【127】手伝いと領分
ルース達3人がデュオーニの見える場所まで到着すれば、クエストは既に始められており、彼は弓を引き絞りながらアルミラージに駆け寄っていって、逃げ惑うそれらに矢を放っていた。
『ギャンッ』
1匹に当たってそれが倒れると、デュオーニは別の個体を追いかけながら、そちらに近付いて行って矢を放っている。
「あれじゃ、いくら体力があっても持たないな…」
弓士が的に近付いて矢を放つ姿を見て、フェルは唖然と呟いた。
その間も逃げ回るアルミラージを追いかけながら、巣の周りを駆け回っているデュオーニ。
そして木の根にでも躓いたのかコロリと転がり、「ぐ…」とうめき声をあげて再び立ち上がると、再びアルミラージに向かって駆け出して行く。
「弓士ってあんな感じだったかしら…」
ソフィーは弓士の攻撃を見た事はないが、想像ではもう少し遠距離から狙いをつけて的を射るものだと思っていたのだ。それが目の前にある光景と一致せず、困惑しているソフィーだった。
「いいえ。普通の弓士では、あの様に近付く事はしないでしょう」
「足の速い方が優勢だな…」
フェルも何だか切なくなってきたらしく、眉尻を下げてデュオーニを見つめている。
「あのままだと、クエストを完遂できないのじゃないかしら…」
ソフィーが言った通り、これでは全ての魔物を討伐し終わる前に、デュオーニの体力と矢が先に尽きそうである。
こうして見ている間にも、逃げ回るアルミラージは巣の周りから遠くまでは離れず駆け回っており、巣穴を中心にして戦闘は繰り広げられているようだ。
「なぁ、何とかならないのか?あれ…」
「そうよね…ちょっと…」
フェルとソフィーの声に「そうですね」と呟いたルースも、流石にクエストの失敗をさせるのは忍びなく、かと言ってルース達が出て行き魔物の数を減らすのは、それも違うのではないかと考えていた。3人が加勢する方法でなければ、手を貸すのもありであろうが。
「私達が出て行っては、彼のクエストを横取りする事にもなり流石にまずいと思いますが、お手伝いであれば大丈夫でしょう…。私が魔法で補助します。魔物自体を彼に任せれば、彼がクエストを熟した事にもなりますし」
「そうね。それなら気を悪くしないと思うわ」
「まぁ、俺達が出て行くよりその方が良いよな」
それからルースは軽く息を吐きだすと、アルミラージの動きを注視する。そして魔物が巣の近くに集まってきた頃合いを見て、再び口を開いた。
「凍てつく水流は、やがて再び一つとなりて姿を現さん。“氷囲“」
ルースは巣を中心に木を避けながら、直径20m高さ1m程の氷の円で囲いを巡らせた。
その透き通った囲いに気付いたデュオーニが一度足を止めて周りを見回し、そして氷の外側にいるルース達の方を見て目を見開く。それにルースが頷いて促せば、デュオーニは少しの笑みと共に大きく頷きまた動き出した。
その囲いの中を走り回るアルミラージは、透き通った壁に当たって倒れる物もいて、即座にそれに近付きデュオーニが矢を放てば、1匹1匹と着実に魔物の数を減らしていった。
「はぁっはぁっはぁっ…」
荒い息を吐きながら、デュオーニは走っていた最後のアルミラージに矢を放つ。
― ヒュンッ ―
『キュウッ』
一声上げて倒れた魔物は、心臓を貫かれて動かなくなっていた。後は巣穴を潰せば、クエストを完遂できたことになるだろう。
デュオーニは立ち止まることなくその巣穴に近付き、巣の穴に向けて持ってきていた水を流し込んで行った。
矢筒と一緒に背負っていた革袋はどうやら全てが水だった様で、そこから巣穴へ溢れんばかりに水を流し込んでいる。大きな革袋に入れてきた水は、その重さを想像しただけでルース達はげんなりしてしまう程だ。
それを予め用意してきた所を見れば、きっちりと巣までを潰す気でいたのだと想像できた。
そして巣穴からコポリと空気が上がり、それが浸み込んで行って静かになった。後はこの穴を埋めてしまえば良いだけである。
その様子を見ながらルースはこれ以上魔物が飛び出してこないとみて、囲っていた氷の壁の包囲を解く。
その間もデュオーニは、手でひと掬いずつその穴に土を被せていく。地面に掘られた穴を全て埋める事は人力では無理であろうが、入口を塞ぐ程度ならばできない事もないと、ルース達3人はその作業を見守っていた。
そうして入口を塞いだデュオーニは、少々よろけながらも立ち上がって手についた土を払う。
そして後方を振り返り、ルース達に向かって体ごと向きを変えると、深く頭を下げて礼を伝えた。
「手伝っていただき、ありがとうございました」
そうして頭を上げつつ、疲れ切った中にも清々しい笑みを乗せた。
ルース達3人はその言葉を合図にして、デュオーニの下へと歩いて行く。
