【126】青年の事情
立てなくなった青年に手を貸してフェルが引き上げて立たせたが、まだ顔色も悪く今にも崩れ落ちそうだ。
「まぁ仕方ないよな。本当に危ないところだったしなぁ…」
そのフェルの言葉で何かに気付いたように3人の顔を見回すと、その青年は「助けていただきありがとうございました」と感謝の言葉を絞り出した。
「たまたま近くにいたので…間に合って良かったです」
「でも何で、一人でここにいたんですか?」
ルースとソフィーの言葉に、やっと立っている状態の青年は何とも言えない顔をした。
「僕はこれでも一応冒険者で、これからクエストをやろうと思ってあそこに向かっていたんです」
そう言って指をさした方を見れば、木々の間に高い建物が見えた。
「あれは何だ?」
フェルがそれを見て問いかける。
「あれはこの湖の傍に建っている、夏場は予約で一杯になる人気のホテルです」
「こんな場所にポツンとあるという事は、湖の畔に建っているのかしら?」
「はい。ここは“ヤドニクス湖“が観光名所なので、その景観を楽しめるように畔にホテルが建っています」
なるほどと、青年の話に3人は頷く。
「それで僕は、あのホテルが管理する畑に出るアルミラージの討伐で…。森の中に巣を作っているはずだと踏んで、こちらから向かっている途中で…」
「さっきの魔物に襲われたんだな?」
「はい」
そう言って、皆はそこに倒れている魔物を振り返った。
「あれは多分、リヴァージュパンサー…」
「リヴァージュパンサー?」
「はい。僕も実物は初めて見たんですけど、メイフィールドの冒険者ギルドには、あれに襲われる者が出ていると情報が出ていたんで、名前は有名な魔物です。確かB級のクエストだったはず…」
「そうですか。どちらにしてもあれは放置する訳にもいきませんので、回収していきましょう」
「おう。取り敢えずはあのままで良いな?」
「ええ、フェルの方にお願いします」
「わかった」
そう言ったフェルは、倒れているリヴァージュパンサーへ1人近付くと、それを巾着の中へ収納した。
「わぁ、マジックバッグ…」
「そうなの。旅をするには必需品なのよ?」
ソフィーはフフっと笑って肯定した。
そこへフェルが戻ってきて、皆を見渡す。
「んで、どうする?」
フェルが少々予定が狂った為ルース達に確認すれば、ルースは襲われた青年がもう大丈夫そうだとみて、一つ頷いた。
「体の方はもう大丈夫そうですね。それで貴方は、これからそのクエストを一人で熟しに行くのですか?」
「はい」
「つっても、アルミラージに弓士1人でか?」
彼が弓を持っている事は見ればわかる事であるし、他に目立った武器は持っていないようだ。
「…ええ…」
少々バツの悪そうな表情をする青年に、ソフィーは何か訳があるのだろうと提案する。
「どうせ私達も湖の近くまで行くつもりだったし、ついて行っても良いですか?」
「そうだな。どうぜ方向が同じだろうし、又さっきの奴みたいなのが出ないとも限らないしな」
ソフィーとフェルが話を進める中、ルースは眉尻を下げている当人に尋ねた。
「そうさせてもらっても、よろしいですか?」
こちらがその気になっていても、彼には迷惑かも知れないのだ。
「…別に構いませんが…」
するとその青年からは、かなり歯切れの悪い返事が返ってきた。
その返答に、ルース達は顔を見合わせやはり迷惑なのかと謝ろうとするも、先に口を開いたのはその青年だった。
「僕は弓士ですが、その…へたくそというか…当たらないというか…」
どうやらこの青年は、ルース達に上手くない腕前を見せる事になると戸惑っているらしい。
「別に下手だって仕方ないさ。誰でも初めから上手な奴なんていないんだしな」
フェルはフェルなりに彼を慰めようとしている様だが、彼からすると少々ずれた励ましだった。
「僕は少々、事情があるというか…ただ下手なだけじゃないというのか…」
困ったように話す青年に、ルースは微笑みを向けて口を開く。
「では少し移動しながら話しましょう。いつまでもここにいる訳にもいきませんし、貴方もクエストが遅くなってしまいますしね?」
ルースの柔和な雰囲気にその青年も表情を緩めて頷くと、皆はゆっくりと彼について行く形で歩き出した。
「自己紹介がまだでしたね、私はルースと言います。一応B級冒険者です」
B級という言葉でガバリとルースを振り返った青年は、目を見開いて驚いた顔をしている。
「俺はフェル、俺もB級だ」
今度は言ったフェルをパッと振り返る青年。
「私はソフィアよ。私はまだC級だけど、3人でパーティを組んでいるの」
