【128】メイフィールドの町
ヤドニクス湖の絶景をしっかりと堪能したルース達は、そのままデュオーニと共に、滞在予定とする町のメイフィールドへ行くことにした。
クエストを終えたデュオーニも、この後メイフィールドの冒険者ギルドへ戻り報告をするとの事で、どうせなら案内すると申し出てくれたデュオーニにお願いした形である。
そうして森を出て20分程歩けば、遠くに大きな隔壁が見えてくる。
「おぉ、大きいな」
フェルは町の隔壁が見えた途端、そんな言葉を呟いた。この一年で訪れていた町は小さい町が多かった事もあり、大きな町と言えばスティーブリー以来という事になる。
「本当ね。スティーブリー位はあるのじゃないかしら?」
まだ外壁しか見てはいないが、ソフィーもそんな感想を抱く。
「僕はその“スティーブリー“を知りませんので何とも言えませんが、この隔壁の大きさは、観光地として町の治安を維持するために町の護りが強固であると、外に向けて明示したい意味もあるようです」
この町を囲う壁は、観光客への宣伝だとデュオーニは言う。
確かに初めてここを訪れこの立派な隔壁をみれば、しっかりとした町であると安心するのかもしれない。
「今は繁忙期ではないので入口もさほど混み合ってはいませんが、観光客が来る時期は町に入るまでに随分と時間がかかるので、町の者はここの裏手に回って別の門を使って入るんです。それも混み合っている事もありますけど、こっちの北門よりはましなので」
デュオーニによれば、ここにも町の者が使っている門が別にあるらしいと知る。
そこを使う事はないだろうがその話を聞けただけでも良かったなと、ルースとフェルそしてソフィーは顔を見合わせた。
そう紹介された北門は、観光名所の湖に近い門の為に正門と呼ばれる事もあり、その門には今日も沢山の人が並んでいるのが見えるが、これで閑散期という事なので観光客が来る夏場は大変な混雑となる事は、想像に難くない。
皆でそんな話をしながら到着し、正門の列に並ぶ。
デュオーニは時間もあるのでルース達に付き合ってこちらの門から一緒に入ってくれると言い、3人と一緒に並んでいた。その為ここには、デュオーニとルース達3人にネージュがおり、シュバルツは森からずっと別行動をとっている為一緒に並んではいない。わざわざ門に並ばずとも空から入れるシュバルツは、後で合流すると念話が届いていた。
こうして暫く門前に並び警備の門番の前に出れば、皆が冒険者カードを提示して身元の確認をする。そして傍にいるネージュにチラリと視線を向けるも、首から下げた青い石の付いた首輪を見て従魔だと判断したらしく、何も言わずに通してくれたのだった。
そっと胸を撫でおろして町に入ったルース達は、デュオーニに案内され、冒険者ギルドまでの道中に町の事なども色々と教えてもらっている。
「門から入ると直ぐに商店が並ぶ通りになっていて、このままずっと行けば、この町の役場や騎士団の詰所、教会がある区域に突き当たります。この通りの右側に、冒険者ギルドや武器屋、左側は宿屋とか土産屋があって、観光客は左側に行く人が多いですね」
大まかな位置関係を教えてくれるデュオーニに、ソフィーが尋ねる。
「この町に“ライス“という食べ物はありますか?」
「ライスですか?ええ、ありますよ。ここの町は、割と何でもある方じゃないのかな…」
ライスはデイラングの町で始めた食べた食材で、町で見かけた“雑穀屋“という店で売られていた物だった。ライスが気に入った3人はその店で乾燥したライスを購入して、ソフィーがギルドの宿で調理してみたのだが、店で教えてもらった調理方法を試してみても余り上手くいかず、少し硬かったり柔らかすぎたりと、実はなかなか難しい食材だったのだ。
しかし、それが逆にソフィーのやる気に火をつけてしまい、立ち寄る町にライスがあれば購入して研究していった結果、今ではデイラングで食べた物と同じ様に、モチモチとした食感と甘みのある味を出せるようになるまでソフィーの料理の腕が成長していたのである。
デュオーニの話にソフィーは喜色を浮かべ、ルースとフェルを振り返る。
今はそのライスの在庫もない事から、この顔は「買って行ってもいい?」という問いかけの顔だと思われた。
ルースとフェルには勿論、異論などあるはずもなく、美味しい物を作ってくれるソフィーには自由にしてもらって構わない。と言うより「お任せします」という事である。
この町でも何か作れそうだと楽しそうにするソフィーに微笑み、3人はデュオーニの案内で冒険者ギルドに辿り着いた。
「ここです」
それを見ればここもやはりというのか、頑丈そうな建物に重そうな扉を設えた冒険者ギルドだった。
しかしこの通りをもう少し行った所にも、似たような建物があるのだとルースは気付いた。
「あちらにも、同じような建物があるのですね」
ルースが見つめている先を、フェルとソフィーも辿る。
「そうね」
「本当だな。間違える奴がいそうだ」
「あっちは狩人のギルドになっています」
「へぇ」
