音鈴
「ここです」
そう言ってデュオーニが案内してくれたのは、湖音鈴という名の小洒落た喫茶店の様な店だった。
「お…おう」
フェルは案内された店の雰囲気に、少々ハードルが高いと感じているらしく戸惑っている様子だ。
そして当然フェルと行動を共にしているルースも、この様なお洒落な店には入った事がなく心の中では戸惑っているが、反対にソフィーは店の入口に置かれている花や動物を模った可愛らしい置物に笑みをこぼしている。
広めに備え付けてある窓から覗く店内は、木の温もりとその壁にかかる色鮮やかな布が見え、明るく華やかな印象を与えている事がわかる。
「随分と可愛らしいお店なんですね」
パステルカラーが主な彩の店は、女性が好みそうだと言えるのか都会的と言えるのか。
デュオーニが案内してくれた店はルース達の期待を大きく上回り、田舎で育った者には素通りしてしまう程のお洒落な店だった。
「流石に僕も一人では入りませんが、ここは観光客には人気がある店なんですよ。夏場は普通の喫茶店の運営をしていて、休憩しているお客さんが店先に出されたテーブル席にまで座って、楽しそうに寛いでいます」
「閑散期は別の形態の運営をしている、という事なのですね?」
「はい。夏以外は地元の人にも入ってもらうために、工夫しているという事みたいです」
デュオーニの説明を聞き夏場だけでも賑わっている店を、それ以外も暇にさせない為の考えを持ったオーナーが運営しているらしく、商売をする人は色々と考えていて凄いのだなと感嘆のため息を漏らしたルースだった。
「今の時間でもまだ、席はありそうですね。じゃあ、入りましょうか」
デュオーニに促されて入口の扉を開けば、チリリンと可愛らしいベルの音が店内に響く。
そこを通る際ルースが足元の小さな看板に目を落とせば、『1時間食べ放題で、たったの400ルピル!?』と書いてあった。
町の定食屋の平均が1食100ルピル位なので、通常の約4倍の値段という事になる。1食の値段としては決して安いとは言えないが、店内には若い人達が多い事から、量を食べたい人や好きな物を思う存分食べたい人にとっては、お得な値段と見えるのかも知れない。
しかしこれでは、ルース達3人と自分の分を出すと言ったデュオーニが全額支払うとなれば、少々痛い出費となる事は明らかである。流石にアルミラージの素材が20体分程あったとはいえ、ここはやはりルース達がデュオーニの分も出した方が良いだろうと、即座に思考を飛ばしたルースであった。
「いらっしゃいませ。先にお支払いいただいてからのお食事になりますので、恐れ入りますがこちらのカウンターまでお越しください」
4人が入店すれば、すかさず入口近くのカウンターにいた店員がそう言って声を掛けてくれた。
確かに先にお金を支払っておけば、食い逃げされる心配もないのだなと、ルースは又そこで感心した。
そしてカウンターへ行ったルース達は、お金を出そうとするデュオーニを止めてルースが支払いを済ませてしまう。
「ありがとうございます。それでは5番のテーブルにご案内しますので、そこからお時間になるまでごゆっくりお過ごしください」
店員は5番と書かれた6人掛けの席に案内をしてくれた。支払い済みの者はこの番号毎に、時間を管理されるという事らしい。これならば、自分の滞在時間をごまかす事もできないだろう。
ルースがそう思っていれば、デュオーニが「ルースさん…」と話しかけてきた。
強引に支払いをして、気分を害してしまったかとデュオーニの顔を見れば、それとは真逆に随分と恐縮してしまっている表情に見えた。
「僕が誘ったのに、お支払いまでさせてしまって…すみません」
「いいえ。良いお店に案内してくださったのですから、私達が出すのは当然です。それにこの町の事もまだまだ教えていただきたいと下心があっての事ですから、デュオーニさんはお気になさらないで下さいね」
「下心…ですか?」