はにかんだ顔でそう言ったソフィーは、この一年で2人に随分と追いついていた。
C級からB級までの昇級は、それまでの比ではない位に段違いで蓄積ポイントが必要になっていた為、ルース達がB級へ昇級するまでの間で、ソフィーはグングンと昇級してきていたのだった。
簡単に言ってしまえば、F級から始まるランクのポイント獲得数が1ランク上がる毎に倍になっており、D級からC級に上がった時のポイント数を更に倍貯めないとB級には昇級できなかった為、先日やっとルース達もB級へ上がる事ができたのだった。
そしてソフィーはそんな2人と行動を共にしているため、F級でスタートしたにも関わらずポイントがどんどん貯まったお陰で、今は2人の一つ下のC級まで昇級していたのである。
それに3人の昇級に当たり、どこかの冒険者ギルドからも推薦があったと聞いた。それに心当たりのあったルース達は、今は賑やかになっているであろう町の冒険者ギルドに感謝したのだった。
そんな3人をぽかんと見ている青年は、我に返ると自分も自己紹介を始めた。
「僕はD級冒険者で17歳、デュオーニと言います」
少し情けなさそうに自己紹介をする彼に、フェルは元気付けようと声をかける。
「17歳でD級だったら標準だろう?恥じる必要はないぞ?」
歳も近そうなB級冒険者にそう言われても今一つ説得力はないが、フェルも精いっぱい励まそうとしているようなので、ルースは微笑んで頷いた。
「私と同じ歳だったのね」
そしてポツリと落としたソフィーの言葉に、え?という表情をしたデュオーニは更に肩を落として項垂れてしまった。
女性でもC級まで上がっているのに自分はまだD級だと考えたらしく、「仕方がないんです」と呟いた。
「僕は今一人でクエストを熟していて、D級になったのはまだパーティを組んでいた時で…。一人でやるようになってからはクエストも半分くらいは失敗しているから、それで他の人よりも昇級が遅れているのは確かなので…」
「確かに弓士でソロって、余ほど腕の立つ人じゃなきゃクエストは熟せないよな…」
フェルはそう言って納得するように考え込んだ。
「だったらパーティを組めば良いのに…」
ソフィーが言った言葉に、ネージュが口を挟んだ。
『こやつの様子から、どうも好きでパーティを組んでいない訳ではなさそうじゃのぅ』
突然のネージュの声に、フェルとソフィーはデュオーニにも聴かれたのではないかと身を強張らせた。
『我が話しても問題はない。こやつは魔法を使えぬ者じゃからのぅ』
2人はそれを聴いてやっと体から力を抜き、ルースは彼から魔力を感じない為、それに頷いただけだった。
ソフィーの言葉で黙り込んでいるデュオーニは、諦めた顔で足元を見ている。
これは何か事情がありそうだなとルースが考えた時、上空のシュバルツから念話が届いた。
『ソノ先,巣ダ』
シュバルツの声に、ルース達3人は一気に表情を引き締めた。
『その巣の周りに複数おるようじゃのぅ。その者の探しておる魔物であろう』
ネージュの言葉に頷いたルースは、下を見ているデュオーニへ声を掛けた。
「デュオーニさん、アルミラージの気配を捉えました。この先に巣があり、そこに複数体います」
ルースの話に顔を上げたデュオーニは、ハッとした表情の後大きく頷いて足を止めた。
「じゃぁ、僕は行ってきます。ここまでありがとうございました」
一人で行くというデュオーニだが、握っている弓に力が籠っている。
そんなに力んでは上手くいくものもダメになってしまうだろうと、ルースは返事の代わりにアドバイスをする。
「力を入れ過ぎては、当たる的も当たらなくなってしまいますよ。数は多いですが襲われる事はないでしょうし、冷静に対応してくださいね」
ルースは緊張して力んでいると思ってのアドバイスをしたのだが、デュオーニはそうではなかったのだった。
また失敗してしまうのかという不安と、矢を当てられない所を彼らに見られてしまって、また失望される事を恐れての遣る瀬なさで、デュオーニは無意識に力んでいたのだった。
「…はい。ありがとうございます」
寂しそうに微笑んだデュオーニは再び歩き出すと、矢筒から矢を取り出し弓に添えるようにして構えると、足音を抑えながらルースから聞いた方角へと一人進んで行った。
そしてそんな彼が離れたところで、フェルが小さな声でルースとソフィーへ話しかける。
「どうする?彼の後を付けるか?何かあれば助けに入れるし」
「その方が良いと思うわ、私も…」
そう言ったフェルとソフィーにルースは頷くと、ルース達3人は彼に気配を悟られぬようゆっくりと彼の後を追うことにしたのだった。