「狩人のギルドがあるという事は、この町は狩猟が盛んなのですか?」
「ええ。ここは自然も多いでしょう?そのお陰で魚を獲ったり獣を狩って、市場に卸しているんです。あそこはその人達を纏める組合で、それらも時期によっては狩ってはいけない物があるようで、色々と調整をしているギルドらしいです」
「なるほどな…ただ狩るってだけじゃないんだな」
「僕も詳しくは知らないんですけど、あちらはそのギルドの建物です」
デュオーニの話に納得したルース達は、そちらの建物から視線を外し、デュオーニに続き冒険者ギルドの中に入っていく。
メイフィールドの冒険者ギルドは、外観からも想像がついていたが大きな造りとなっており、一階は受付と掲示物を貼り出してある場所があり反対側には売店が見え、その間にはゆったりとした空間が広がる。そこに階段もあって上にも人が座る場所があるらしいと見て、2階が食堂になっているのだろうと想像する。
しかしまだ昼頃の時間という事もあり、中には数人の人影しか見えないようだ。この時間はまだ冒険者達は、頑張ってクエストに勤しんでいる頃だろう。
今の時間の受付は2か所が開いており、他に3ケ所それらしい場所はあるがそこは今閉じられていて、そちらは忙しい時間に使っている物だと思われた。そして開いている受付には誰もいない為、デュオーニにもクエストの報告があるので2手に別れ、それぞれが受付の前に進んだ。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか」
受付に立ったルース達に、男性のギルド職員が話しかける。
「こんにちは。先程こちらに到着した者ですが、冒険者ギルドの宿があれば宿泊を希望したいのです」
「ご宿泊ご希望の方々でしたか。今確認いたします…ご希望は3人部屋ですか?」
「はい」
「…申し訳ございません。お部屋の空きはございますが、今は2人部屋と1人部屋しか空きがございません」
ギルド職員の言葉に、ルースはフェルとソフィーを振り返る。
「俺はいいけど?」
「私も構いません」
2人の返事を聞いたルースは、それに頷き再びギルド職員に視線を戻す。
「では2人部屋と1人部屋でお願いしたいのですが、その部屋は離れていますか?」
「いいえ。同じ階にありますので、さほど離れてはおりません」
「ではそれで2か月、お願いいたします」
「はい、畏まりました。それではギルドカードをご提出ください」
こうして3人はメイフィールドの町に2か月を滞在する事になる。
2か月経ってこの町を出れば、すれ違いでこの町にも多くの観光客が集まってくる季節となる。その前にはこの町を離れる予定にしているが、ここのところ移動も多かったので、しばらくはこの町で余裕を持って滞在する事にしていた。
それに、ここに至っても購入を検討していたマジックバッグを入手出来ておらず、この町の道具屋も見てみたいのだ。やはり小さな町ではそもそもマジックバッグの流通も少なく、値段も割高で大きい収容量のものもなかったのだ。そういった諸々の事も含め、このメイフィールドでは2か月を滞在する予定を立てていたのである。
「それでは、別の職員が宿の建物へご案内いたします。少々お待ちください」
そう言われてルース達は受付から距離をとって下がろうとするも、隣の受付が何やら騒がしいと気付く。
そこでフェルが隣の受付まで行って、デュオーニに話しかけた。
「どうかしたのか?」
フェルの声に気付いたデュオーニは、「フェルさん…」といって眉尻を下げる。
その受付を見れば、大きな袋から出されたアルミラージが置かれ、デュオーニの足元にもう一袋が置かれた状態のままだった。
「何か問題でも?」
ルースもフェルの後ろから声を掛ければ、受付の女性も困ったように眉を下げているのが見えた。
そして良く見ればもうひとり、デュオーニの隣に立っている冒険者がいた様だった。
そしてその冒険者が口を開く。
「これはこいつが、どこかから盗んできた物だろうと言っているんだ。こいつがこんな数のアルミラージを討伐できるはずがないんだ。俺は知っている」
何やらこのアルミラージをデュオーニが持ってきた事に納得できない様で、勝手に受付職員に撤回させようとしているらしい。
「ちょっと待てよ。これはこの人が一人で討伐したものだぞ?俺はそれを見ていたから断言できる」
「そうよ?私も見ていたもの…」
「そういう事です。貴方が言った事の方が、真実ではありません。このままクエストの処理を進めてください」
ルースはそう言って、ギルド職員に処理を促す。
この職員も途中で作業を止められて、困惑していたようだった。
「畏まりました」
ギルド職員の言葉が言い終わる前に、デュオーニの隣にいた冒険者は“フンッ“と鼻を鳴らしてから、ドカドカと足音を響かせてそのまま冒険者ギルドを出て行った。
「あのような歩き方では、冒険者としてまだまだというところですね…」
そんなルースの軽口でソフィーがクスッと笑い、取り敢えずこの場の重い空気も入れ替わったようである。