「お節介とは思いましたが、勝手に手伝わせていただきました。お力になれたなら、良かったです」
「本当に助かりました…いつも広範囲に広がってしまって、追いかけるのも大変なんです。大体途中で僕の体力が限界になっちゃって…」
頭を掻きながら情けなさ気に言うデュオーニだが、それでもあれだけ動けるのなら、体力をつけるための努力も相当してきたのだろうと思う。
本来弓士は余り動き回る者はおらず、高い場所に登ったり後方に下がって狙いを定める為、的に近付く者は皆無と言っても良いだろう。
「御覧の通り、僕は近付かないと矢を当てられないんです。何でかはわからないんですが…。一応、腕力も体力も増やしたはずなのに、それでも今もあんな感じのままで…」
「そうなのか…大変なんだな…」
フェルもある意味では、自分のやりたい事が出来ずに苦労してきた者であり、だからこそ彼の気持ちが少なからず理解できるようだった。
「今まで何度かパーティには入れてもらった事はあるんですけど、僕がこんな感じで他の人の立ち回りの邪魔をする形になってしまうので、どうしてもそこで揉めてしまって、いつも辞めざるを得ない状況になるんです。それで今はもう、どこのパーティにも入れてもらえなくなりました…」
「それで今は、一人で冒険者をしていたんですね…」
ソフィーが言った言葉にデュオーニは悔しそうにうなずく。
彼は彼で、今までさんざん酷い言葉も掛けられてきたのだろうと、この表情を見ただけで安易に想像できた。
でもそれは今言っても仕方のない事で、これからの彼が大事なのだ。
「そうでしたか…ある程度の事情は分かりました。取り敢えず今はここに散らばる物達を、先に回収した方が良いでしょう。それからですね」
ルースの冷静な指摘に、デュオーニはハッと表情を戻して頷くと駆け出していき、水の入っていた大きな袋に散らばる魔物を入れていく。
「入るのかしら…」
「どうだろうな。押し込めば?」
手を貸さず3人は離れてみているが、20匹程いたアルミラージを全てその袋に入れる事が出来るのかと、少々失礼な事を話しながらそれを見ていた。
ルース達はここでは手伝わない。手伝ってくれと頼まれればその限りではないが、これは彼が受けたクエストであり、なるべく彼が動いた方が良いと判断したからである。
しかし心配したのは余計な事でもう一つ袋を用意していたらしく、新たな袋にも魔物を次々と放り込んで行きその2つの袋に全て納める事ができたようだ。重そうなそれらを肩に担ぎ、しっかりとした足取りでこちらへ戻ってくるデュオーニは、やはり体力と筋力を相当鍛えてきたのだろうとその姿を見て思ったルースだった。
それをドサリと下に降ろしルース達の前に立ったデュオーニは、
「アルミラージのクエストが成功したのは、久しぶりです」
と嬉しそうに笑った。
まだ単体の魔物であれば弓士一人でもなんとかなるかも知れないが、確かにこれだけの数となるアルミラージを相手取るのでは、失敗する事も考えてクエストを受ける事になるのだろうと、ルースはそんな彼に頷いて返した。
「僕の方は、一応これで終わりですけど、皆さんは湖を観に行かれるんですよね?よかったら僕が案内しますよ。湖が綺麗に観える場所を知っているんです」
大きな荷物をもって付き合ってくれるという彼に、それは流石に申し訳ないと断ろうとすれば、遠慮しないで下さいと笑みを深め、お礼の意味もあるのだからと言われてしまえば、返す言葉は一つしかない。
3人は顔を見合わせて頷きあうと、ソフィーが嬉しそうに「お願いします」と伝えた。
「では、あちらです」
そう言って袋を背負おうとしたデュオーニに、フェルが「一つ持つよ」と言ってひょいとそれを持ち上げる。
デュオーニがそれに慌てたのは一瞬で、「ではすみませんが、お願いします」とフェルの言葉に頷き、湖が綺麗に観えるという場所まで3人とネージュを案内してくれる為に歩き出した。
そうして森の中を進んで行けば、急に目の前が拓けたように視界一面に煌めく湖面が広がった。
遠くには湖を囲むように小高い山が連なり、そこには沢山の木々が深い緑を乗せていた。右手に視線を振れば、ここから遠くない場所に先程遠くに見えた高閣な白いホテルが輝きを放つように建っており、山の緑と湖面の青を一層際立たせていた。
時々湖面が波打ち、さざ波とは別の波紋が所々に広がっていく。
おそらくはこの湖にいる魚が、水面に上がってきたときに作る物であろうと、ルース達3人はそよそよと吹き抜けて行く風を感じながら、陽に煌めく雄大な景色に息をのんだ。
「きれい…」
「ほんとだな」
ソフィーとフェルが小さい声を落とす。
ルースもそれに心の底から同意して、言葉もなくそれを見つめていたのだった。