「ええ、そうですよ?この町には着たばかりで私達は右も左もわかりませんので、そこはよろしくお願いします」
ルースの気遣いに気付いたのか、デュオーニは笑みを作りながら頷いてくれた。
「それでは、お言葉に甘えてご馳走になります。この町の事は何でも僕に聞いてくださいね」
「ええ。それでは、私達も料理を取りに行きましょう。早く行かないとフェルに全部取られて、食べる物が無くなってしまいます」
ルースの軽い冗談にデュオーニも笑って頷くと、先に店内の料理を物色し始めているフェルとお皿を持って迷っているソフィーに合流した。
広めの店内は、窓際から奥へ向かってテーブル席が設置してあり、2面の壁際に料理がずらりと並べられている。そこには平皿や深皿、小皿とスープ皿が出されており、それをトレーに乗せて好きな物を盛り付けていくのだとデュオーニに教えてもらった。料理が置いてある壁面には“立ち食い禁止“という文字も書かれているが、そんな器用な人もいるのかと呆れるルースだった。
「わぁ、ライスもあるのね」
ルースの少し先にいるソフィーから小さな声が聞こえた。ソフィーも色とりどりの料理に目を輝かせている。
角切りされ一口大に焼かれた肉や、薄切り肉で野菜を巻き込んである物、串に刺さった肉をはじめ、川魚を焼いた物や魚に衣を纏わせて揚げたもの、色鮮やかな緑のゼリーの様なものからライスの傍にはスパイシーな香りのする茶色いスープも置いてあった。
ボリュームのある料理からスープも数種類、生野菜や果物までカットされた物が並び、デザートらしき甘味も多数出されていた。これが全て取り放題の食べ放題というのだから、確かに400ルピルでも楽しめるのかも知れない。
「凄い種類ですね…」
ルースは、隣で料理を取っているデュオーニに話しかけた。
「ええ。僕も初めて来たときは、料理の多さにびっくりしました。どうやったら全種類食べれるのかと頭を悩ませたんですけど、それは到底無理な話だと気付きました。だから、来るたびに食べた事がない物を少しずつ、違う種類を取る事にしたんです」
そう言ったデュオーニの皿を見れば、確かに少量ずつ色々な料理を乗せていた。
ルースは今回“パスタ“という赤い料理が気になった為、それを平皿の1/3程すでに乗せてしまっていた。
デュオーニの選び方に「勉強になります」と伝えれば、デュオーニは小さく声を立てて笑った。
それからはルースも少しずつ、色々な料理を盛り付けて席に戻れば、フェルの目の前には1皿に1つの料理だけが盛られている物が4つ並べてあった。
その隣に座ったルースが置いた皿を見て、フェルが目をパチクリと瞬きをする。
「上品だな…」
ルースが取ってきた料理は、肉と魚とパスタにライスも盛られており決して上品ではないが、フェルの中ではそういう事になったらしい。
「色々な味を楽しみたいので、デュオーニさんの真似をしたのですよ」
言われてデュオーニの皿を見たフェルが、「おおっ上品だな」と又呟いている。
そしてソフィーの方はと言えば、カラフルな色合いのものばかりが乗った皿を作っており、1皿には少量のライスに茶色いスープが添えてあり、それと魚を揚げたものが乗っている。他の皿は全て果物と生野菜やデザートばかりが乗っていた。
こうして見比べればこのパーティは三者三様で、料理の取り方がバラバラである。フェルなどは全て茶色い食べ物で統一されている所がフェルらしいと言え、ソフィーとルースの皿はカラフルではあるものの、ルースの皿はやはり茶色い物が半数近くをしめている。ソフィーの皿に至ってはルース達から見れば、“これが食事になるのか?“という感想である。
こうして席に着いた4人は互いの皿に笑い声をあげると、「いただきます」と声を掛け合って、1時間という時間制限がある食べ放題を、思い思いに満喫するのであった。
因みに、この後流石のフェルも3回程お代わりをした段階で音を上げ、時間ギリギリまで食べ続けられなかった事は、後の笑い話となるのである。